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魔放少女あやかしアヤカ  作者: 本間鶏頭
第一章 魔放少女と妖怪達
9/65

第五話:神隠しの夜 闇からの魔手(1)

18/08/14 話タイトルを変更しました。

 その日、少女はいつもより遅い時間に帰り道を歩いていた。

 辺りはもう暗い。家ではそろそろ、夕飯の支度が終わっている頃だろうか。友達と遊ぶのに夢中になってしまったが、早く帰らないと叱られてしまう。

 ちょっと走ろうか、そう思った時だった。


「────」


 人影のなかった、自分の通ってきた道。それなのに、背後からぞっとするかすかな声が聞こえたような気がして、少女は思わず足を止めた。


「だ……誰……? 誰かいるの……?」


 不審者だったらどうしよう。ランドセルから下がった防犯ブザーに手を伸ばしながら、恐る恐る振り返る。

 すると彼女の後ろには──





「──ひゃああっ!」


 そこまで話を聞き、典子は耳をおさえてしゃがみこんだ。


「あははははは!」


 声をあげて笑う友人たち。それを涙目で見ながら、典子はひどいなぁと頬を膨らませる。怖い話は苦手だと言うのに、それを面白がられてもこちらはちっとも面白くないというものだ。


 最近、この町の小学生の間では、ある噂が流行っていた。

 夜道を一人で歩いていると、誰もいなかったはずの後ろから声が聞こえてくる。はっとして振り返るが、そこには誰もいない──そして、その声を聞いた人自身も、忽然と姿を消してしまうのだという。現代社会では最早その言葉を聞くことも稀だが、所謂「神隠し」というやつだ。

 子供の噂程度なら可愛いものだが、実際もう既に何人も帰ってきていないらしい。この学校でも、集団での下校が指示されていた。


「こら! いつまで話してるの、準備出来たら早く下に降りてきなさい!」

「あっ、先生!」

「はーい」

「ま、待ってよみんな!」


 慌ただしく教室を飛び出す友人達を、少し遅れて典子が追いかけていく。それを見送り、やれやれといった様子で担任教師は教室の明りを消した。暗くなった教室のドアを閉め、自分も引率の準備に階下へと降りていく。


 だが、教師は気付かなかった。

 誰もいないはずの廊下で、パーカー姿の少女が一人、聞き耳を立てていた事に。





「──キヒヒヒヒ。イマドキ神隠し、ねー」


 その日の夕刻。

 噂の真相を確かめるべく、彩夏は街灯が点々と佇む薄暗い通りを歩いていた。

 勿論、一人で、だ。今回はそれが何かしらの怪異の仕業だった場合を考え、警戒されないよう不落不落には札の中で大人しくしてもらっている。要するに、彩夏自身を餌に怪異の真相を誘き出そうという作戦だ。

 彩夏も、普通にしていれば何処にでもいる人間の子供と変わりない。薄闇の中に無防備な少女がたった一人。それは犯人が何者であれ、この上なく狙い易い獲物だと言えるだろう。

 案の定、それ(・・)はすぐに現れた。


「──悪い子隠せ、良い子も隠せ。用心用心、気を付けろ──」

「キヒヒ。そこにいるの、だーれ?」


 背後から聞こえたのは、氷のように冷たくか細い声。

 生身の人間の声でないのは明白である。返事と共に振り返ったその途端、彩夏の足元からは無数の真っ黒な手がその身体の自由を奪おうと伸びてきた。


「キヒヒヒヒヒ!」

「──!?」


 だが、その手が彩夏を捕らえる事はなかった。

 少女を拘束し足元の影へと引きずり込むはずだった無数の手は、突如として彩夏を囲むように発生した爆風に飲まれてしまい、一瞬で塵と化したのだ。カウンターとして発動させた不落不落の力が封じられた御札をちらつかせ、彩夏はニヤリと不敵に笑う。焼け残った数本の腕が、まるで逃げるように影の中へと消えていった。


 そして、彩夏の視線の先に残るのは、困惑した様子の人影が一人。

 外套をすっぽりと被っており、その顔は闇の中だ。脚絆と手差しを身に付けてはいるが、全身の大部分はぶかぶかとした布のような服で覆われている。外装に包まれたその正体はまるで見えないものの、溢れ出る異常な違和感、そして足元の影の中で蠢く無数の腕が、彼が人外の存在であると如実に物語っていた。


「……君、隠し神(かくしがみ)、だよねー? こんなところでどうしたの?」


 隠し神は、その名が示す通り、人を隠す妖怪である。

 彼が子供を拐うのは油をとるためだとも言われるが、その本当の目的は判然としない。ともかく、彼が子供を隠すからこそ、子供が突然消える事件を「神隠し」と呼んだのである。


 昔の貧しい農村や里山では、神隠しは決して珍しいものではなかった。彼が起こした事例も少なからずあっただろう。

 だが、彩夏は知っている。隠し神は、今や殆どがその姿を消しているのだ。世の中の近代化に伴い姿を消していった妖怪の代表格とも言えるだろう。鎮めるために、それなりの高位の存在として祠などに封印された隠し神もいたはずだ。

 となると、この隠し神は……封印が解かれた妖怪という事か。

 大掛かりな封印を必要とする妖怪であれば、その力はなかなかに強い。先日の大百足を思い出し、御札を構える彩夏。いざとなれば強行手段も辞さない構えだ。


「ねぇ、どうして? なんでこんなことしてるのかなぁ?」


 だが隠し神は無言のまま、すうと何かを指差した。その指は、真っ直ぐに彩夏の後ろを示している。何もいないはずの、彩夏の背後を。


「え──」


 彩夏は反応できなかった。


 いや、そもそも、反応できたとしても対処は出来なかっただろう。彼女の背後では、既に巨大な、人間一人程度は一瞬で飲み込んでしまう程のばかでかい大顎が、真っ赤な口内を見せているところだったのだから。

 気付かぬ間に、彩夏はもう一体(・・・・)の妖怪に狙われていたのである。


 それに対処して見せたのは、彼女自身ではなく、彼女が持つ御札の一枚だった。


「……師匠(・・)!」


 巨大な蟹のような、蜘蛛のような四本の脚が彩夏の背後から伸び、彩夏を飲み込もうとした大顎を上下から食い止めた。

 ギシギシと軋む音を立てながら拮抗する一瞬の攻防を経て、三者は闇の中で対峙し直す。


 彩夏、隠し神、そして大口の怪物──三体の怪異が入り乱れる夜は、今始まったばかりだ。

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