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魔放少女あやかしアヤカ  作者: 本間鶏頭
第三章 魔包少女の妖怪入門
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第二十九話:叫喚配信中 綺麗な花のその貌は(1)

「──さあっ! というわけで今夜も始まりましたーッ!!」


 都心のど真ん中、巨大なスクランブル交差点の中心で男が声を張る。

 その様子を煩わしそうに一瞥して通り過ぎる者、物珍しそうに眺める者、スマートフォンを向ける者。周囲の反応は様々だが、男はそれらを気にする事もなく、目の前でもう一人の男が構えるスマートフォンのカメラに向けて口上を述べ続ける。


「一般人ども! バザー(はた)の生配信へようこそ! あ、撮影は今日もSAMお(さむお)君にお願いしてます」

「SAMおでーす」


 目に掛かる金髪に黒マスクを着けた、バザー幡を名乗る男。

 そして彼と会話を交わしながら、その様子をスマートフォンで撮影するのは、SAMおを名乗る黒髪に眼鏡を掛けた男。

 二十代前半であろう彼らは、この所少しずつ有名になりつつある、動画配信者のコンビである。


「おう不細工、元気なくね?」

「開幕からひでぇ暴言だなおい!」

「思ったことを思ったまま言って何が悪いか」

「荒れるぞ荒れるぞぉ、最近はルッキズムだ何だうるさいんだから」

「はい出た出た」


 傍若無人とも言える幡のさばさばとした「毒舌系ボケ」に、SAMおが返すキレのいいつっこみ。観る人を選ぶ配信ではあるが、これこそが彼らのウリだ。


「大体、ルッキズムだ何だって難しい言葉でケムに巻こうとしてますけど。世の中、好きか嫌いか、これだけでしょ!」

「はい暴言! でも」

「でも?」

「わかるわぁ」

「不細工もそう思うか!」

「配信終わったら覚えてろよてめェ」

「それはさておき! と言うか、だからこそ? 今日はこの企画、堂々と進めますよー」

「チキチキ! 全国統一見返り美人試験ー!」


 今日の配信も、そんな彼ららしい企画が予定されていた。

 とは言っても、そこまで手の込んだ独自性のあるものではない。ゴールデンタイムのテレビで芸能人がやる、ファッションチェック企画と何ら変わらない。


 道行く女性に声をかけ、振り向き様に()をチェック。素材、化粧、ファッション、多角的に採点する、それだけの企画だ。


 一見すると単純だが、バッサリと遠慮せずにジャッジを行うこともあり、視聴数が多くつく企画でもある。低評価もそれなりにつくが、高かろうが低かろうが評価は反応、反応は視聴数だ。視聴数が多いことは、則ち人気であることに値する。

 それがこの二人にとって、ごく自然な考えであった。


「納得がいかない人は、二度と好きも嫌いも面白いも面白くないも言わないでくださーい」


 茶化すように、カメラに向かっておどけて見せる。ふとした拍子の、こうした煽りは欠かせない。


 それに併せ、盛大なクラクションが鳴り響く。

 彼らが立つのはスクランブル交差点のど真ん中。歩行者信号はすでに赤く変わり、車が往来を開始したのだ。


「やべぇ!」

「あぶねーな! まだ歩行者がいるでしょーうが!」

「まぁ今回は完全に僕らが悪いですけど。それじゃ早速始めましょう! うわ、ちょ! 急いで急いで!」

「大惨事一歩手前! 不細工もギリギリセーフっ!」

「まだ言うかてめェカメラ止めんぞ!」


 オーバーなリアクションと共に走り出す。車に向けて中指を立てるのも忘れない。今回の動画は生配信。編集こそ効かないが、こうした小さなアクシデントは場面の転換にちょうどいいのだ。このタイミングも、勿論計画通りである。


「よっし、じゃあ早速。第一ブス発見!」

「声かける前からブス認定とは飛ばしてんね今日!」

「いや絶対そうだって。確認してみましょう! すみませーん! あーあー、そこの肩掛けカバンの! 帽子の!」


 声をかけられた若い女性が、戸惑いながら振り返る。


「え、はい?」


 その顔を見た二人のリアクションは、やや微妙なものだった。


「えぇー」

「マジかぁ、うん」


 比較的整った顔立ち。化粧も濃すぎず、手を抜いているでもなく、下手ではない。服装も、服飾店店頭のマネキンをそのまま切り抜いたような優等生な纏まりで、指摘するような欠点はないように見える。


 だが、それでは面白くないのだ。

 求めているのは、超がつく美人か、嘲り笑うのに相応しい不細工か。そうでなくては配信へのメリットがない。あるいは彼らにとって、好みの外見の女性であればまた話は別だが……生憎、この女性は二人とも琴線に触れなかったようだ。


