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魔放少女あやかしアヤカ  作者: 本間鶏頭
第三章 魔包少女の妖怪入門
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第三十二話:山林の決闘 山姫対火焔鶏(2)

「えっ!?」

「な、何……?」

「……!?」

「ッッッッ!」


 突然の咆哮に、その場にいた全員(・・)が困惑した。


 今回、長壁姫達がこの山へ赴いた目的は、この少女に他ならない。


 少女の名は、「山姫(やまひめ)」。


 色白に長髪という絶世の美人ながら、草や樹皮を編んだ服を身に纏い、山に入った男の生き血を啜る。日本各地に様々な伝承が残る、山に潜む女の怪異、その代表格とも言える存在である。


 ──そんな山姫らしき何者かが、ここしばらくの間、どうもこの付近の山林にて暴れ回っているらしい。


 その情報を掴んだ長壁姫の行動は、堅実であった。


 神野百姫の側近として立つ片手間ながらも眷属のコウモリを各地に飛ばし、その痕跡を探り続けたのだ。時には獣や他の妖怪達へも情報を求め、時にはその痕跡を頼りに自身が現地へ赴いて。

 そしてようやく先日、この山深くにて、それらしき存在がいる可能性を見出だしたのである。


 神野百姫率いる百姫夜行において、そんな隠し球(ジョーカー)になり得る妖姫を見逃す理由はない。

 先の通り、運音と典子とを率い、山林へと赴いた……のだが。


 予測すらしていなかった、第二の乱入者。

 その声には、運音と典子は勿論、長壁姫も、当の山姫でさえもが困惑せざるを得なかった。


 だが、困惑は一瞬。


「……来ますっ!」


 困惑を警戒に切り替え、運音の声を合図に散開する。


「──ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャッッ!!」


 再び響き渡る咆哮。

 まるで何人もの人間の悲鳴と絶叫を混ぜ、音割れを起こすほどに音量を上げたような、そんな叫びだ。


 続けて巻き起こる、熱を帯びた突風。そして──。


「……わっ!?」


 それ(・・)は、本当に突然姿を現した。

 空からでも、地中からでもない。まるで隠しようのない巨体で、しかし木陰からそっと現れるかのように、急にその場へと現れたのだ。


「は、はぁ?」


 それは、十七尺(5メートル以上)はあろうかという、巨大な鶏であった。


「……ひっ」

「り、リコちゃん。落ち着いて……!」


 たかが鶏、されど鶏。


 樹の幹と見紛う鱗に覆われた脚には、ツルハシのような鉤爪。鋭利な嘴に、意思の読み取れぬ黄色い四白眼。血の通った鶏冠と肉垂が、呼吸と共に波打つ。恐竜の子孫とする学説も納得せざるを得ない、生命の危機を感じる恐怖がそこには居た。


「お二人、下がって!」


 先ず困惑から逃れたのは長壁姫。

 扇を構え、二人の妖姫の前に立ち塞がる。

 そして。


「ヴルルルァアアアアッ!」


 ほぼ同時、次に動いたのは山姫だ。

 餓狼が如き咆哮と共に、巨大な鶏へと飛び掛かる。


「グオッ、コゴッゴッコッ」


 喉を鳴らした鶏は、真っ直ぐに突っ込む山姫目掛けて頭を振る。ついばむ、という動作であろうが、この巨体と勢いだ。最早、嘴を叩き付けると言う方が正しい。


「フーッ……!」

「ギャギャオッ!?」


 しかし、山姫が頭をかち割られることはなかった。


 むしろ痛みにたたらを踏んでいるのは、巨鳥。

 先の長壁姫によるカウンターを受け、学んだのだろうか。突進を急停止し、地面を蹴って反復移動、さらに木々を三次元的に蹴って回り込み、後ろから鶏の頭部目掛けて()による一撃を見舞ったのだ。


 噛み千切られた鶏冠の肉片を、地面へ吐きつける山姫。


 途端、鶏が色めき立つ。痛みが大きかったのか、それとも反撃された事が意外だったのか。

 いずれにせよ、相当に機嫌が悪い(・・・・・)であろうことは間違いない。


「ギャアッ!」


 叫び声のような咆哮と共に、その場で後ろ足を振るう。鋭い杭のように発達した蹴爪は、的確に山姫の首筋を狙っていた。煩わしそうな動作ながら、ありありと殺意が込められている。

 対する山姫も、黙ってそれを食らうことはない。ぐいと上体を反らし、蹴爪による一撃を回避して見せる。

 さらに、合わせて鶏の脚へと蹴りを叩き込むが、体格差からか、これはあまり効いてはいないようだ。


 そこからは、もう、命を刈り取る攻撃の応酬が始まった。


 やはり、圧倒的に手数が多いのは山姫だ。

 両手の爪による引っ掻き、突き。

 時には殴打。

 噛みつき。

 蹴り。


 人型の四肢をフル稼働させている。並みの人間(・・)には不可能な身体の使い方だ。だが、そのどれもが効いているのかすら疑わしい。


 対する鶏は、繰り出す一撃一撃の危険度が違いすぎる。


 嘴だろうが、蹴爪だろうが、一撃を貰えば山姫はアウトだ。

 喰われるか、肉塊になるか、四散するか……。


 拮抗しているように見えて、あまりにも山姫の分が無さすぎる戦いであった。


「──リコちゃん!?」


 ガキン、という音と共に鶏の頭が揺らぐ。


 運音が驚いたような声を上げ、典子の腕を掴む。

 振り返った長壁姫もまた、目を見開いた。


 典子の掌から立ち上るのは、冷気(・・)

