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魔放少女あやかしアヤカ  作者: 本間鶏頭
第一章 魔放少女と妖怪達
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第二話:死に至る煙 魔放少女が通る(1)

 火野典子(ひののりこ)は、比較的どこにでもいる、一般的な小学六年生である。


 いつもの通学路を、いつものランドセルを背負い、いつもより少し急ぎ足で歩く。

 途中で忘れ物に気付いて家に戻ったのだが、戻ってきた時には既に友人達は学校へと向かってしまった後だった。「先に行ってて」と言ったのは自分だから別に構わない。しかし、実際に一人で登校するとなると、少し物寂しいものがある。


「危ない!」

「わ、わっ!?」


 その時、突然誰かに腕を掴まれた。

 誰!? 何!? まさか不審者!? 私が一人だから!? ……などと思う間もなく、顔のすぐ近くを赤く光る何かが通り過ぎる。後に残る嫌な匂いで、それはすれ違った男の人が持っていた煙草の火だったのだと気がついた。


 横に引っ張られていなかったら、顔に当たっていたかもしれない。そうなったら大火傷だ。

 お礼を述べようと隣を見ると、意外にもそこに立っていたのは同い年くらいの女の子だった。結構強く引っ張られたように思えたため、もっと歳上の人かと思ったのだが。


「あ……えっと、ありがとう……」

「ん? キヒヒ。気にしない、気にしない」


 不思議な子だった。

 ウェーブがかった明るい髪。吸い込まれそうな赤い瞳。黒いパーカーのフードをすっぽり被り、白黒のストライプのすらりとしたズボンを履いている。片手をパーカーのポケットに突っ込み白い歯を見せて笑う姿は、何だか自分よりやんちゃそうなのに随分と大人びて見えた。


「はじめまして……だよね?」

「あー……まぁ、これも何かの縁か。私、アヤカ。山源彩夏(やまもとあやか)って言うの。よろしく、眼鏡ちゃん」

「眼鏡ちゃ……わ、私は典子。火野典子」

「ふぅん。じゃ、ヒノリコ(・・・・)ちゃんか。いや、リコちゃん。リコちゃんだね、うん。よろしく、リコちゃん」


 簡単な自己紹介をして笑い合う。

 初対面にして勝手なあだ名をつけられてしまったが、不思議と嫌な気はしなかった。

 ヤマモトアヤカ。そう珍しくもない音だが、やはり初めて聞く名前だ。どこのクラスの子だろう。もしも学校で見かけたら、結構目立ちそうな雰囲気なのだが。


「さて……それより。ねぇおじさん!」


 と、学校へ向かおうとする典子を余所に、彩夏が声をはりあげる。慌てて振り返ると、おじさんというのは誰の事かすぐ分かった。さっきすれ違った、歩きタバコをしていたスーツ姿の男の人だ。


「あれ? 聞こえないのかな。おじさーん! カッコつけてタバコ吸ってる、カッコ悪いおじさーん!」

「ちょ、ちょっと……!」


 矢継ぎ早に、信じられない事を言う。

 止めようと思っても、もう遅い。

 まるでクラスの男子が誰かを茶化す時みたいに、彩夏はけらけら笑いながら言葉を畳み掛ける。やがて周りの視線もあってか、男は面倒くさそうに白髪混じりの頭をかきながらゆっくりと振り向いた。


