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魔放少女あやかしアヤカ  作者: 本間鶏頭
第二章 死闘、魔崩少女ミチル
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第十八話:吠える絶望 崩壊する魔崩少女(2)

 それ(・・)を察知した瞬間、魔王二柱は本能的な震えを止められなかった。


 武者震いなどでは決してない。

 かつてない天敵の気配を察した全身の細胞、その全てが一刻も早くこの場から逃れるべきだと警鐘を鳴らし始めたのである。


「ああ……ああああアああアアアあッッッ!」


 路留が──いや、路留だった何か(・・・・・・・)が吠える。

 それに呼応するかのように、めきめきと響く鈍い音。人だった肉体が、妖力の放出と収縮とを繰り返しながら人ならざる何かへと変貌を遂げていく。両腕を覆っていた虫襖色の甲殻は、今や少女の柔肌を呑み込むように全身へと広がっていた。


「百姫ちゃん、アレって……」

「ええ……これはまずいですわ……!」


 慌てて火炎の嵐を放つ二人。

 その豪炎のベールの向こうで、それ(・・)のシルエットはより異質に変貌を遂げていく。脇腹を突き破り、さらに二本の腕がその姿を現した。肘から生えていた刃は、今では鋭い鈎爪となって八脚全ての先端を覆っている。何よりその巨体は、見る見るそのエネルギーを増しながら膨れ上がり続けていたのだ。そして、真っ赤に血走った眼が、黄金色へ、橙へ、そして真紅へと螺旋を描くようにその色を変えていた。


「ゴオオオォオオオヲヲォオオオッ!!」


 次の瞬間、それは炎の壁を喰い破って突進を開始する。


 八脚を蠢かせ駆ける姿はまるでクモ。しかしその巨体はトラック程もある。そんな怪物が、明確に二人の少女へと狙いを定めて突撃しているのだ。


「と、と、わっ!」


 鎌鼬の化装を瞬時に纏い、上空へと逃れる彩夏。

 だが直後、彼女は自分の失敗に気がついた。

 ぱっくりと割れる怪物の背中。その下から薄く輝く翅が伸び、怪物の巨体を宙へと跳ね上げたのだ。


「うっそ!?」


 慌てて方向転換しようとするが、妖力を削がれた鎌鼬では力が足りない。襲い来る鈎爪の強烈な一撃を、刃こぼれしそうな刃で受け止めるのが精一杯だった。

 成す術なく、数十メートルもの距離を一瞬で吹き飛ばされる。

 彩夏が軽い少女の肉体だったのは、ある意味ラッキーだったかもしれない。もしかつての、この怪物と同じような体躯と質量の姿で先程の一撃を受けていたなら、逃せない衝撃がその半身を消し飛ばしていただろう。


「か、は……!」

「彩夏さん!」


 だがそうは言っても、小学生女児がトラックに撥ね飛ばされたらどうなるかなど想像に難くない。妖力を練りに練って防いでも、妖力そのものを無効化されたのでは意味がないのだ。刀一本でその身を守りきる事など出来ず、その被害は甚大だった。


「おのれっ……この、わたくしが……!」


 怪物は、百姫に狙いを変えたようだ。

 次々に姿を転じて抗う百姫だが、それも時間稼ぎにすらならない。

 容赦ない一撃が掠め、その左腕と下半身を瞬く間に消し飛ばす。


「がッ……!」


 崩れ落ちる百姫。

 そして血が滲む視界の先で、百姫は見た──怪物が、抉り取った自分の肉を喰らっている!

 それは闇の世界の頂点として君臨し続けた魔王にとって、どれほどの屈辱だっただろう。奥歯が砕けるのではないかという程に歯軋りをして、その光景を睨みつける。だがいくら憎悪が煮え滾ろうと、最早それをぶつける方法など彼女には残されていなかった。


(あぁ、情けない。魔王ともあろう者がこんな最期を迎えるとは……栄華など呆気ないものね……)


 そしてその意識は、暗闇の中に呑み込まれていき──。





 怪物──神虫(しんちゅう)は、久々に得た自由を謳歌していた。


 かつて南瞻部州(なんせんぶしゅう)と呼ばれた地の山奥に棲んでいた怪物、その本質は捕食者。彼は妖怪変化や悪鬼といった妖力ある人ならざるモノ共をただ単に「獲物」として喰らう、本来は妖怪とは根本的に異なる特殊な存在だったのである。


 そんな彼に、かつての妖怪狩りの一人が目をつけた。


 先述の通り、全ての霊魂は基本的には輪廻転生の道の中で生まれ変わりを繰り返す。しかし、その道には例外も少なからず存在する。輪廻転生の道から外れたモノ、すなわち外道の──妖怪の霊魂は、死してなおこの世を離れない。現世に留まり続けるのだ。故に、例え妖怪が討ち斃されても、その霊魂はあの世へと逝く訳ではない。霊魂は厳重に封印するか、ともすれば神として祀っておくしかないのである。


