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魔放少女あやかしアヤカ  作者: 本間鶏頭
第一章 魔放少女と妖怪達
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第一話:怪異が潜む国 置き傘の怪(2)

 ヒュンっ。


 愛芽の左ほんの数センチの所を、何かが物凄いスピードで掠めていく。すぐには反応できず、一拍置いてゆっくり振り返ると、思わず乾いた笑いが出そうになった。


「……え? あ……はぁ……?」


 骨だけになった傘が、アスファルトを喰い破って地面に突き刺さっている。

 いやいや、あり得ない。傘が? 道路に、突き刺さる? 一体、何をどうすればそんな事が……。


 だが次の瞬間、愛芽の左腕に鈍い痛みが走った。

 反射的に二の腕を押さえる。どろりとした生温かい感触に、全身が総毛立った。

 恐る恐る目を向けると、震える右手はべったりと赤い血に塗れている。誰の、血? そんなの決まっている。自分の、自分の血だ。


「う……ああああぁぁぁああああっ!?」

「ケケケケケケケケケケケケケッ!!」


 愛芽が痛みと恐怖に堪えきれず叫び声を上げたのと、巨大な傘の怪物が耳障りな金属音に似た笑い声を上げたのは、ほぼ同時だった。

 直ぐ様、踵を返してその場から逃げ出す。

 ヒュン、とまた鋭い音を立てて放たれた傘の骨が、すぐ傍を通り道路へと突き刺さった。もう一本、さらにもう一本。少し掠めただけでこれほど血が出る勢いがついているのだ。もし、あれが直撃したら……どうなるか想像したくもない。

 だが思いとは裏腹に、脳裏には虚ろな目の串刺しになった自分の姿がくっきりと思い浮かぶ。嫌な想像を頭から追い出そうとしながら、愛芽は死に物狂いで走り続けた。


 視界の先に丁字路が飛び込んでくる。

 しめた! あそこを右に曲がれば、家までは直線で百メートルもない。もう少しだ。そう思いかけた時、愛芽の僅かな安堵を打ち砕くかのように道路に傘が射ち込まれた。一本や二本ではない。十本ばかりの傘が、歪に折れ曲がった親骨や受骨を絡ませ合い、バリケードさながらに愛芽の行く手を阻んでいる。


「何でよ、ちくしょう!」


 あれを越えようともたついていたら、あっという間に串刺しだ。かと言って左へ曲がれば家から離れてしまう……そんな一瞬の迷いを、突然の激痛が打ち消した。


「きゃあぁあっ!!」


 傘の一撃が左腿を掠めたのだ。

 白い靴下が真っ赤に染まる。さっきよりも傷は深いらしく、力がまるで入らない。がくりと揺らぐ上体に無理矢理力を込め、足を引きずりながら路地を左へ曲がる。何とかして、あれから逃げ延びなければ。

 死にたくない。ただその一心で、背後から雨のように降り注ぐ傘を掻い潜り、無我夢中で先へと進んでいく。

 先程までに比べて明らかに歩くスピードは落ちているが、運良く傘の狙いは全て自分から外れている。どうやら、足を止めさえしなければあの化け物は正確に狙いをつけられないらしい。このまま歩き続ければ、絶対に、必ず逃げるチャンスは来るはずだ。

 それを信じて歩き続けたが、非情な現実は唐突に突き付けられる事になる。


「そ……んな……」


 気が付けば、そこは袋小路。

 振り返り見上げると、化け物が相変わらずにたにたと大口を開けて笑いながら浮かんでいる。

 狙いを外し続けたなんてとんでもない。行き先を遮られ逃げ道を絞られ、気付かぬ間に自分はここに誘い込まれたのだ。

 それに気付いたのは、少し遅過ぎた。あの速度の傘を避ける事など普通の人間に出来る筈もなく、為す術もなく弾き飛ばされる愛芽。ぼんやりと左膝が射ち抜かれたのだと理解できたのは、自分の膝から先にあるはずの左足が遠くに転がっているのを、視界の端に捉えたからだろうか。


