第十四話:放つ者と崩す者 魔王対妖怪狩り(2)
「キヒヒ!」
刀を手に猛スピードで突撃する彩夏。
ただの一歩で大気が震え、一拍置いて疾風が吹き荒れた。
「食らえー!」
「なめんなッ!」
硬質な、甲高い音が鳴り響く。
常人の目には追えない攻防だったが、彩夏は驚愕に目を見開いた。自慢の一太刀を、路留が腕で弾いたのだ。
(嘘だろ!?)
彩夏の思考の中、鎌鼬もまた呻く。
有り余る彩夏の妖力を風に変えて放つ斬撃。それは強大な妖怪だろうと、肉も骨もまとめて切り裂くのである。その一撃を、生身で弾く? 頭が痛くなりそうだ。
勿論、刃を真正面から弾けるはずもない。
あの一瞬で身体を拳一つ分横にずらし、突き出された刃の側面に裏拳を叩き込んだのである。
結果としては可能だが、まだ真正面から弾く方が簡単に思えてしまう。そんな芸当、彩夏にだって可能かどうか。
「……キヒヒ! やるじゃーん! やっぱご先祖様より、ちょっとは強いかもね!」
それでも、彩夏は刃を振るい続ける。
退き下がる訳にはいかないのだ。磯撫でをあんな目に遭わされて、それでも自分の安全を優先できるほど、彼女の精神は大人ではないのだから。
「……お前、一体誰……いや、何なんだ? 私の何を知っている?」
一方で、ここに来て路留の心にもほんの僅かな動きがあった。
さっきからご先祖様ご先祖様と繰り返すのが、少しだけ引っ掛かったのだ。こんな外見ではあるが、過去の妖怪狩りから生き延びた事でもあるのだろうか。
これから殺す相手に質問を投げ掛けるなど、路留の人生で初めての事だった。
「キヒヒ! 私はアヤカ、山源彩夏!」
だが、その答えに心当たりはない。
無言になる路留に対し、彩夏はさらに攻撃と言葉を畳み掛ける。
「おねーさんは、アレでしょ。妖怪狩りって事は……四百、いや、三百五十年前に私を斃した女の子の子孫じゃない? 違う?」
「……三百五十年前……」
「そ! だってそっくりなんだもん。あの女の子の血筋じゃないの?」
応酬を続けながら考える。
路留は、千五百年に渡る一族の記録を識っている。数多の妖怪に対抗する術を学ぶのには、それが一番手っ取り早いのだ。
その知識を遡る。約三百五十年前の先祖が戦った大妖怪──思い至る存在は、一体。
「でぇい!」
振り下ろされた刃を、路留が白刃取りに挟み捉える。ぎりぎりと力が拮抗し、視線が交錯した。
「……山源……山本……そうか。お前、山本五郎左衛門か」
「キヒヒヒ! 違うってば、今は山源彩夏!」
山本五郎左衛門と言えば、百鬼夜行の主たる魔王の名だ。
ご先祖がぶち殺したと聞いていたが、生きていたという事か。あるいは、大妖怪クラスの妖力であれば、転生していても不思議ではない。
訳の分からない事を言っているものの、最早間違いないだろう。この少女の中身は、正真正銘、魔王級のバケモノだ。
であれば、尚のこと生かしておく理由はない。
そしてまた、これ以上話をする理由もなくなった。
「わッ……!?」
強引に刃を右へと逸らし、蛇のように素早く腕を伸ばす。一瞬の隙を突き、路留は彩夏の細首へと掴みかかった。
手さえ届けば、あとは殺すだけ。
骨を砕き、気道を潰し、雷で焼き尽くす。それで終わりだ。淡々と、まるでこれから掃除でもするかのように、思考を巡らし力を込める。
(やばっ……!)