「あの、何ですか?」

「五十点」

「はい?」


 こんな、田舎の学校でどのクラスにも一人か二人いるような、そんな量産型の一般女性は求めていない。五十点という中途半端な真ん中の点数で妥当。さっさと切り上げて次に行く、そのつもりだった。


「ちょっと、いきなり何なんですか。失礼にもほどがありますよ」


 だが、この女性は何が気に入らないのか食って掛かってきた。きっと、自分達が人気のある配信者だと知らないのだろう。やはりどこにでもいる陰キャは、所詮陰キャなのだ。

 しかし。面倒だが、アクシデントは、見せ場のチャンスでもある。


「うわ、出た出た!」

「ちょっと幡さん、これどう思います?」

「うーん。人間、やっぱり大事なのは中身だよね?」

「言ってる事がテーマと変わってるじゃん」

「でも中身がブスなので減点です! マイナス二十五点! 三十点を切ったので……ブス認定!」

「おめでとうございまーす! さ、さ。コメントをどうぞ!」


 スマートフォンのカメラを向ける。しかし、折角の配信に出られる機会だというのに、女性はレンズを手で覆いながら金切り声を上げ始めた。


「はぁ!? いい加減にしてください! 警察呼びますよ!」

「ぎゃはははは! それじゃあ一人目は、はい、ブスでした!」

「はい! 二人目を探しにいきましょー!」


 視聴者の数が、コメントの数が増えていく。

 増える数字をガソリンに煽りをふかし、二人の配信はアクセルを踏んだ車が如く、夜の街を駆け抜けていくのであった。





 そんなとある配信を、ビルの屋上に陣取り、二人の女性が各々のスマートフォンで閲覧している。


「──マジうける。さっちん(・・・・)、どー思う?」

「鬼うける。クソつまんね! くろべー(・・・・)は?」

「わかるー。蛙鳴蝉噪(あめいせんそう)、みたいな?」

「急に利発じゃん。でも確かに、空き樽は音が高い、って感じ? センスなさすぎて逆にウケる」


 口々にそう呟く二人は、一見すると至って普通な都会の若者だ。


 さっちんと呼ばれた混じりけのない長い黒髪の女は、大きなマスクで顔の下半分を覆い隠しており、きらりと覗くぱっちりとした目は深い赤。もう一人のくろべーと呼ばれた女は、金髪に近い明るさの茶髪を二つ結びにしているが、いかにもなティアドロップとマスクで顔のほとんどを隠している。

 そして二人とも、小綺麗なアパレルブランドでファッションを固めていた。しかしながら、要所要所に見受けられるピアスにリング、ブーツといった「こだわり」が、しっかりと現代的な「お洒落」を際立たせている。


「マジキモいんですけど」

「それな! チョーシ乗ってんね」

「ウチらで面白い配信にしてやろっか?」

「んー、ありよりのありよりのあやかし」

「何それ?」

「今考えた」

「マジ? ありよりのありよりのあやかしじゃん」

「ウケる」


 口元をマスクで隠したまま、けらけらと笑う二人組。

 その笑い声に併せ、言い表しようのない違和感が──妖気が立ち上り、陽炎のように空気を揺らめかす。


「でもリコちゃんも、よくこんな配信見つけたよねー」


 さっちん(・・・・)が、振り返りながら話し掛ける。

 その先に立つ火野典子は、急に話を振られたことに戸惑いつつも言葉を返した。


「小学校でも、みんな色んな配信見てるし……それに、この人たちを見つけたのは、私じゃなくて唐崎さんですし」

「りょ! なるほどね、百々目鬼(どめちゃん)は視力いいしねー」

「視力って問題じゃなくね?」


 身を屈めて少女に視線を合わせる様は、顔を(・・)隠している事を(・・・・・・・)含め(・・)、どこからどう見ても普通の若者。


 だがそれは、外見の話に過ぎない。


 妖怪(・・)には、彼女らのような者も存在するのだ。


 時代に合わせて俗世に紛れ、人目を欺き、堂々と隠れ潜む(・・・・・・・)


 とは言え、獣に無機物、人外のバケモノ共が闊歩する妖怪の世界に於いて、外見の美醜はそれほど重要な要素ではない。


 大事なのは、中身だ。


「つーワケでリコちゃん! ウチら行ってくるわ!」


 我慢できないとばかり、二人の女が歩き出す。

 ずっと、うずうずしていたのだ。こんな面白い(・・・)配信、彼女らにとっては格好の獲物である。


「このまま配信見てたら、きっと面白くなるぞ★」

「え、行くって、もしかして」

「うん! あったり前じゃん?」


 二人が、振り返りながら声を合わせる。


「リア凸!」


 二人ともしっかりとマスクで隠されているにも関わらず、その口元にはぎらりとした笑みが浮かんでいる。その事は、百々目鬼の眼を持たぬ典子でさえも見てとれた。

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