第二十八話:塵溜めに影 棄てられし者共よ(1)
「キャハハハ! というワケで新人クン、今日は妖怪の復活のさせ方をお勉強したいと思います!」
「お……お願いします」
場違いな若い女の声が、夕闇の中に響く。人里からそう遠くないとは言え、山道もまばらな林の奥では、人間の話し声すらが滅多に聞こえるものではない。
例に漏れず、今言葉を交わすこの二人も、人ではなかった。
「よーし、じゃあまずは妖気の探知! さ、やってみよー!」
黒っぽい和服に似たメイド服に、茶色く丸みを帯びた獣耳。
目の下の隈模様に似合わぬ快活な声を上げるのは、魔王神野百姫の配下が一人、亀姫。
「あ、はい。探知、探知……」
その言葉に返事をするセーラー服の少女が、腕まくりをした両の腕を左右に伸ばす。途端、そこにはびっしりと無数の眼球が見開かれた。
同じく魔王神野百姫の配下が一人であり、所謂「新入り」の百々目鬼――唐崎運音は、その能力で以て妖力の探知を試みた。
ぎょろぎょろと眼球が蠢く。
盗みの妖怪である百々目鬼の力は、あらゆる標的を掠め取る鋭い手癖。そして、その隙を見逃さないための、五感が集約されたかのような眼にある。彼女が集中して能力を行使すると、その眼は周囲のありとあらゆる情報を視覚として取り入れることができるのだ。それは空気の流れ、僅かな淀み、そしてほのかな妖気を視ることすら可能である。
だが亀姫は、そんな運音の様子を訝しげに眺めていた。
「……何してんの?」
「え?」
「キャハハハハハ! そんなことして探せるワケないじゃん! ほら、こう!」
運音の妖力探知を一笑に付し、亀姫は鼻をひくつかせる。目を閉じ、顎をあげ、周囲の匂いを嗅ぎ取ろうとする姿は動物のそれに他ならない。
百々目鬼の五感が視覚に集中しているならば、亀姫のそれは嗅覚だ。
ただでさえ人間の数百倍と言われるアナグマの嗅覚だが、猪苗代城を支配する化物にまで昇華したアナグマである亀姫の嗅覚は、その遥か上を行く鋭敏さを持つ。
「ほらきた! こっちこっち!」
「え、本当ですか?」
空気中に漂う幽かな妖気を嗅ぎ分けた亀姫は、すぐに足を動かし始めた。
運音では気付きすらしなかった妖力を探知できるのは、亀姫の持つ大妖怪としての力、そして経験の差というものだ。高校生である運音から見ても子供っぽく、失敗も多い亀姫ではあったが、この点は見倣うに値する。
妖力と悪意の探知はもうお手の物、とは以前百姫が運音に向けた評価だが、まだまだ学ぶべきことは多いのだ。
「はい到着! キャハ、こうやって見つけるんだよ。次は百々目鬼ちゃんも頑張ろうね!」
腰まで伸びる草をかき分け進むと、妖気の源が姿を現した。
それは、子供の頭ほどの大きさの石であった。風化しかけており、大きく削れた箇所もある歪な形をしているが、表面に残る彫られた痕跡は、それがかつては道祖神か石碑としてこの場にて祀られていたものであることを示していた。
妖気は、この石の下から漏れ出しているらしい。だが運音には、まだ僅かな空気の淀みが視えているだけだ。妖力の主が何者なのか、その力の大きさは如何程なのか。そうした情報が視えるにはまだ至らない。古いがしっかりとした封印が施されているようだ。
「それじゃあ、早速……はい百々目鬼ちゃん。これは君がやってみよう!」
「え、私がですか?」
「キャハハ、何事も経験経験!」
一枚の御札を、亀姫から受け取る運音。
御札には、曲がりなりにも大妖怪たる亀姫から分け与えられた妖力が込められている。妖怪の封印を解く方法は、何も外から破るだけではない。強い妖力を流し込み、妖力を溢れさせる――水を注いで器を溢れさせるように、封印を内側から破らせるのだ。
