第二十八話:塵溜めに影 棄てられし者共よ(2)
「──よっ……せー、のっ……!」
抱えていた古いテレビを草むらの中へ置く。勢い余って割れた画面の破片が飛び散ったようだが、もう棄てるものなのだから気にする必要もない。続けていくつかのゴミ袋を車から下ろすため、額の汗を拭いながら男は振り返った。
今年で五十になる男にとって、山道から少し逸れたこの場所は「ゴミ捨て場」だ。
そもそも、なぜゴミを棄てるのにルールがあるのだろう、と男は思う。なぜ、朝早くに起き、曜日を守りゴミを棄てなければならないのか。しかも大きなゴミは、なぜか捨てるのにこちらが金を払わなければならない。買うのではなく、棄てるのにだ。分別だって、どうせ最後にはまとめて燃やすと聞いたことがある。余計な手間を増やすことに、何の意味があるのだろう。常識的に考えて、無駄なことが多すぎる。
その点、ここはそういった煩わしさがない。もう十数年にもなるが、昔からこの辺りには、いつも誰かがゴミを置いていた。古着、材木、時代遅れの家電。中学生が漫画を隠れて読みあさっているという話はよく聞くし、バスタブなどという大物が放棄されていたこともある。
土地の持ち主がいるのか、市か町かがやっているのかは知らないが、定期的にゴミは片付けられている。この古いテレビも、半年もすれば誰かが撤去するだろう。
「よっと」
無造作にゴミ袋を放る。
男は、誰かに迷惑をかけようなどとはまったく考えていなかった。町内のゴミ捨て場にゴミを捨てる人が、罪悪感を覚えないように。ただ、自分にとって楽で、自分の常識に見合った方法で、何年も習慣づいた生活を営んでいるに過ぎなかったのだ。
ここが、彼にとってはゴミ捨て場なのだから。
「……あ?」
だが、その無意識の悪意が呼び寄せる存在がいることを、彼は知る由もなかった。
「何だ、この音?」
最初に聞こえたのは、木々のざわめき。それだけなら何も思うことはないのだが、その合間から、明らかに自然のものではない怪音が響いてくる。
まるでゴミ袋に詰めた割れ物がぶつかるような、耳障りな音。重い何かを引きずるような、地面と擦れる鈍い音。そして山奥では有り得ない、蒸気が噴くような、煮炊きする際の沸騰のような、そんな釜のような音……。
その音は、少しずつ大きくなっていく。こちらに近付いている──そのことに気が付いた男は、一目散に車へと舞い戻った。
何の音か確かめようなどという好奇心は、微塵もなかった。もしかすると、心のどこかに不法投棄を行っているという後ろめたさがあったのかもしれない。それ以前に、山奥で一人あんな音を聞いてしまっては、図太い神経の持ち主だろうと恐怖を感じるのは仕方がないことである。
一刻も早くこの場を離れよう、その思いで男が車のエンジンをかけると、ライトが帰り道を照らし出す。そこには──。
「う、うわあああああ!?」
車の前には、魑魅魍魎と呼ぶに相応しいバケモノ達が陣取っていた。
まず目に入るのは、継ぎ接ぎだらけの巨大なマットレス。だが、その先端に空いた二つの暗い穴には、二つの赤い光が爛々と輝いている。眼だ。所々からは中の綿がはみ出ており、それがまるで四肢の如く全体を支えている。先の何かを引きずるような音は、車ほどもあるこの怪物が巨体を這う音だったのだろう。
その周囲を、子供ほどの何かが走り回っている。毛むくじゃらの猿のような獣。しかし、その首に乗っているのは頭ではなく蒸気を噴く炊飯器だ。どこか滑稽なその姿は、余計にばけものじみており、男の心に生理的な嫌悪感を走らせた。
そしてその奥からは、まるで鎧武者のような風体の怪物が姿を現した。こちらに近付く度、がちゃり、がちゃりと割れ物を打つような音が鳴る。この怪物の全身を覆う鎧のようなものは、割れた皿や碗、食器の寄せ集めだった。手には大振りのガラス片が、まるで刀のように構えられている。
「お……ぉおお……お……!」
「……ひぃっ!?」
振り上げられたそれがライトの光を反射すると、男は戦慄した。
嫌悪感による恐怖ではない。
危機感だ。
あれがこちらの命を奪い得るモノである、そのことに気が付いたのだ。
「うわ、あああああああああああ!」
年甲斐もなく悲鳴をあげてアクセルを踏み込む。ハンドルを切ってバケモノ達を避わすと、男はこれまでに出したこともないような速度でその場を後にした。
少し車体が木々に擦れてしまったようだが、そんなことを気にしている余裕は全く残っていない。
スピード違反を取り締まるパトカーに停止を命じられるまで、彼はがむしゃらに車を走らせ続けるのであった。
「──……それで、どうするつもりです?」
遠ざかる排気音を聞きながら、一人の女性が口を開く。