 普通なら(・・・・)


 神虫は、獲物を霊魂ごと喰らう。


 そんな神虫だからこそ、妖怪狩りは彼を捕らえて使役したのだ。

 彼の生態を利用すれば、滅した妖怪の霊魂を完全に世界から消し去る事が出来るから。

 しかしその力はあまりにも強大であり、本来なら人間がコントロールできるようなものではない。故にその存在を御札に封じ込め、「食事」の時にのみ限定的に封印を解くという方法で使役してきたのだ。


 だが、それに神虫が大人しく従うはずもない。

 彼は待ち続けた。自らを使役する術者の妖力を少しずつ喰らいながら、その霊魂が摩耗する時を。磨り減り自我を失った魂が、無策にも自分の力を利用しようとする、その時を。


 そして、その日は遂に訪れた。


 何らかの妖怪に敗れ、今世代の主は両腕を失ったらしい。殺意に飲まれた彼女は、失われた両腕を呪術で補填しようと試み、その結果──愚かな事に、神虫の腕を自らの肉体と繋ぎ合わせたのである。

 その好機を利用しない手はなかった。封印を解かれた両腕から主へと力を授けつつ、神虫はその魂をじわじわと蝕んだ。少しずつ、少しずつ。やがてその意識が限界を迎えた頃、己の封印を解くように魂を促す事など造作もなく──。


「ゴヲヲヲォォヲヲッ!」


 今や、自由!

 気分良く大地を駆けながら、彼を突き動かしているのはただ一つの欲求だ。

 空腹。一日に三千三百の鬼を喰っていたのだ。支給されていた、あの程度の食事では満足できるはずもない。膨大な妖力(エサ)を目覚めの一杯に堪能したが、寝起きの体には少しばかり足りなかったようだ。だが今や、自分を縛る者は何もない。それを証明せんとばかりに跳躍し、何もない大空へと飛翔する。


 そして、見た。


 数百年ぶりに見た世界は様変わりし、無数の人々が蠢いている。

 妖力(エサ)の気配は、ない。


 ……いや。

 いや、いや、いや。


 あるじゃないか。そこらに、そこら中に!


 どういう訳か、数百年で本当に世界は変わったらしい。


 本来の住処は人間よりも上等な餌が豊富にいたので、神虫は人間なんぞの魂は喰らった事もない。しかしながら、人間の世界というのは、これ程までに悪意(うまみ)に満ちていただろうか。今、彼の目に人間の魂は、紛れもなく上等なご馳走(・・・)として映っていた。


 まずは味見だ。

 やつら、か弱そうではあるが反撃がないとも限らない。群れからはぐれている手頃そうな、比較的幼そうな獲物に狙いを定め、急降下する。


「きゃっ……!?」


 おっと、しくじった。神虫は内心で苦笑する。

 人間というやつは思っていた以上に脆弱らしい。力の加減と着地点を誤りはしたが、羽ばたき一つであんなにも吹き飛んでしまうとは。


 しかも狙った獲物は頭を打ち付けたらしく、それだけで動かなくなってしまった。

 騒ぎに気付き、他の人間たちが集まってくる。連中は口々に何か言いながら、板のようなモノを気絶した少女やこちらへと向けていた。


 ほう、と意外そうに神虫はその光景を眺める。


 何をしているのかは分からないが、助けようとしないのか。人間は仲間意識が強いものと思っていたが、どうやらそうでもなさそうだ。

 いや、それどころか……。


「ゴオッ……オッ、オッ、ヲオッ……」


 思わず涎を垂らしながら、倒れている年端もいかぬ少女と、集まった群れとを見比べる。


 どちらの餌が()も量も上か──それは明白だ。

 今や怪物を束縛するものは、何もない。そして妖怪狩りが使役した怪物の狩り、その矛先は、最早妖怪のみに限られてはいないのだった。

登場妖怪解説


神虫(しんちゅう)

絵巻「辟邪絵」にその存在が記されている虫の姿をした怪物。朝に三千、夕に三百の鬼を喰らうとされる。天罰の星である天刑星(てんけいせい)や善神として有名な毘沙門天と同格に扱われており、神虫もまた悪鬼を退治する善神とされていたようだ。


元興寺(がごぜ)

飛鳥時代、奈良県元興寺(がんごうじ)に現れたとされる妖怪。夜な夜な童子を襲っていたが、やがて一人の童子に頭髪と皮ごと引き剥がされ退治された。その正体は、かつて元興寺で働いていた下男の死霊が鬼となったものであったという。これを退治したのは落雷の加護を得て産まれた怪力の童子であり、後に道場法師(どうじょうほうし)と呼ばれる事になる。また、この怪異をお化けを意味する幼児語「ガゴゼ」の由来とする説もある。

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