第十五話:閃光の奇獣 写真と夜の動物園(2)
「……でさ、どうどう?」
数時間後。
栖田井が運転する車が郊外を走る。その助手席で、蛍銭はSNSの確認に勤しんでいた。
「うん、結構反応きてる。いい感じなんじゃない?」
「お! 今日も大成功じゃん!」
満足げな笑顔を向け合う。
やはり、夜の動物園はアタリだったようだ。構図も被写体もばっちり決まっており、既に千件以上も拡散されている。狙い通り光の反射も良い味を出していて、その出来映えは満点だった。
「この後はどうする?」
「えー、今まだ八時でしょ。パフェでも食べ行かない?」
「でもさ、さっき結構載せちゃったじゃん? 今日はもういいんじゃない?」
栖田井の提案に素直には頷かず、蛍銭は考え込む。
あまり一度に写真を載せすぎるのも、実際には逆効果なのだ。さっきの動物園でも沢山の写真を撮りはしたが、実際に載せたのは四枚だけ。それほどまでに厳選したのである。
二本脚で立ち上がり骨に喰らい付くライオン。フラミンゴのハート。それに加え、手渡しで草を食べるシカ、そしてふれあいコーナーでウサギとヒヨコを抱いた写真もアップした。どれも定番かつ決定的瞬間な上、十分に盛れている作品である。フラミンゴなど、既に一万件近いいいねが届いていた。
そこに、さらにパフェの写真までアップするのは、少々やりすぎかもしれない。そう蛍銭は考えていた。
バッグやコスメ、ちょっとしたランチのような、日常を切り取ったものは多く載せても差し支えない。そうした生活感を醸し出す写真は、共感を呼び易く、地味だが意外と伸び代がある。
一方でイベントなど非日常的な写真は、伸び率も高いが載せすぎると「痛い」レッテルを貼られる可能性も高いのである。少し前に流行ったが、毎晩毎晩ナイトプールなどもっての外。羨望が妬みや憐れみに変わらないよう、枚数を絞りペースを調整する必要があるのだ。
そしてそのラインがまた、意外と難しいのである。
夜の動物園は、完全にイベントものだ。誰が見ようとそれは疑いようがない。ではパフェはどうだろうか? 普通に考えたら日常パートだが……この流れで載せた場合、判断は難しい。
それに昨晩、フルーツを山盛りにしたパフェをアップしたばかりである。行列に並んだ甲斐あってウケは良かったが、その分今夜もパフェとなるとハードルは高くなる。何より二日連続でのスイーツは、全部食べないとしても単純に太りそうだ。
今日のところはやめておこう。
そう結論付け、まっすぐ帰宅する事を提案しようとした、その時だ。
「きゃっ!?」
「な、何ッ……ぁ……!?」
突然、視界が真っ白に塗り潰された。
何が起きたのか、二人はまるで理解できなかった。それぐらい唐突な出来事だったのだ。
撒き散らされたのは、腹の底に響くような音。そして、瞼すら貫くほどの強烈な閃光。しかしそれが何によってもたらされたのか、彼女達は気付かない。何しろ、何も見えていないのだから。
「何!? 何!?」
「見えなっ……痛たたたた!?」
瞼を開こうとすると、眼球の奥に激痛が走り涙が溢れ出した。あまりにも強烈な光をまともに浴び、二人は一瞬で目潰しをされてしまったのだ。
それは、そう、まるでごく近距離からストロボを焚かれたかのような──。
「ッぎ」
次の瞬間、鈍い声と、それをかき消すような地響きに似た轟音が響き渡った。
車道をはみ出した乗用車が、煙を上げている。アスファルトを逸れ、そのまま停止する事なく路傍の樹へと真正面から激突したようだ。散乱したガラスや破片が、その衝撃を物語っている。
そんな、動かなくなった車のボンネットに、一匹の動物が座り込んでいた。
イタチに似た暗褐色のシルエット。手足と尾は黒く、額から鼻にかけて一本の白い筋模様が走っている。その特徴は動物園にいた奇獣、ハクビシンによく似ていた。
決定的に異なるのはその下半身だ。
尻尾が二本、後ろ足は四本ある。それはハクビシンどころか、少なくとも何処にでもいるような動物の特徴ではない。
その獣の名は雷獣。
名前が示す通り、それは雷の獣。雷雲に乗り空を舞い、落雷と共に地上に降り立つ存在。先程車を襲ったのは、彼がもたらした雷鳴と雷光だったのだ。
「あ、いたいた! キヒヒヒ!」
そこへ駆け寄る明るい声。
反応した雷獣が顔を上げると、そこには彩夏が立っていた。満面の笑みを湛えながら、彼女は何事もなかったかのように雷獣の隣へと腰掛ける。
「よしよーし! もー、探したよー?」
優しく奇獣の背中を撫でる。くすぐったそうに首を振り、雷獣は満腹になった猫が如く欠伸を噛み殺した。
探した、というのは、恐らく件の動物園の事だろう。
雷獣は普段、あの動物園でハクビシンに紛れて暮らしていた。似た種族の中にあり、居心地も良かったのだろう。おまけに動物園という空間は、妖怪の好物──悪意が意外と手に入りやすい。
勝手に餌をやる者。ガラスを叩く者。そして動物に向けてフラッシュを焚く者……そんな何気無い些細な悪意は、霊魂ごと喰らうまでもない。ちょっと脅かしてつまみ喰いしてしまえば良いのである。
居心地が良く、餌も容易に手に入る。
雷獣が、ある日ふらりと立ち寄った動物園を縄張りに数年居座り続けているのも頷けるというものだ。
「キヒヒ……で、さ」
雷獣の縄張りを知っていた彩夏は、彼にちょっとした用事があり、少し前に動物園を訪れていた。しかし来てみると檻の中には普通のハクビシンしかいない。これは食事中だと踏み、妖力を辿ってきたのであった。
「雷獣ちゃん、ちょっと相談があるんだけど──……」
撫でるのを止め、本題へと入る。
彩夏の語りかけに、首を傾げる雷獣。
しかしその相談を聞くと、雷獣は車を跳び降りて彩夏の足元にすり寄った。承諾のサインだろう。
遠くからサイレンの音が聞こえてくる。だが、その頃には魔王は奇獣を連れてその場を去った後。後に残るは廃車同然の乗用車、そして何が起きたか知らぬままの栖田井と蛍銭のみ。
二人がこの後どうなるかは、分からない。ただそのSNSは、やがて迷惑行為として拡散され、炎上したままネットに残る事になる。
登場妖怪解説
【雷獣】
雷と共に現れると伝わる動物。体長は二尺(60センチ)ほどの犬やタヌキに似た獣と伝わっているが、その外見は文献によって異なる。毒気を伴う、狂気をもたらす等の伝承も残っている。なお、その正体は諸説あるが、多くの特徴が類似するハクビシンが正体とする説が有力か。




