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魔放少女あやかしアヤカ  作者: 本間鶏頭
第二章 死闘、魔崩少女ミチル
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第二十二話:終幕 そして再開へ(2)



 時刻はすでに真夜中。

 それでも、人間は休まない。


 街灯の光が溢れ、広告のネオンが激しい自己主張を展開する。居酒屋の呼び込みは道行く人々を逃さず捉え、警官はトラブルの種を見逃さないよう巡回していた。この時間になっても尚、繁華街では人々が忙しく動き回っていた。


 だが、そんな人々は、誰一人としてこの空間の異物(・・)に気が付いていないようだ。


「──……──……──♪」


 鼻歌交じりに、夜の繁華街を少女が歩く。


 喧騒の指揮を取るかのように、両手の指先を動かす少女。それに併せるかの如く、呼び込みをしていた店員が、派手な服を纏った女性の腕を強引に掴む。途端、スーツ姿の屈強な男が店員に殴りかかった。警官が面倒くさそうに仲裁に入ると、そのすぐ近くではタクシーが狭い路地にも関わらず速度を上げて走り去る。そのエンジン音に触発されて飛ぶ怒号。繁華街は、にわかに騒がしさを増していった。


「ウフフ、なかなか心地好い音色ですこと」


 満足げに少女は、百姫はうっとりと目を閉じる。

 喧騒に聴き入る姿は、その場にいる誰の目にも見えていない。だがその存在は強大である。彼女はただ歩いているだけ。それにも関わらず、歩いた後には甚大な狂気が撒き散らされ、それに当てられた人々の悪意が無意識に芽吹いているのだ。


「ふぅ。それにしても……してやられましたわね……」


 体のあちこちに走る痛みをさすりながら、百姫は自嘲気味にぽつりと呟く。


 結局、彩夏は神虫の討伐を達成した。魔王二柱分の妖力をきっちりと消費して。


 そうなのだ。彩夏が無事に戻ってきたのは良いものの、あの牛鬼の力を操るには莫大な妖力を消費しなければならなかったらしい。おかげで百姫の手元には、以前の数十分の一にも満たないような力しか戻って来なかった。人間どもを突っついて溢れた悪意をつまみ食いした程度では、全然回復の足しにもならない。もっとも、それでも人々にこれだけの影響を与える余力はあるのだが、それではまだまだ不十分なのだ。


 普通に生活していくには十分だが、魔王の妖力としては心許ない。そんなところか。


 ひょっとすると彩夏が力を返し渋ったのではないかとも考えたが、そうだとしても百姫は怒る気になれなかった。力を預けたのは自分の意思なのだ。隙として利用されたのなら、それはそれまでの事。自分の考えが甘かったと諦めるしかない。まぁ、もし本当にそうなら、いつかこちらから利用させてもらうだけの話である。


「さて、確かこの辺りに……」


 繁華街を抜け、派手な光が少なくなった大通りをしばらく歩く。やがて、眼前には彼女の目当ての建物が現れた。


「ここで間違いありませんわね、長壁姫(おさかべひめ)?」

「はい、神野様。あれ(・・)はここに運び込まれているはずです」


 百姫の確認の問いに、ゆらりと現れた長壁姫が頷く。

 二人が見上げている建物、それは大きな総合病院だった。


 警備員の前を無造作に通り、二人は堂々と病院の中へ入り込む。静かな院内には、階段を上っていく侵入者の足音だけが響き渡った。が、夜勤の医療従事者たちはその音を認識できない。やがて二人は、病院二階にある角の病室の前で立ち止まった。


「神野様、この病室のようです」


 頷きを返す百姫。彼女がわざわざ人間の街を歩き、こんな場所まで潜り込んだのは、この病院に用事があったからだ。当然だが、百姫が治療を受けるためではない。勿論、長壁姫が怪我をしている訳でもない。


 病室の扉を開けると、一人の少女がベッドに横たわっていた。

 何本もの管が伸びており、並んだ機材が点滅を繰り返している。酸素吸入器で辛うじて呼吸を保っているようだが、意識が戻っていないようだ。一目で重態と分かる様相の少女は、病室の中でただ一人、二度と目覚めぬ黄泉路へ向かって昏々と眠り続けていた。


「よし、問題なさそうですわね。これなら……」


 満足げに微笑みながら、百姫が懐から一枚の御札を取り出して少女の額に置く。描かれた紋様が鈍く輝き、紅色の粒子が溢れ出した。よく見ると、御札自体も少しずつ粒子に分解されているようだ。その光は、少女を包み込むようにその体内へ流れ込んでいく。


「ウフフ。さぁ……紅葉(もみじ)、貴女の新しい身体を用意いたしました。百姫夜行の一員たる者が生を諦めるなど、このわたくしが許しませんわ」


 彼女の目的。それは路留との死闘に敗れ、頭を切り落とされた鬼女紅葉の復活だった。


 ──アタシはもう駄目だけどよ、絡新婦はまだ……──


 紅葉が最期に遺した言葉を思い出し、百姫は小さく微笑む。


 その言葉が示す通り、絡新婦は脚を失い戦闘不能に追い込まれた程度で済んだが、紅葉は首を刈られた事で完全に討ち取られてしまった。鬼とは言っても、彼女は首をもがれて生きていられる程の妖怪ではない。最早再生も叶わず、その肉体はただ朽ちるのみとなっていた。御札に回収した事で霊魂こそ消滅を免れたものの、それでも復活まで何年かかるか分からなかったのである。


 だからこそ、百姫はこの手段をすぐさま実行したのだ。

 かつて山本五郎左衛門が、同様の方法で新たな肉体を得たように。


 神虫が最初に狙った少女が死を免れていた事を、影の世界から外界を観察していた百姫は見逃さなかった。紅葉の意思が眠りについてしまわないうちに、適当な肉体にその霊魂を定着させる──それには、死に瀕していながら未だ死んではいない、そして紅葉に見合った若い肉体が早急に必要である。この少女を利用しない手は無い。そう考えた百姫は、少女が搬送される先を長壁姫に追跡させていたのである。


 そして戦いが終わり、百姫はそれを実行した。

 紅葉は百姫夜行の中でも重要な戦力だ。自分の力が削がれている今、それが失われるのは惜しい。

 それだけでなく、純粋に同志である妖姫を失いたくないという気持ちもあっただろう。新たな依代に人間の体を選んだのも、紅葉が元々は人間であった事を考慮したのかもしれない。彼女もまた魔王、全ての妖怪の王たる存在なのだから。


「……さぁ!」


 百姫の声に応じるように、少女がゆっくり、静かに瞼を開く。


 人外特有の、真紅の瞳。その頭頂には、二本の小さな角。


 この日、こうして少女は──火野典子(ひののりこ)は、人知れず、人ならざるモノになった。しかしそれは、これから巻き起こる騒乱の、ほんのちっぽけなきっかけに過ぎなかったのである──。

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