「んしょ……っと。えっと……こうして……」
力を入れて石をどかす。これはあくまでも、重しのようなものだ。その下の土を少しばかり掘り、御札を敷く。手をかざして妖力を込めると、御札の中から妖力が溢れ出した。行き場を求め土に染み込んでいく妖力が、次の瞬間、一気に増大し地表へとせり上がってくる。
成功だ──そう思ったのも束の間。
せり上がる気配に、運音は首を傾げて亀姫に言葉をかけた。
「あの、亀姫、様?」
「え、あ、うん。何かな百々目鬼ちゃん?」
返事をする亀姫も、少し声が上ずっている。彼女も気が付いているらしい。
「ここにいるの、誰なんですか?」
「き、キャハハ──さぁ?」
「またですか!? また、ちゃんと確認してなかったんですか!?」
「い、いや、違うの違うの! 聞いて? ここの近くで……」
そうしている二人の足元から、どす黒い妖気の塊が飛び出した。
玉のようなそれは、いくつかの球体に分裂し、何かを求めるように周囲を飛び回る。そして呆気に取られている二人を尻目に、それらはあっという間に林のあちこちへと姿を消してしまった。
慌てて封印を戻そうとするが、遅い。と言うより、運音には、封印を戻す方法などわからない。
後にはただ、仕事に失敗した二人の妖姫が立ち尽くすのみ。
責めるような口調で口を開いたのは、新入りである運音が先であった。
「あの。あれ、絶対に百姫様が求めてる妖怪じゃありませんでしたよね?」
「キャハハ。あー、失敗失敗。強い妖怪だと思ったんだけどなぁ」
「いやいや、強い弱い以前の問題で! 絶対、あれ、妖姫って感じじゃないでしょう!」
「うー……だってさぁ、お姉ちゃんがこの近くで文車妖妃を見つけたって……」
「それで、だからってここにも妖姫がいるって思ったんですか?」
いつもの事とばかりに笑って誤魔化そうとする亀姫。その姿に呆れたようにため息をつきながら、なおも運音は言葉を続ける。
「まぁ、狙いは分かりますけど……もっと慎重にいきましょうよ」
「キャハハハ。いやぁ、失敗しちゃったなぁ」
「どうするんですか……絶対怒られるじゃないですか」
「うーん……百々目鬼ちゃん、いや、新人クン」
「はい? 何ですか急に」
「任せた」
「何でですか! 嫌ですよ!」
「ええー! 頼むよー、このままじゃお姉ちゃんに怒られちゃうって!」
「だから私だって嫌なんですよ、それは!」
先程まで垣間見えていた力関係はどこへやら。その姿は出来の悪い先輩を責めるしっかり者の後輩、そんな戯れにすら見えるものであり、彼女らの言い合いは辺りが暗くなり始めても止まらなかった。
一方、そんな彼女らを他所に、復活した妖気はぐんぐん林の中を突き進んでいく。
彼らが探しているのは、器だ。
今、彼らの器はない。肉体とも呼ぶべきモノを壊され、焼かれ、その上で魂を封印されていたのだから。故に、彼らがその力を振るうには、まずは適する器を探すことが必要なのだ。
どこかに、何か──……。
そんな彼らの前に、やがて現れるモノがあった。
割れた食器。変色したボロボロのマットレス。水が溜まり、見る影もない炊飯器……打ち捨てられた、不法投棄のゴミの山だ。
怒りと嬉びとが混ざり合ったような感情の点滅を撒き散らし、妖気はゴミ山へと潜り込む。自らの姿に相応しい肉体を探してゴミ山の中を駆け巡りながら、妖怪たちはその本来の力を取り戻していく。割れた食器が寄せ集まり、マットレスが鎌首をもたげるが如く蠢き、炊飯器が宙に浮き……。
そして辺りがすっかり夕闇に包まれる頃、彼らは動き出す。
ゴミを積んだワゴン車が付近の山道に停まる、その音を聞き付けて。