 鶏の頭部を目掛け、氷塊を射ち出したのだ。


「典子さん!? 貴女何を」

(何してるんだい! そんな事したら……)

「はっ、はっ……はぁっ……! で、でもこのままじゃ……!」


 長壁姫が唇を噛む。


 典子の考えは、間違いではない。

 自分達は、言わば、山姫をスカウトしに来たのだ。劣勢に追い込まれているのであれば、助けるという選択肢も有り得る。


 だが、悪手だ。


 相手は正体も何もかもが不明の怪鳥。こちらに気付いていないのであれば、観察に徹するべきであった。


「──こうなっては……! お二人、下がりなさい!」


 もう、黙視してばかりもいられない。声を上げた長壁姫もまた、手に持つ扇を刃に変じ、鶏の脚に斬りかかる。金属質な音が響き、二枚程度の鱗が弾け飛んだ。

 さらに振り向き様に一撃、後ろに跳び退りながらもう一撃。一瞬で三発の斬撃を叩き込み、再び典子と運音の前に立ち塞がる。


 怪鳥はぐるりと首を回して長壁姫を睥睨し……再び、山姫に(・・・)向かって(・・・・)突進した。


(……!? 私たちより、この山姫を優先している……? いや……眼中にない(・・・・・)とでも……!?)


 この鶏、どうあっても山姫に狙いを定めているらしい。山姫もまた、それを知ってか知らずか、逃げることもなく鶏の猛攻に応戦する。


 それならば、その隙に体勢を立て直す方が良い。


「少し退きますよ!」


 木々の茂みが拡がり、長壁姫、そして運音と典子を覆い隠す。幻術による目眩ましに過ぎないが、何もしないより安全だ。


「……何なんでしょう、あの鶏」


 運音の呟きに、長壁姫も考え込む。

 視線の先で暴れ回る巨大な鶏。鶏の怪異と言えば、恐らくは「波山(ばさん)」だろうか。


「ココゴゴゴゴォオエエエッッコオオォオォォォォ!!」


 だが次の瞬間、長壁姫をさらに困惑させる出来事が起こる。


 雄叫びと共に、鶏の全身が燃え上がったのだ。


「炎!?」

「ギャギャアアッ! ゴッ、ケエエエエエッ!」


 さらに、嘴から業火が吐き出される。


(典子っ!)

「うん!」


典子が紅葉の力を振るい、水の壁を生成する。ジュウと音を立てて水壁は一瞬で蒸発してしまったが、盾としての役割は果たせたらしい。直撃は避けた。それでも、引火した茂みの一部が燃え上がる。


「ヴァアアアアッ!?」


 避けきれず直撃を受けたのは、山姫の左腕だ。

 身体を捩り、焼き尽くされる事は避けたようだ。しかし、煙が上がるほどに焦がされた表面は、見ているだけで痛々しい。


(熱を伴う火焔……ということは、波山、ではない?)


 「波山」は大きな鶏に似た妖怪であり、山林に潜み、炎を吐く。ここまでであれば完全に一致するが、その炎はあくまでも化かし(・・・)であり、熱を伴わない。基本的には翼を羽撃かせた音で人を驚かす、無害な存在なのである。


 標的に異常なまでの攻撃性と執着で以て襲い掛かり、実害を伴う炎にその身を包む──これほどの怪異ではないのだ。


「──…………──ッ!」

「……えっ」


 山姫が、地面に掌を当てて何かを呟く(・・)


 その途端、大地が割れる。


 比喩ではない。亀裂が走り、地面が崩れていくのだ。


「────────!」


 そして、形容し難い呻き声(・・・)のような地鳴りと共に、地面の裂け目から巨大な蛇のような何かが這い出てきた。


「うわあああっ!?」

「こ……今度は何!?」

「……これは……」

「ギャギャギャギャギャギャアッ!?」


 それはまるで、大蛇の尻尾。

 それも、一本ではなく、何本もの。


「ヴルルルァアアアアッッ!!」


 山姫の咆哮に呼応するかの如く現れたそれ(・・)は──蔦と呼ぶにはあまりにも太い触手が蠢く、巨大な植物であった。


「…………!」


 長壁姫、百目々鬼(運音)鬼女紅葉(典子)。山姫。巨大な火焔の鶏。蠢く蔓の怪物。


「一体何がどうなってるって言うの、もう!?」


 山林の闘いは、未だ始まったばかりだ。

登場妖怪解説


山姫(やまひめ)

日本全国に様々な伝承が残る、若い女の姿をした山に棲むとされる妖怪。十二単、草葉の腰蓑、樹皮の服など服装も様々だが、若い女である、血を吸うなど共通してみられる特徴も多い。山女の名前で伝わる事もあり、「遠野物語」などが有名。


波山(ばさん)

愛媛県に伝わる、鶏冠を持つ怪鳥。婆娑婆娑(ばさばさ)犬鳳凰(いぬほうおう)などとも呼ばれる。山奥の竹藪に棲み、ばさばさという羽音や熱を伴わない炎を吐いて人を驚かすとされる。「絵本百物語」に記載がある。一説には、江戸時代には日本に渡来した記録のある鳥「ヒクイドリ」がその基ではないかとも言われている。


【??????】

火を吐き、炎に身を包む巨大な鶏。詳細不明。

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