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魔放少女あやかしアヤカ  作者: 本間鶏頭
第一章 魔放少女と妖怪達
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第三話:大妖復活 晩惨会に少女は舞う(2)

2018/10/30 アヤカの「変身」を「化装」と変更しました。

 その瞬間、御札が赤橙の炎を噴き上げたかと思うと、御札自体も勢いよく燃え上がり焼失した。

 今度はその炎が、彩夏の近くを飛び回っていた不落不落へと吸い込まれていく。提灯内部の炎が爆発的に燃え上がり、不落不落そのものも人間一人くらいは丸々呑み込んでしまいそうな大きさに膨れ上がった。


「ばくんッ」


 そして、口をがばっと大きく裂けさせた不落不落は、本当に彩夏を一口で呑み込んでしまった。

 途端に炎に包まれる両者。やがてその炎が収まった時、そこには黒いパーカー姿の彩夏(・・・・・・・・・・)も、掌大の不落不落(・・・・・・・)の姿も消え失せていた。


 その場に立っているのは、一人の少女。

 赤い瞳をぎらつかせ白い牙を覗かせた笑顔は、間違いなく彩夏のそれだ。だが、爆炎の如き橙のツインテールをなびかせ、燃えるように赤く丈の短い浴衣に似たドレスに身を包んだ姿は、まるで炎。実際、毛先や裾の末端には火が灯りながらもそれ以上は燃え広がらずちりちりと燻っており、彼女が炎を司る何らかの存在に昇華された事が窺えた。


 妖怪が秘める力を自身に憑依させる。

 この変身──「化装(けしょう)」もまた、彩夏の持つ力であった。


「キヒヒ、キヒヒヒヒヒ!!」


 炎を炸裂させた勢いで、爆発的に大百足に向けて跳躍する。その手に握られているのは、片手に収まる程度の小槌。だが次の瞬間、それはその形状を大きく変える事となる。


判魔(ハンマー)!!」


 炎に包まれた小槌が一瞬で肥大化し、一抱えもある巨大な大槌へと姿を変える。持ち手をしっかり両手で握ると、彩夏はその鈍器を目一杯のスピードと体重を乗せて力任せに振り落とした。


「ええぇぇぇええい!!」

「ギッ……ギチギチギギギギッ!?」


 隕石を彷彿とさせる重い一振りが、大百足の脳天を直撃する。

 甲殻を砕くには至らずとも、しかしその一撃は強い衝撃波を伴いながら周囲に轟音を響かせた。


「そぉれっ!」


 続けて、振り下ろした勢いをそのままに今度は下から上へ目掛けて大槌を突き上げる。下顎からの衝撃をまともに受け、大百足の上体が大きく仰け反る。顎にずらりと並んでいた牙が数本、血と共に宙を舞った。


 と、その血が地面に降りかかった時だ。

 突如として大型犬程の怪虫が数匹現れ、彩夏の四方からその牙を向けた。赤みを帯びた黒い甲殻。地を這っていた数匹のアリが、強烈な毒素を含む大百足の血を浴びて妖怪と同質の怪虫と化したのだ。

 それにも彩夏は瞬時に反応し、片手を前にかざす。掌から強烈な火炎が放たれ、怪虫の一匹を一瞬で容赦なく焼き尽くした。そのまま体を一回転させ、殺虫剤でも撒くかのように周囲を一掃する。後にはもう黒焦げの死骸しか残ってはいない。


「ギギギィ!」


 胴体が火炎の巻き添えを食らい、堪らず大百足が悲鳴のような音を立てる。

 その行動のほとんどを本能のままに暴れていた大百足は、今、封印を解かれてから初めて知性で以て困惑した。


 獲物だと思っていたちっぽけな人間が、自分と大差ない妖力で自分と対峙している。これ(・・)は人間などではない。これは妖怪……それも只の妖怪ではない。自分に並ぶかもしれない、高位のバケモノだ。

 ならば。


「ギチギチ……貴様、何が目的だ? 我が餌場に結界なぞ張りおって……我の獲物を横取りするつもりか?」


 鋏を鳴らして威嚇しながら、大百足が彩夏を睥睨する。大分力を取り戻したとは言え、山を七巻半もしていた最盛期には程遠い。まだまだ獲物は喰らい足りないのだ。今、この餌場を離れるのは好ましくない。何処の誰かは知らないが、返答次第では全力でこの邪魔者を排除しなければならないだろう。


 だが、その返答は予想と大きく外れたものだった。


「獲物? キヒヒヒヒヒ、人間なんかに興味はないよ。興味があるのは……大百足、君の方!」

「……何だと?」

「キヒヒ、大百足。大人しく、もう一回祠に戻ってくれないかな?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 一体何を言うかと思えば。要するに、もう一度封印されろと言うのだ、この小娘は。

