第十五話:閃光の奇獣 写真と夜の動物園(1)
夜。陽の光が顔を隠す時間帯、その動きが活発になる獣は多い。
有名なのがオオカミではないだろうか。
彼らは日中に活動する事も多いが、何と言ってもその遠吠えが映えるのは夕闇の中。咆哮を交わしながら、夜更けの狩りへと赴くイメージを持つ人も少なくないだろう。
その他にも、例えばベンガルトラ。彼らもまた、夜の闇に紛れて文字通り虎視眈々と獲物を狙うハンターだ。同じく猫科の大型種である百獣の王ライオンは、爛々と目を輝かせて自分のテリトリーを闊歩する。瞼を開いたフクロウはと言えば、日中の瞑想で凝り固まった首をほぐすかのように頭を回していた。
動き回っているのは、何も捕食者ばかりではない。ゾウにキリン、ラクダにバク。ウサギ、ビーバー、プレーリードッグ……草食動物たちもまた、太陽の暑さから解放されたかのように悠々と自らの居住区を歩き回っていた。
郊外にあるこの動物園では、毎年夏になると一週間ほど、こうした「夜の動物園」を開催している。
昼間はあまり活動的ではない動物たちが、我が物顔で動き回る。日中の動物園とはまた違った趣だ。なかなか見る事が出来ない野生の息吹を感じられるこの企画は、常時は販売していない生ビールの提供や大型肉食獣の餌やりショーなども手伝って、毎年かなりの集客を実現していた。
「わー、すっごい!」
そんな野生の本来の姿の中、突然、野生の世界には無いシャッター音と閃光が走る。
「どう? すーちゃん。撮れた、撮れた?」
「いいんじゃない? もう一枚いっとく?」
「イエーイ!」
夢中でスマホを操作しているのは、並んで檻の前に立つ若い女性二人だ。
吊るされた骨に喰らい付くライオンを背景にして、自撮り棒を伸ばし写真を撮りまくっている。なかなかお目にかかれない獰猛な姿、一枚でも多く迫力ある写真に捉えたいのだろう。
だが、楽しそうにはしゃぐ二人を余所に、やがてライオンは鬱陶しそうに檻の奥へと退散して行ってしまった。
「あーあ、行っちゃった」
「じゃ、次! えーっと……あ! フラミンゴなんて良いんじゃない? ピンクだし!」
それでも二人は気にしない。大事なのは、撮り終えたライオンよりもこれから撮るフラミンゴなのだから。
栖田井と蛍銭は、大学で同じサークルに所属する友人である。
無二の親友と言うのは、この二人のような関係を指すのだろう。例えば昼食をとる時、二人は大抵同じメニューを頼む。休日も予定を合わせて行動する事が多いし、双子コーデやシミラールックは何着も用意している。実際のところ、二人はかなりの時間を共に行動しているのだった。
と言うのもこの二人、写真投稿SNSでアカウントを共有しているのだ。
「star01_friend_hotaru02」と言えば、そこそこ名の知れたユーザーである。その中の人こそが、栖田井と蛍銭。彼女らが撮る写真は、面白くて鮮やかで、見る者の心をばっちりと掴むのだ。何千もの「いいね」を得る事も、今では珍しくない。二人の生活の中心には、すっかり写真投稿SNSが居座っているのである。
そんな二人が、夜の動物園などという「映える」イベントを見逃すはずもない。
撮る。時には可愛く、時にはふざけて、とにかく色んな動物と撮る。
フラッシュ撮影は当たり前。夜だからというのも勿論そうだが、理由はそれだけではない。フラッシュを焚くと、それだけで画面が明るくなる。そのため加工の手間が最低限で済むのである。水族館で焚いた時にはガラスに反射してしまい失敗だったが、動物園の檻ならその心配はない。むしろ適度に光を分散させ、面白い結果を産む事だってあるのだ。
「フラミンゴ、イエーイ!」
「あ! あれほら、ハート!」
今度はフラミンゴの群れの前で写真を撮る。
もっとも、写真のメインに陣取るのは彼女ら自身だ。今撮った一枚も、ハートを象る二羽のフラミンゴではなく、その前でキスをするようなポージングで写る自分たちが中心である。
動物はあくまでも写真を映えさせるための要素に過ぎない。お洒落なパフェや気取ったスカート、流行りのアートなんかと同じカテゴリーなのは、写真を投稿する人間にとっては常識だ。
だからこそ、それらと同じように撮る動物も選抜する。
「すーちゃん、ここ何?」
「えーっと……日本の動物? だって」
「うん、地味! パス!」
当然、キツネやタヌキなんかには興味はない。
もっとふわふわして可愛いかとも思ったのだが、実際に見てみると痩せていて雑種の犬みたいだ。檻の角度も難しいし、良い写真が撮れるとも思わない。この辺のコーナーはすっ飛ばしても構わないだろう。
「ねえ、でもこれちょっと可愛くない?」
「何こいつら? んー……ハク、ビシン?」
「撮っといても良さそうじゃない? タグで珍しい動物とかつけてさ」
見慣れない数匹の動物と、一応、一枚だけ撮影しておく。
イタチに似たその獣は、フラッシュの光に驚いたらしく、一斉にばたばたと檻の中を駆け回り始めた。
「あはは! うけるー」
「あ! あっちゾウだってよ、ゾウ!」
よく分からないハクビシンなどという動物の事はすぐに頭から抜け落ち、二人はより映える大きな動物の檻へと駆けていく。
やがてハクビシンたちは、警戒するように檻の隅へと身を寄せ合い始めた。そんな団子状の姿を、人々は微笑ましく眺めていく。しかしそのうちの一匹が、いつの間にか忽然と姿を消していた事に、見る者の誰も気付いてはいなかった。




