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魔放少女あやかしアヤカ  作者: 本間鶏頭
第二章 死闘、魔崩少女ミチル
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第二十一話:魔王の一歩 山源彩夏が歩む道(1)

「すぅー……はぁー……」


 水中から空中へと飛び出し、彩夏は大きく深呼吸する。


 手首を軽く振ると、周囲に浮かぶ八本の苦無がゆっくりと円を描く。黄色い紋様が刻まれたそれは、沈み行く夕陽を僅かに反射して八本の光条のように輝いた。


「ゴヲヲォオオッ!」


 それらが銃弾のように一斉に射出されたのは、神虫が強烈な羽撃きで突進し始めたのとほぼ同時。

 縦横無尽に空中を駆け巡った苦無は、金属質な音を立ててそれぞれが神虫の八脚を真正面から弾き飛ばした。


 これに驚愕したのは神虫である。

 馬鹿な! 神虫の肉体は、触れた妖力そのものを無効化、餌として吸収する。だからこそ先の戦闘──路留の腕として戦っていた時からそうだったが、膨大量の妖力を武器とする魔王級の大妖怪でさえ彼の肉体にかかればただの獲物でしかなかったのだ。

 それが、先程まで戦っていた妖怪が変化した少女の、こんなちっぽけな武器に弾かれるなど有り得ない。そもそも、妖力で錬られた武器である時点で自分と対等に渡り合うなど不可能なはずなのだ。


 それなのに。


「キヒヒヒ! さ、お返しだよ!」


 彩夏の新たな武器は、明らかに神虫には有効だった。

 八本しかないにも関わらず、それらはまるで無数の刃に分身したかの如く高速で飛び回り、四方八方から神虫に襲い掛かる。こうなると、神虫の巨体は小さな彩夏からするといい的だ。いくら野性的な反射神経を持っていようと全てには反応しきれず、やがて雨のような斬撃が神虫の全身へと降り注いだ。

 鉛筆を削るような音が響き、少しずつ、少しずつ神虫の堅牢な甲殻がそのガードを削られていく。


「ゴヲオッ!」


 猛攻に身を晒されていた神虫だったが、一声吠えると無理矢理に巨体を捩り空中へと再び身を躍らせる。その首筋を狙い背後から放たれた苦無は、しかし甲殻に突き刺さる事は無かった。急旋回すると神虫は、六本の脚で襲い来る六本の苦無を鷲掴みにし、力技で抑え込んだのだ。威力が足らなかったか、残りの二本は甲殻を貫くに至らず弾かれる。


「ふぅー……やるじゃん! って、わわっ!」


 感心したのも束の間、彩夏は慌てて上体を逸らし、急接近してきた神虫の顎による一撃を回避した。次の瞬間、一拍置いて迫ってくるのは苦無を抑え込まずに自由になっていた後脚だ。先の噛み付きはフェイント。超高速の移動に体重を乗せた鋭い鉤爪は、掠っただけでも少女の臓物を抉り出すだろう。


「っとと、危ない、危ない!」


 時間差による攻撃を凌いだのは、残っていた二本の苦無だった。

 十字に交差し鉤爪を受け止め、あまつさえ体重の乗った一撃を押し返したのである。


「キヒヒ! みんな(・・・)、ナイスっ!」


 親指を立てて笑顔を投げかけると、拘束を振りほどいた苦無が彼女の周囲に集結した。


 まるで、少女の呼び声に応じるかのように。


 そしてそれは、紛れもない事実なのである──。





 ──彼ら(・・)は、悠久の時を生きてきた。

 いや、厳密には生きていたとは呼べないかもしれない。喰い荒らされた霊魂を無理矢理縫い合わせたような混濁した意思はあるものの、その行動はと言えば、満たされぬ餓えに突き動かされるようにただ犠牲者を探すのみ。獲物を仕留めればその骨肉を喰らい、逆に討伐されれば己を討った者を次の怪物へと変貌させ、また次の犠牲者を狙う……。


 言わば、永遠を生きる、死ねない呪い。それが妖怪・牛鬼の本質であった。


 だから、虫襖色の巨大な怪蟲が自身を餌と認識していようと、彼は何も変わらない。これ(・・)を喰らうか、或いは喰われて次の牛鬼を産むか、それだけのはずだった。


 だがこの日、牛鬼の意思(・・・・・)は初めての経験をする事になる。


「キヒヒヒ! おーい、牛鬼ー!」


 神虫との激戦の最中、何処からともなく、彼の意識の中にちっぽけな少女の魂が現れたのだ。闇の中をぽっかりと照らすスポットライトのような空間で、少女と牛鬼が対面する。


「キヒヒ! 初めまして、じゃないのか。んー、でも初めましてでいいよね!」


 この声、この態度……牛鬼の意思に刻まれた、古い古い記憶が呼び起こされる。

 前に自分を討ち滅ぼし、肉体を乗っ取るはずだった僧侶の妖怪。その隣で暴れ回っていた、小ささに似合わぬ理不尽な強さの人間。それが、確かこんな少女だった……気がする。


「ギギ、ギ……ギギギああア……!」


 歪なパッチワークのように寄せ集められた彼の意思では、そこまで考えるのが限界だった。だが、もし牛鬼にはっきりとした意思が存在したならば、神虫を殴り飛ばしながらも困惑していた事だろう。