彩夏の頬に冷や汗が流れた、その時だ。
「う、わああああああ!?」
突然の叫び声に、ほんの一瞬、二人の挙動が鈍る。
声の主は、先刻、磯撫での魔の手から逃れた釣り人だった。
這い上がって来たのだろう。全身ずぶ濡れになりながら、暴れ回る二人の少女を視界に捉えて呆然と立ち竦んでいる。自分の理解を超えた光景に、声をあげるので精一杯のようだ。
「何なんだよ……何なんだよ!?」
「……ッ!」
思わず、路留の思考に邪念が生じる。
人間を巻き込む訳にはいかない。狩るのは妖怪のみ、そこに無関係な人間を巻き込むなど言語道断である。目撃されるのも好ましくはない。だが、この魔王を斃す好機を逃す事など有り得ない。あの男は後で考えるとして、まずは、殺す──。
それは、時間にすれば一瞬。
まばたきをする間も無かっただろう。だがその刹那を制した者が、次の瞬間には勝負をも制する事になる。
「──んんんんぁぁああッ!」
先手を奪ったのは、彩夏だった。
無理矢理に身体を捻り、大きく距離を取る。
その首は二本の腕に捉えられたままだ。しかしその根本には、あるはずのモノが無い。代わりに鮮血が溢れ出し、彩夏の服を赤黒く染めていた。
「貴……様……ッ!」
伸びきっていた両腕を根本から切り落とされ、路留はどさりと膝を付く。
最大限の殺意と怨嗟を込めて彩夏を睨むが、それ以上の行動には出ない。否、出る事が出来ないのだ。さすがの彼女も、両腕を喪った激痛を背負いながら戦い続けるには、まだ少し幼すぎたのである。
「キヒヒ! 私の勝ーちー!」
笑いながら、首に巻き付く肉を引き剥がして放り捨てる彩夏。二本の腕が血溜まりの中に転がった。
勝ち誇ってはいるが、かなりぎりぎりだった。人間の乱入、あれがなければ間違いなく肉体は滅ぼされていただろう。
現に今、彼女は肩で息をしている上に汗でびっしょりだった。声すらもどこか震えている。
その理由は疲労だけではない。
恐怖と、焦燥。これらを味わったのはいつぶりだろうか。
「キヒヒ……ね、どうするの? まだやる?」
久方ぶりの感情を飲み込みながら、目の前の妖怪狩りに視線を向ける。
さて、どうするか。
無力化はしたものの、このままにしておく訳にもいかない。放っておいても出血多量で死ぬだろうが、その前に牙を剥いてくる可能性だってある。
やはり、今のうちに仕留めておくべきか……。
「……ん?」
その時、彩夏はある事に気が付いた。
路留の口元に何かある。何だ……紙? 紙を咥えている……?
「ちょっ! 待っ……!」
その正体に気付いて慌てるが、遅い。
路留の口に咥えられていたのは、一枚の御札だった。
それがはらりと舞い落ちる。そこから渦を巻くように稲妻が発生し、急激に周囲の空間が捻曲がり始めた。
それは、誰もが知る穴。異界への入口。握り飯の落ちた穴から鼠浄土へと辿り着くように、いつもの電車からいつの間にか謎の駅へと降り立つように。この世には、異界を通じて別の空間へと至る道が無数に存在するのである。
そんな抜け道を、意図的に形成する呪符。
みるみる空間が歪んでいき、路留の身体は渦の中へと飲み込まれていく。
選んだのは、逃亡。
ただし、それは断じて命が惜しいからではない。
「山本……! 一週間だ……! はぁ、はぁ……七日、後には……この雷田路留が、妖怪狩りとして、必ず、殺してやる……!」
全ては、このバケモノを野放しにしないため。
自分以外には、止められないのだ。ならばこの場は、無様だろうが一度退き、体制を立て直して再び挑むより他はない。
「首を、洗って──ッ」
声が、身体が、路留の全てが空間の穴へと消えていく。
後にはただ、血の臭いと潮の音だけが月明かりの中に残るばかりであった。
登場妖怪解説
【異界】
我々人間が認識する世界とは別に存在するとされる世界。異界にまつわる伝承や民話は、昔から日本中ないし世界中に存在する。有名な所では「おむすびころりん」や「鼠浄土」の名で知られる昔話も異界にまつわるものであり、穴を通り異界へ至る点では小説「不思議の国のアリス」にも同じ事が言える。近年では、気が付いたら見知らぬ駅「きさらぎ駅」に辿り着いたという異界の都市伝説も広まっている。




