表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔放少女あやかしアヤカ  作者: 本間鶏頭
第三章 魔包少女の妖怪入門
54/65

第二十七話:眩惑夜会 砂上の竜宮(2)

 それから、とっぷりと日も暮れた頃。


「そろそろ片付けっか」

「えぇー、早くねぇー?」

「飲み過ぎだろお前」


 真っ暗になった砂浜で、男たちの夜は佳境に差し掛かっていた。

 彼ら一団を除き、砂浜に他の人影はない。海に向けて花火を発射したり、互いに投げ合ったり。空に放り投げた、どこに来るか分からないロケット花火を騒ぎながら避けたり。そんな遊びができるのは、周りの人々の多くが居なくなった夜の特権だ。もっとも、彼らであれば、他に団体がいようがいまいが思いのままに楽しんだのであろうが。


 飲み食いは粗方片付き、花火もほとんど使い尽くしてしまった。

 あとは片付けて帰るだけである。


「炭ってどうすんの?」

「あー、穴掘って埋めとけばいいって」

「だよな。海の家のゴミ箱、もう片付けられてるし。持って帰るとかだりぃしな」


 男たちの作業は手早い。

 砂浜にはあっという間に大きな穴が空き、そこにごみが投げ込まれていく。

 缶も、瓶も、食べ残しも。火の残る炭も花火の燃えかすも、彼らからすれば纏めて「ごみ」でしかないのである。


 持ち帰るなんて馬鹿な真似はする筈もない。ごみでぱんぱんの袋を座席に乗せるなんて、帰ってからが面倒臭いし、何より嫌に決まっている。


 ごみを自然に還し、あとは帰るだけ。


「……ん?」


 それが起きたのは、男たちが帰宅の準備を整えた、その時だ。


 ──あは、あははは──ふふふふふ──はっはははは──


 彼らの耳に遠くから響いてきた音。それは、女性たちの笑い声にしか聞こえなかった。


 その場にいた全員が辺りを見渡す。先程まで、自分たち以外にこの砂浜には誰もいなかったはずだ。


 酒に呑まれた幻聴か?

 否、そうではなかった。


「お、おい……あれ……」


 彼ら全員が、はっきりとその目で見たのだから。

 少し離れた波打ち際で、水飛沫と戯れる、複数人の若く美しい女たちの姿を。


「あ……」

「……え……?」


 女たちは、楽しそうに宴に興じていた。

 明らかに上等な深い紅色の酒瓶を、惜し気もなく浴びせあっている。その手に摘まむ御馳走も、男たちが用意していたものとは全く異なる高級品に見受けられた。


「……なぁ……」

「あ、あぁ……!」


 動き出したのは、どちらが先であったか。


 女たちは男に微笑みかけ、男たちは魅せられるように女へと寄っていく。


 人間が持つ原始的な欲求に、酔いの回った男たちでは逆らえなかった。いや、酒が入ろうと入るまいと、彼らは同じように動いたかもしれない。


 次第に笑い声は混ざり合い、夜の闇へと溶け込んでいく。

 夜はまだこれからであり、宴は今まさに始まったばかりだ。





「嗚ー呼、これはひどいねぇ」


 退いて様子を眺めていた、典子の姿をした紅葉が呻く。


 時刻はもう深夜である。妖怪をその身に宿しているとは言えど、典子はまだ小学生。肉体的な疲れは紅葉の妖力によって溜まり難いとしても、連日夜更けまで起きていたとなれば、精神的な疲れはどうしても残る。


 故に今夜、典子は既に夢の中。妖怪を遊ばせる役目を請け負っているのは、紅葉ただ一人(・・・・・・)という訳だ。


 百姫の連絡を受け、この砂浜に赴き、機を待って妖姫の一人を解き放った。


 その結果は、惨憺たるものである。


 男たちが繰り広げていたのは、宴と呼ぶにはあまりにも奇妙で不気味な光景であった。


 そこには居ない誰かに、一心不乱に話しかける者。

 旨そうに、火の消えた炭の塊に齧りついている者。

 美酒に酔うが如く、海水を飲み続ける者。

 焦点の合わぬ目で、歌い、踊り、叫び、笑う者。


 やがて彼らは、一人、また一人と倒れていく。

 ある者は、幸せそうな酩酊の顔で。ある者は、苦悶を浮かべた顔で。ある者は、狂気の張り付いた笑顔で……。


 そんな死屍累々の中心で、それ(・・)は月明かりをスポットライトに蠢いていた。


「うふ、ふふふ、あははははは……」


 羽衣のようなものを纏った女の裸体が、人体にはどこか歪な動きで以て舞い踊っていた。頭部には巨大な棘だらけの巻き貝を被っており、大きく避けた口と赤い舌だけが覗いている。その右掌に乗せられているのは、人の頭ほどもある二枚貝。相当に大きな(はまぐり)だ。


