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魔放少女あやかしアヤカ  作者: 本間鶏頭
第二章 死闘、魔崩少女ミチル
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第十三話:怪魚海域 魔崩少女猛る(2)

「おらあぁあッ!!」


 真っ直ぐに、拳を突き出す。


 磯撫でと人間の体格差は何倍もある。それはまるで、壁を殴り付けるようなもの。普通の人間なら骨が砕けるところだ。


 だが、少女の拳は砕けない。

 彼女は──雷田路留(らいだ みちる)は、妖怪狩りなのだから。


 その五体に流れるのは、千年以上に渡り脈々と受け継がれてきた雷神(・・)の力を授かる血。全身の骨肉は稲妻を纏い、細腕に秘められた剛力は岩をも穿つ。

 生まれながらにして妖怪に対抗し得る力を持ち、その力で妖怪を屠る事を生業とする者。それが妖怪狩りなのである。

 満十五歳の少女でありながら、彼女もまた、それを宿命付けられた者なのだ。


 だからこそ、彼女の拳は砕けない。


 脳天に強烈な一撃をまともに受け、磯撫での巨体がのたうち回る。さらに路留は暴れ回る猛威に追撃を掛けるべく、その背中へと飛び乗った。


「死ね」

「ジャアアアアアアアアッ!!」


 猛烈な殺気を本能で感じ取り、磯撫でが咆哮する。ちっぽけな体躯のそれは、餌場に現れた獲物ではなく、縄張りを脅かす存在だとすぐに認識したようだ。

 海上へ大きくジャンプすると、そのまま背中を海面へと叩き付け、脅威の撃退を試みる。大波が防波堤を飲み込み、発生した衝撃の大きさを物語っていた。


 だが、路留はその衝撃を一身に浴びてもなお、平然と耐えてのけた。

 海中を漂いながら、反撃の隙を探る。巨大な図体に致命傷を負わせる、決定的な一撃を与えるために。


 しかし、磯撫でも攻撃の手を緩めない。


 次の瞬間、路留の横から先刻とは比べ物にならない衝撃が襲い掛かった。磯撫での尾ビレで打ち据えられたのだ。

 咄嗟に腕でガードするが、流石に水中では踏ん張りも効かず、海流に飲まれたように吹き飛ばされる。


 普段は悟られずに獲物を釣るため繊細な力加減で振るわれる尻尾だが、その実態はクジラに並ぶ力を有する筋肉の塊である。その破壊力は甚大だ。

 おまけにその表面は、獲物を釣るための鉤針でびっしりと覆われているのである。

 全力で振り抜かれたそれは、ガードした路留の腕の表面を、下ろし金のように削り取る。海にじわりと血の花が咲いた。


「くぅ……ッ……!?」


 さらに、体勢を立て直そうとした途端、路留の体が海の外へと放り出される。

 釣り上げられた! そう思い至った時には、既に磯撫での真っ赤な顎が迫っていた。


「チッ……!」


 憎々しげに舌打ちをするが、遅い。

 一瞬で閉じられる大顎。少女は成す術なく呑み込まれてしまった、かに見えた。


「──なめるなよ、クソ外道」


 めきめきと響く鈍い音。

 次いで、炸裂音と共に、クジラが潮を噴くかのように赤い色が撒き散らされた。


 どんな怪物も、肉体を持つ以上、大抵その内側は柔らかく脆いものである。

 海面に降り注ぐ赤は、鮮血の雨。路留が全力で拳を突き上げ、磯撫での上顎に中から風穴を空けたのだ。


「ジャアアアアアアッ!?」

「逃がすと思うか?」


 これには磯撫でも苦痛にもがき、大嵐の如くに波が荒れ狂う。

 だが路留は振り落とされる事無く、暴れ回る磯撫での口先をしっかりと鷲掴みにして離さない。強靭な握力は、まるで熊狩り用の鉄罠だ。両手を顎として噛み付いているかのように、がっちりとその指は磯撫での外皮に食い込んでいる。


「はぁあああ……」


 そのまま指先に力を込める。

 筋力ではなく、妖力。血筋に眠る雷神の力が開放され、稲妻となって十本の(きば)へと凝縮されていく。


「……電咬殺咬(でんこうせっか)!!」


 その瞬間、落雷に匹敵する強烈な一撃が磯撫での全身を駆け抜けた。

 雷撃が肉を焼き、稲妻が骨を焦がし、灼熱が血液を沸騰させる。意識は一瞬で消し飛ばされ、巨体は吼える事も無く沈黙した。


「ハッ、しぶといな。ま……もう生きてるとは言えないか」


 防波堤へと降り立った路留が呟く。


 怪魚は、最早動く事も無く、波間に漂うのみ。

 即死こそ免れてはいたが──それは、辛うじて霊魂はまだ滅んでいない、ただそれだけの事であった。


 だがそれでは、仕事を完遂したとは言えない。

 妖怪狩りの使命は、妖怪の殲滅。悪意を喰らう者が蔓延る世の崩壊。

 そのためには、霊魂たりとも残してはならないのだから。


 懐から、御札を取り出す。

 ただし封印するためではない。


 霊魂を消滅させる(・・・・・・・・)、その存在を喚び出すためだ。


道場(どうじょう)が末裔の名に於いて告ぐ。来たれ! 南瞻部州(なんせんぶしゅう)が捕食者よ!」


 御札を額へかざし、まじないを唱える。

 紫の稲妻が額から走り出し、異界の存在を喚び出すのに必要な妖力として御札の中へと流れ込んでいく。


「三千三百、諸々の鬼を捕りて──」



 ──と、その時だ。


「こらああぁぁああああああッ!!」


 海辺に響く、雄叫びのような声。

 誰だ? そう思う間も無く、路留の足元から無数の黒い腕が這い上がって来た。一瞬で全身が拘束され、妖力の充填が中断される。


「私の──!」


 声が、次第に大きくなる。

 この気配はヤバい。鳴り響く警鐘に従い、路留はすぐさま拘束を振りほどいた。全身に力を込め、黒い腕を紙のように容易く引き千切る。


「縄張りで──!」


 路留の判断は的確だった。

 この上なく迅速な行動だった、そう断言できよう。


「──何してるのぉぉおおおおおッ!!」


 だが、それでも。


 全力を出した魔王(・・)の一撃に対応するには、ごくごく一瞬、ほんのわずかに遅すぎた。


「でぇええぇぇぇええいやあぁぁぁあっ!!」


 路留に肉薄する小さな影。


 炎の化装(けしょう)を身に纏い、怒りの業火を爆発させ、彩夏は大槌を振り抜いた。

登場妖怪解説


磯撫で(いそなで)

西日本に伝わる、大きな尾ビレを持つサメに似た怪魚。決して姿を見せず船に近付き、乗っている人間を襲う。尾には針が無数に生えており、その針を人間に引っ掛ける事で海中へと釣り上げる。「本草異考」では大口鰐(おおぐちわに)とも呼ばれている。

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