「……あ? おいお前、ひょっとして俺に言ってんのか」


 嗚呼、やっぱり怒っている。イライラを抑えていると一発で分かる顔だ。まぁ、子供から急にあんな言葉を向けられれば、怒るのも無理はない。

 こうなった以上自分だけその場を離れる訳にもいかず、かといって彩夏に加わる度胸も当然なく、一歩退いて典子はそっと行く末を見守ることにした。


「キヒヒ。歩きタバコは危ないよ? 火傷したらどうするの?」

「チッ。いいか? そういうのはな、そこにいるのが悪いんだ。覚えとけ」

「あーあ、そういう態度、いけないんだ。周りの人には優しくしましょうって、学校で習わなかった?」

「……はぁ。はいはい、先生。わかりましたよっ」


 そう嫌みったらしく言いながらも、男は手元にある吸いかけのタバコをきっちり吸う。と、次の瞬間、男が勢いよく煙を吹き掛けた──目の前の、彩夏の顔に。


「わぷ、わぷ!? けほっけほっ……」

「あっはっは。おいガキ。これに懲りたら、大人に生意気な事を言うのはやめるんだな。はははははっ」


 どうやら、反省の色は全くないらしい。

 男は当然のように吸い殻をその場に捨てて、悠々とその場を後にする。彩夏が霞む目を擦る頃、既に男は人混みの向こうへと紛れてしまっていた。


「だ、大丈夫?」


 慌てて彩夏に駆け寄る典子。

 だが意外にも、先程まで涙目で咳き込んでいたはずなのに彩夏はけろりとした様子だった。


「平気平気、キヒヒヒ。それより、リコちゃんこそ大丈夫? 学校は」

「あっ! そうだ、遅刻しちゃう!」


 言われて思い出す。そう言えば、忘れ物をして家に一回戻っているのだ。結構時間を食ってしまったから、悠長にしていたらそれこそ本当に遅刻してしまう。


「キヒヒ。タバコの火には気を付けてね?」

「うん、ありがとう! またね、彩夏ちゃん!」


 新しくできた友達に手を振り、今度は急ぎ足ではなく駆け足で学校へ向かう。しかし、少し進んだところで典子の胸にちょっとした違和感が渦巻いた。


「ねぇ彩夏ちゃん、良かったら一緒に……あれ?」


 考えてみればわざわざここで別れる必要もないのではと振り向いたが、そこにはもう彩夏の姿はない。

 あの子も同い年くらいのはずだ。それに、この大通りをこの時間に歩いているのなら、多分同じ小学校だろうに。あの子は一人で学校へ行ったのだろうか。あれ、そもそもあの子、ランドセルもカバンも持ってなかったような……?


 いくら考えてみても、典子にはそれ以上何も分からない。仕方なく、彼女は再び駆け足で一人学校へと向かうのだった。





「もー! アヤカ、何でやり返さないんだよー?」


 その頃、人混みの中で姿を消したはずの彩夏は、まだそのすぐ近くにいた。誰にも気付かれずビルの屋上の端に腰掛け、足をぶらぶらさせながら眼下の人々を眺めている。

 そんな彼女の周りでは、橙に光る掌大の提灯が騒がしくしながら飛び回っていた。


「キヒヒ。だって、先に喧嘩を売ったのはこっちみたいなものだしね。とりあえずは、あれでおあいこ」


 提灯の中央にある一つ目に睨まれ、肩をすくめる彩夏。自分からあの男性に絡みに行った自覚はあるようだが、彼女もまた、そこに反省は一切ないらしい。


「それに……」

「あ! それ!」


 何かを提灯に示す彩夏。それを見た提灯は声をあげると、口のような裂け目をさらに裂けさせ、無邪気な印象から一転してニヤリと凶悪そうな笑みを浮かべた。彩夏もまた、先程典子に見せたのとはまるで違う笑みを返す。


「キヒヒヒ。ちょうど良かったでしょ?」

「確かに。最近元気なかったもんねー」


 言葉を交わし、遠くを歩く男の背中を見つめる二人。男は、相変わらず人混みの中にありながらタバコをくわえている。



「──ああ、クソっ」


 何なんだ、あのガキは。

 朝から随分とイライラさせる奴に出会ってしまったものだ。一体、どんな教育をすればあんな悪ガキに育つのだろう。

 自分は結婚もまだしていないが、あれくらいの年の子供がいてもおかしくはない。だが、自分なら絶対にあんな礼儀知らずには育てない自信がある。


「すー……ッはぁ……」


 吸い終わったタバコを踏みつける。

 あのガキの言う事にも一理あるのだろうが、大体、最近はどこもかしこも禁煙禁煙でタバコを気軽に吸えるスペースすらない。そもそもそれがおかしいのだ。職場ですら、喫煙所がどんどん端に追いやられているのである。高い税金を払っているのは喫煙者だと言うのに、その税金で回っている世間で鼻摘み者のような扱いを受けるのも喫煙者。おかしな話だ。


「チッ」


 もう一本吸おうと思ったが、箱の中は空になっていた。空箱を握り潰し、舌打ちをして自販機横の空き缶箱に押し込む。イライラすると、どうも吸い過ぎていけない。どこかでコンビニにでも寄って、もう二箱くらい買っておいた方が良さそうだ。



「キヒヒヒヒヒ。始まった、かな?」


 男は、まだ気付いていなかった。

 自分の体に変化が起きている事に。

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