第二十六話:飽食の罪 飢餓の罰(1)
昨今、イマドキ女子の間では、数色に彩られた多層のスイーツドリンクが流行っているらしい。
以前は色とりどりの特大綿菓子や、ぴかぴか光る電球ドリンクなんてモノが流行った時期もある。しかし、こういったトレンドというやつは、基本的には一過性のもの。タピオカなど、息が長く定期的にブームが訪れる存在は珍しいのだ。このドリンクも、一年もすればクイズ番組でその名前を聞く事になるだろう。
だが、そんな一瞬の流行り廃りをみすみす逃していたのでは、人気者というポジションを保つ事はなかなか難しい。
それが入れ替わりの激しいSNSの世界なら尚更だ。
「んー……と」
大学生の折柴は、そんなSNS界隈で一定の人気者としての地位を確立しているイマドキ女子のひとりである。
人間には、三大欲求というものがある。いわゆる、食欲、性欲、睡眠欲というヤツだ。
だが現代人には、それらよりもっと大きな欲がある。生存に不可欠ではないが、より良く生きる事を求める者が大小あれど心に抱く、強い欲。時には彼女のように、それが食欲を上回ってしまうような者も存在する。
人はそれを、承認欲求と呼ぶ。
他人に認められたい。自分の存在を知らしめたい。折柴もまた、そんな欲を人より少し多く抱いた現代人であった。
「こうかな……うん、この角度、完璧じゃん!」
買ったばかりのドリンクの容器を太陽にかざす。七色の層が太陽光を透過し、表面の水滴をきらきらと輝かせた。赤、橙、黄色、緑の四層も、空の青と対照的で美しい。シャッター音が響き、スマホの画面をタップした彼女は満足げに頷いた。
SNSでは、インパクトがあったり負のイメージが強かったりする投稿の方が拡散されやすい傾向にある。
以前存在した「star01_friend_hotaru02」というSNSのアカウントが良い例、もとい悪い例だ。折柴もそのアカウントはチェックしていたし、目指すところでもあったのだが、その最後は随分と呆気ないものだった。
炎上したのは動物園の写真。動物相手にフラッシュを焚いたり、無断で餌をやったりしていたのが叩かれ、瞬く間に燃え広がったのだ。その時の投稿を最後に更新は途絶えてしまっている。もしかすると他のアカウントで活動をしている可能性もなくはないのだが、「star01_friend_hotaru02」としては事実上の引退だ。
このところのSNS事情は複雑なのだ。少しでも付け入る隙を与えてしまうと、すぐに重箱の隅をつつくような揚げ足の取り合いが始まる。しかも同じサービス内どころか、まったく別の場所で悪評が拡がっているケースもあるので油断できない。
そんな混沌としたSNS時代を、折柴は「だりぁ@」のハンドルネームでどうにか生き抜いてきた。
彼女が主にターゲットとしているのは、食べ物、それも甘味の写真だ。プロになればそれだけででも食っていけるが、その分界隈の人数も桁が違う分野である。
では、なぜそんな分野に彼女は照準を合わせたのか。それは、食べ物の写真が炎上しにくいジャンルだからである。
動物の写真は「star01_friend_hotaru02」のようにふとしたきっかけで荒れ易い。風景の写真は、立ち入り禁止の場所に入った投稿者が叩かれたり、他の人に迷惑だと炎上したりするケースが珍しくない。それに、それなりの遠出も必要だろう。要するにリスクが多いのだ。
それに比べ、スイーツの写真はリスクが少ない。流行りの店に行き、写真を撮り、アップすればいいのだから。費用は少しかさむが、動物を飼うほど掛かる訳でもないし、その程度はたくさんの反応を貰えるのなら大した問題でもなかった。
決してインパクトが強い訳ではない。負のイメージで拡散してしまっては本末転倒。そんな中を、彼女はとにかく何枚も数を投稿する事で、それなりに大手の仲間入りを果たしたのである。
「おっ、来てる来てる♪」
それが証拠に、写真をアップした途端、通知音が鳴り始めた。この反応! 欲求が満たされていく感覚に、自然と顔が綻んでしまう。この瞬間は、まるでステージでスポットライトを浴びているかのようだ。沢山のコメントや拡散を眺めながら、自分への褒美とばかりに撮影を終えたドリンクを飲み始める。