 大百足は怒りを通り越して笑いすら込み上げてきた。馬鹿馬鹿しい。あの忌々しい封印を何処かの馬鹿が破ったお陰で、ようやく何百年かぶりに好き放題暴れられそうだというのに。その自由をむざむざ手離すはずがないだろうが。


「ギギ、ハァハハハハ! 巫山戯るな、貴様こそ大人しく我が血肉となれ。今なら楽に喰い殺してやるぞ?」

「そっか。じゃ、仕方ないね」


 すぅ、と彩夏が大槌を構える。


 生意気な。この小娘、あくまでもやる気か。ならばお望み通り、一息にその腹をかっ捌いてくれる。

 相手が動くより速く、大百足はその身を躍らせた。巨大な二対の大顎を展開し、その奥上下に並んだ牙を煌めかせ、獲物を両断せんと襲い掛かる。速さも力も十分に乗せた、問答無用手加減なしの一撃だ。掠めただけでも柔肌を裂き、その骨ごと臓物を真っ二つにするだろう。


 だが、その牙が彩夏に届くことはなかった。

 大百足の突進に併せ、真正面から大槌を勢いよく叩きつける彩夏。火力も質量も先程の比ではない。

 肉の焦げるような嫌な臭いと共に、大百足の大顎が砕けて地面に突き刺さった。


「ギ、ギチギチギチギチギギギギギィ!?」


 今度こそ、大百足は戦慄した。

 自慢の大顎を難なく砕き、追撃を加えんと凶器を振りかぶるその姿。自分と同等どころではない。相手が自分より格上の存在であることに、大百足はようやく気付いたのだ。


「ま、待て! 貴様、まさか人間に味方しているのか!?」

「うん? 大事なのは均衡だよ。君、ちょっと復活するのが早すぎた……ううん、遅すぎたね。今の世の中じゃ、君の力はちょーっと大きすぎて均衡が崩れちゃうの。だから、せっかくだけど、もう一回封印させてもらうね?」

「き、均衡、だと? 貴様一体何者で──」

「私? 私はアヤカ。山源彩夏」


 聞いたことのない名前だった。これ程の存在であれば、自分も名前くらいは聞いたことがあるのではないかと踏んでいたのだが。首領級の鬼かはたまた魔王か、そんな存在を想像したのに、それではまるで人間の名前ではないか。

 ヤマモトアヤカ……。だが、自分を討ち取る存在の名前を反芻するうち、大百足の紫の眼に別の色が宿る。困惑。驚愕。そして──恐怖の色が。


「まさか……まさか貴様、ヤマモト、いや、山本(サンモト)──」

「キヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」


 大百足の最期の言葉を待つ間もなく、最大火力の炎に包まれた大槌が、その頭を躊躇いなく叩き潰した。

 それを受け、激しくのたうつ胴体も連鎖的に爆散していく。やがて巨大な死骸は風に舞う塵と消え、その霊魂は彩夏の持つ御札へと吸い込まれていった。



「キヒヒ。あー、面白かった! またね?」


 明るい調子で祠の中の霊石に御札を貼り付け、再び大百足を封印する。祠の扉にも呪いを刻んでおいたので、向こう数百年は目覚めることはないだろう。

 誰かが封印を解かない限りは。


「んー! 楽しかったけど、つっかれたぁー!」


 変身を解除すると、不落不落が一仕事終えたと言わんばかりに飛び回る。その様子を微笑ましく眺めながら、彩夏の思考は別のところにあった。


「どうしたの、アヤカ?」

「ん? ううん、ラブちん。ちょっとね」


 あの大百足の封印を解いたのは誰か。

 最終的に封印を破ったのは、喰い殺された撮影スタッフ達だろう。だが、曲がりなりにも大妖怪の大百足を封じていたのだ。年月が経っていようとも、素人が解けるような封印ではない。

 そもそも、森のあちこちにあった心理的に忌避させる呪いも、人を近付けさせない結界も、機能していなかったとしか思えないのだ。

 それが意味するところはひとつ。


「キヒヒ。誰かは知らないけど……私と喧嘩したい子がいるみたいだね」


 それは、誰かが意図的に封印を弱めていたという事だ。

 笑顔と共に放たれた殺気に当てられ、もう辺りは暗いというのに烏の群れが一斉に飛び立つ。

 いけない、いけない。フードを被り直して殺気を抑え込む。面白くなりそうだ。ニヤリと笑みを浮かべながら、彩夏は森を後にするのだった。

登場妖怪解説


大百足(おおむかで)

三上山を七巻半もするという巨大なムカデの妖怪。その力は強大で、琵琶湖の龍神の一族すら害していたほど。俵藤太こと藤原秀郷の弓矢により退治されたが、その血は琵琶湖に棲んでいた金鯉を毒し、別の怪物の物語を生む要因にもなった。


不落不落(ぶらぶら)

提灯の妖怪。所謂「提灯お化け」と同一視される場合もある。狐火のような炎の妖怪とも、提灯そのものが化けたものともされる。

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