 こんな事は有り得ない。彼が乗っ取った者の意識は、ことごとく霊魂を継ぎ接ぎするように上書きされてきたのだから。取り込んだはずの者の意識が独立して自我を保つなど、有り得ないのだ。そんな事が出来るとするならば、数百人分もの犠牲者の霊魂の総量すら上回る器と、それを満たす莫大な妖力が必要である。


 そう。その少女は、その莫大な妖力を有する存在だったのだ。


 普段の彼女であれば、こうはならなかったかもしれない。百姫が、夜道怪が、山本五郎左衛門が彼女に託した妖力。それらを得て、初めて彩夏は牛鬼と対話する資格を有したのだ。


「ギ、ギあギ、あ、あああ……ぉぉおあああ……!」


 そんな彩夏に向かって、牛鬼の意識は混乱したように脚を伸ばす。対する彩夏はまるで動じず、握手でもするかのように両手を差し出し──そのまま、自分の体躯の数倍もあるクモ脚を、正面から抱き締めた。

 途端、甲殻の表面が膨張し、まるで沸騰した液体の表面のように無数の顔が浮かび上がる。

 その表情は絶望。戦慄し、恐怖し、恐慌に陥った無数の犠牲者の霊魂の断片が、紛れ込んだ彩夏の霊魂を侵食しようとその五体にまとわりついていく。ある者は救いを求めるように手すら伸ばし、またある者は恨みをぶつけるかの如く牙を剥く。そんな彼らを彩夏は、黙って微笑んだまま抱き締め続けた。


「……うん。うん」


 これまで絶望の中で存在を散らされてきた犠牲者達とは違い、彼女は霊魂の同調を拒まない。

 それこそが、彩夏による新たな魔王節だから。


 妖怪と人間の共存に、均衡などという堅苦しい言葉は必要ない。

 この世界に存在するのは、妖怪か人間かどちらか、だけではないのだ。

 妖怪である送り犬の縄張りには、人間達から保護されている獣達が暮らしているように。夜道怪の作る牡丹鍋が、何種類もの食材から出来ていたように。世界は綺麗な左右対称ではないのだ。他ならぬ彩夏自身が、最早妖怪だの人間だのの枠を超えた、次代の魔王なのだから。


 大切なのは、均衡ではなく調和。

 似ているようで、少しだけ違う。


 だが、その上で魔王として、調和から一線を外れた異物に容赦はしない。

 あの牡丹鍋だって泥を入れてしまえば、それは食べ物ですらなくなってしまうだろう。岩魚坊主の治める河川は、外来種を駆逐しなければ河川自体が滅んでしまうだろう。そんな調和を乱す存在は、彩夏に言わせれば面白くない(・・・・・)


 やる事は何も変わらないのだ。人間の悪意を突っついて妖怪を助ける糧にしてみたり、現代の環境には強力すぎる妖怪を再び沈黙させたり。それは彼女にとってはあくまでも「遊び」に過ぎないのだから。これからも彼女には、「遊び」に溢れた毎日が待っているだろう。

 だからこそ、調和が大事だと言ったって神虫の存在を黙認できるものではない。あれは人間も妖怪も、やがては世界を喰い尽くす怪物。彼女が言う「遊び」の域を超えてしまったのだ。元の住処に戻してやる事も考えたが、戻した所で近い将来同じ事が起こるだろう。人肉の味を覚えた猛獣は、何度だって人里に降りてくる。魔王たる者、時には非情な決断を下さねばならないのだ。


 そのために、力を得る。

 新たな魔王の在り方を体現するかのような、新たな力を。


「キヒヒ。うん……うん。力、貸してくれる? みんな(・・・)の後世の、これから(・・・・)のためだと思って、さ」


 彩夏との対話に応じるように、やがて無数の霊魂は次々に彩夏の霊魂への侵食を止め始めた。逆に彩夏の莫大な妖力が牛鬼の妖力を包み込み、ちぐはぐな霊魂を余さず自身に同調させていく。


「ギ、ギギ……」

「ん? うん。心配しないで。この彩夏ちゃんは最強だからね! 好き勝手遊ぶけど、人間を滅ぼしたり悪意のない人をいたぶったり、そんなつまんない事はしないからさ!」


 抱擁の中、牛鬼は確かな安らぎを感じていた。

 本能が、微かな理性が、彼女の存在を主として認めたのだ。


 そして彼女が牛鬼の意識を構成する彼ら(・・)全てと同調した時、遂に彩夏は牛鬼としてではなく、魔王として、再び神虫と対峙したのである。

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