「……うぇ、まっず」
だが、その笑顔もストローに口を付けるまで。
三十分も並んでこのドリンクを購入した彼女だが、実はあまり甘いものが好きではない。嫌いではないのだが、甘すぎるとすぐに気持ち悪くなってしまうのだ。フルーツソース山盛りのパンケーキだとか生クリームたっぷりのフルーツサンドだとか、そんなモノより、ハンバーガーを適当に腹に詰め込む方がまだ良いのではないかとさえ思う。
それでも、スイーツ系の写真に対象を絞っているのだから、これは我慢するしかない。
「ダメ。もういいや」
行列の末に手に入れた六百円のドリンクを二口だけ飲むと、折柴は顔をしかめて無造作にゴミ箱へと押し込む。こういう事ができるのも、この分野の利点と言えるだろう。別に、撮影が終わって廃棄したところで、アップした写真からそれを知る事はできないのだから。
「……あーあ。本当にいるんだ、写真だけ撮って残す人」
──こういう事にならない限りは。
投げかけられた言葉と視線に、はっとして振り返る。
そこに立っていたのは、眼鏡をかけた女子高生だった。手には緑と青の多層ドリンクを持ち、見せつけるようにそれを飲んでいる。
「ぷは、悪くないんじゃない? かき氷のシロップを薄めた、みたいな……値段の割には、って感じかな。それにしても、びっくりですよ。お姉さんみたいな人って本当にいるんですね」
「……何? あんた、何か文句でもあんの?」
言葉を続ける女子高生を、思わず睨みつけてしまう。
どこにでもいそうなショートカット。変哲もないセーラー服。いけてない眼鏡に、少し早口な口調。クラスに一人はいる、地味で根暗そうな印象。折柴が一番嫌いなタイプだ。
「別に。でも、残すのはもったいなくないですか?」
「は? 私が残して棄てたって証拠でもあんの?」
「あー、証拠ですか? 参ったな、そういうのは、特には」
「そういうのね、名誉毀損って言うの。分かる? あ、そうだ。それに、もし私の事ネットにでもデマを拡散させてみな? 訴えるからね……ま、あんたみたいな陰キャに、拡散なんて無理でしょうけど」
一方的にまくし立て、歩き出す。周りに見られていないか少し気にはなったが、苛々しているのだから仕方ない。すれ違いざまにわざと肩をぶつけると、そのまま折柴は人混みの中へ消えてしまった。
*
「ふーん。『だりぁ@』か……」
飲み終わった大して美味くもないドリンクの空容器をゴミ箱に入れながら、運音は手にしたスマホの画面を確認する。勿論、肩をぶつけられた時に上手い事スり盗ったものだ。体の接触があった以上、この程度は呼吸をすると同じくらい簡単である。
投稿画面を確認すると、スイーツの写真ばかりがずらりと並んでいる。店頭販売の派手なもの、皿を彩る綺麗なもの。一人で食べきれるのかと疑いたくなるような、特大のパフェもある。このお菓子が沢山乗ったかき氷なんか、さっきの様子から察するにほぼ間違いなく捨てただろう。
それにしても意外だった、と運音は思う。
写真を撮るために料理を注文し、撮影を終えたら食べずに捨てる。少し前はそんな批判も多かったSNSの問題だが、今やその認識は少ないのが実態である。
インパクトがあったり負のイメージが強かったりする投稿の方が拡散されやすい──簡単な話、それに尽きるだけなのだ。一部にそういう人がいるというだけで、界隈全体がそうだという訳では当然ない。それに、所謂食べ残し問題は、今に始まった事ではなく昔からある問題だ。
そんな中で、絵に書いたように写真だけ撮って廃棄する者がいるとは、正直思ってもみなかった。
だが、それでいい。
だからこそ、こちらの作業がやり易くなるというものだ。
そっとスマホを足元に置く。あれだけSNSに固執しているのだ、どうせ一分と掛からぬうちに気付いて取りに来るだろう。
案の定、足元を見ながらこちらへ歩いてくる姿が見える。小さく笑みをこぼしながら、運音はこれから起きるであろう出来事を考えながら人混みの中へとかき消えた。