狐耳に、着物のような丈長のメイド服。その周囲の夕闇を数匹のコウモリが舞う。亀姫の姉、長壁姫だ。その隣には、亀姫と運音がばつの悪い顔色で立っている。
「え、えっと……キャハハ……?」
「……はぁ」
長壁姫がこの雑木林の妖気の正体を検知したのは、二人が仕事を失敗してすぐのことであった。
だが何も、遥か遠方から妖気を嗅ぎ分けた訳ではない。
亀姫が鬼一口に喰われてからというもの、長壁姫は、暴走しがちな亀姫の監視役を請け負っていた。
彼女らの主である百姫はと言えば、止めればいいものを「面白いから」との理由から、亀姫のミスヒットを止めようとはしなかったのだ。むしろ最近では、まだまだ人間味の残る百々眼鬼を、型破りだが妖怪らしい亀姫と組ませ、人外としての経験値を積ませようとしている節さえある。
そんな背景こそあるものの、だからと言って放っておく訳にもいかない。そうなると、亀姫の監視役という立ち位置は、自然と長壁姫に落ち着いていた。亀姫と真逆で、しかし一番近しい存在なのだから。
故に今回も、顛末を少し離れたところからずっと見ていた、ただそれだけであった。
彼女らが目星を誤り、無関係の妖怪達を復活させ、その後始末に右往左往する一部始終を。
「……で。笑っても誤魔化されませんよ……この連中、どうするのですか?」
長壁姫の声に、びくりとする三つの影。亀姫と運音が復活させたモノ達だ。
布団が変化した──今はマットレスに宿っているが──暮露暮露団。釜が変化した──今は炊飯器に宿っている──鳴釜。そして、食器の集合体として瀬戸物が変化した妖怪、瀬戸大将。
付喪神と呼ばれる彼らは、決して強力な妖怪ではない。年月の経過した道具に魂が宿り、妖怪と化した存在。中には文車妖妃のように強大な力を持つ者もいるが、少なくともこの三体は比較的普通の妖怪である。
かつて人間どもを脅かして回り、しかし呆気なく、粗雑な封印で纏めて蓋をされた付喪神たち。そんな彼らにとって、百々眼鬼はともかく亀姫や長壁姫は格が違う。先ほど男を脅かしたのとは打って変わり、大妖怪の気配に当てられ、どこか萎縮しているようにすら見受けられた。
「まぁ」
そんな様子を見て、長壁姫はもうひとつため息をつく。
「別段、支障を来す訳でもありませんし、このままでもいいでしょうけれども」
そうなのだ。
確かに彼らは妖姫ではないため、今の神野悪五郎──神野百姫率いる百姫夜行に相応しくはない。だが、だからといって、わざわざ封印したり滅したりする必要がある訳でもない。
当の百姫本人は先日典子の目の前で野干を消し飛ばしたようだが、あれは典子に力を見せつける事で、増長を防ぐ目的もあっただろう。
要は、ここでこの付喪神どもを放置しても何の問題もないというのが、長壁姫の結論であった。
長壁姫の言葉を聞いた付喪神たちも、その意図を感じ取ったのだろう。どこか安堵したように、そして服従の意を示すかのように、次々と頭を垂れている。夜行の末席に加わろうとでもいうつもりらしいが、生憎そういう訳にもいかない。
「……じゃあ百々眼鬼さん、後はお願いしますね」
「はい、あ、え!? わ、私ですか?」
「ええ。責任、取ってくださいますわね?」
妖艶に、どきりとするような事を言う。
もちろん他意など毛頭ない。面倒を見るにしろ、目を光らせるにしろ、要はこの弱々しい妖怪どもの後始末をつけろ、という事だ。
だが、まぁ仕方がない。自分が仕事でミスをしたというのも、事実なのだ。
「キャハハハ! これで百々目鬼ちゃんも先輩だね!」
「いや、先輩って……」
亀姫の言葉に何か言い返しかけるが、その前に運音は気が付いてしまった。無数の目で見てしまった。
三体の付喪神は、じっと静かに運音を見つめている。
それぞれが、何かを期待するように。
「……わかりました。わかりましたよ!」
諦めたように呟く運音。その言葉を受け、瀬戸大将ががちゃがちゃと全身を鳴らしながら前に出るや、あらためて深々と頭を垂れて膝をつく。
この日、少し歪で風変わりな主従関係が誕生した。人の身より妖と成った少女にも、少しずつ人間関係ができ始めたのであった。
登場妖怪解説
【暮露暮露団】
鳥山石燕「百器徒然袋」で描かれている妖怪。文字通り、古くなりぼろぼろになった布団が変化する妖怪であるとされるが、民間伝承などには残っていない。
【鳴釜】
鳥山石燕「百器徒然袋」で描かれている妖怪。釜が絵馬を持つ姿が残されている。また、鳴釜や釜鳴という言葉は、釜が急に音を鳴らすことを吉凶の前兆とみる俗信、釜を火で炊いた際の音で占う神事などにも残っている。
【瀬戸大将】
鳥山石燕「百器徒然袋」で描かれている妖怪。瀬戸物を寄せ集めた甲冑のような姿が描かれているものの、民間伝承などには残っていない存在である。