「……相変わらず、節操がないねぇ。栄螺鬼(さざえおに)のヤツの竜宮城は」


 栄螺鬼は、文字通りサザエが鬼と化した妖怪である。

 海に没した、とある女。彼女が抱えていた、情念、色情、獣欲……そういった魂の色は、凝り固まり、やがて渦を巻いたサザエの怪異としての姿をとる。それが年月を経て鬼と呼ばれる程に至った存在が、この栄螺鬼であった。


 このバケモノに、ヒトであった頃の知性はない。


 男を誘い、獣欲のままに精を貪り尽くす。それこそが彼女が持つ力であり、存在理由であり、快楽なのだ。


 そして、それを可能とするのが、彼女が握る二枚貝。

 (しん)と呼ばれるこの大蛤の怪異は、貝殻の隙間から妖気を噴き、強烈な幻影を創り出す。蜃気楼(・・・)と呼ばれる楼閣すら魅せるその力は強く、美女に美酒、欲望に訴える魅惑的な幻を映し出すなど容易な事だ。


(こんな光景、典子には見せられないねぇ……)


 苦笑いを浮かべる紅葉。

 倒れ臥す男共の中で女の裸体が踊り狂う。人外の女体とは言え、年端もいかぬ少女にこの光景は、些か刺激が強すぎるだろう。典子が就寝中(・・・)であったのは幸いというべきか。


 改めて見渡すと、なかなかに壮観、いやいや、凄惨な光景である。


 いずれの男も、相当量のアルコールを摂取している。蜃に魅せられ、海水を飲み炭を齧った者に至っては、既に命の危険もあるのではないだろうか。いずれにせよ、このままでは、明日には小さなニュースになるだろう。若者の一団、砂浜にて集団不審死──そんな三問記事が、きっと世間に出て回る事になる。


(……まぁ……典子なら、きっとこうする、か)


 携帯電話を取り出す。

 この、小さな近代科学の使い方は既に身に付けている。必要なのは、数字のボタンを三度押すことだ。


「もしもし。救急車を──八人、酒の飲みすぎで倒れていて──場所は──」


 通話を終え、携帯電話を仕舞う。


 仮にも鬼女である紅葉には、全く以て、そんな事をする義理はない。理由もない。彼女にとって大切なのは、託された仕事を遂行する事だ。


 しかしながら、常に典子の肉体に宿っているからだろうか──紅葉の精神の奥底では、典子だったらどのように考えるか、それが分かるような気がしていた。


 だからこそ、一応助けは呼んでやったが、後始末はここまでだ。


 運が良ければ助かる者もいるだろう。しかし、彼女がそれを気にする事はない。自宅へと戻る彼女が気にするのは、明日典子が学校へと遅刻しないかどうか、それだけである。


 一方で栄螺鬼はと言えば、彼女もまた、既に人間どもの事は頭にない。その身は只々踊り狂うのみ。精気をたっぷりと喰らい、水気を含んだ柔肌をさらに瑞々しく輝かせ、月光の下で踊り続けるのだ。


 蜃の噴く幻影を纏い舞い踊るその姿は、さながら乙姫。それから救命の車が着くまでの暫しの間、此処は眩惑の竜宮と化したのであった。

登場妖怪解説


栄螺鬼(さざえおに)

鳥山石燕「百器徒然袋」で描かれている妖怪。「雀海中に入て蛤と為るすずめがはまぐりになる」「田鼠化して鶉と為る(もぐらがうずらになる)」とは中国に伝わる言葉だが、それに倣う形で「栄螺が鬼と為る」とされた。好色な女性が海に没し、サザエとなった後、化けた存在とする説もある。また、一部資料には、サザエの妖怪がハマグリの妖怪と共に描かれている姿も残されている。


(しん)

中国をはじめとし古来より伝わる、蜃気楼を見せる巨大なハマグリの妖怪。鳥山石燕「今昔百鬼拾遺」には、気を噴いて楼閣を作り出す、ハマグリの姿をした「蜃気楼」が描かれている。また、蜃をハマグリではなく、竜とする説もある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