「ぎゃあぁあああっ!! 痛い……痛い痛い痛い痛い痛いぃい!」


 飛びそうだった意識が、遅れてやって来た激痛によって現実へと引き戻される。

 失った左足の痛みに耐え兼ねもがいていると、急に身体が自由に動かなくなった。見れば、的確に放たれた傘の骨によって両の掌と右足が、磔刑が如く道路に縫い付けられている。死を目前に生への渇望が止めどなく沸き起こり、恐怖でどうにかなってしまいそうだった。


「ケケケケケケ……」


 はっと上空に視線を向けると、化け物は何本もの傘を今にも射出せんとこちらに向けている。

 その中央に構えられた赤い傘を見て、愛芽はようやく理解し、そして背筋が凍りついた。あの化け物は、ただの鉄クズの塊ではない。あれは無数の傘の骨の集合体だ。自分が……自分が今まで無造作に扱った傘も含む、乱雑に扱われ投棄された無数の傘の怨念なのだ。


 死にたくない。痛い。寒い。謝れば助かるかもしれない。どう言えば良い? 言葉は通じるの? 死にたくない。謝らないと。寒い。痛い。どうして私がこんな目に? 言葉が出てこない。死にたくない、死にたくない……。


 濁流のようにぐちゃぐちゃの思考を纏めて言葉にするのには、時間が少々足りなかった。

 全ては一瞬。真っ赤な傘が、哀れな少女の心臓を一撃で貫いた。鮮血が撒き散らされ、赤い雨が制服を染めていく。


「ごめ…………な……さ…………」


 掠れるような、幽かな声。

 彼女の意識はそこでふっとかき消えた。



「──キヒヒヒ。満足した? 傘化け」


 次第に強くなる雨音の中、上機嫌な声が響く。

 どこでどこから見ていたのか。ふらりと現れたのは、黒いパーカーの少女だ。

 そのすぐ隣に、先程まで巨大な傘の集合体として上空に浮かんでいたモノが降り立つ。

 それはぼろぼろの唐傘。ただし中棒と手元は、鳥のような一本足になっている。そして、穴からぎょろりと睨む一つ目と、大きく裂けた口から覗く紫の舌が、明らかに異形の存在である事を物語っていた。

 これが妖怪傘化けの本当の姿であった。


「それにしても……傘化けは優しいね?」


 そう言う少女が見下ろす先には、先刻コンビニで声をかけた女子高生が気を失って倒れている。 

 泥水に汚れてはいるが、無傷で(・・・)、だ。

 少女がその傍らにしゃがみこむ。


「キヒヒヒヒ、幻覚で助かったね。妖怪にやり直すチャンスを貰えるなんて、なかなかないよ? お姉さん、運が良かったねぇ」


 無論、その声は愛芽には届かない。それでも、それだけ言うと少女は満足げに立ち上がった。


「ねぇねぇ、アヤカー!」


 不意に雨の向こうの暗闇にぽうと橙の光が灯り、そんな声が聞こえてきた。


「アヤカってばー。いつまで待たせるんだよー?」

「あぁ、ごめんねラブちん。キヒヒ」

「早く行こうよ、俺は雨に濡れると灯が消えちゃう(・・・・・・・)んだからさー」

「キヒヒヒ、だったら御札の中で待ってれば良かったのに」

「だってだってー。俺も久しぶりに外に出たかったんだもーん」


 子供のわがままのような声に肩をすくめ、アヤカと呼ばれた少女は、何食わぬ顔で傘化けを普通の傘のように差す。橙の灯りが、濡れないよう傘の陰にさっと飛び込んできた。


「キヒヒヒ。さ、行こう。次の闇を探しに……キヒヒヒヒヒ」


 笑い声を響かせながら、少女は歩き始める。程無くして、少女も傘化けも橙の灯りも、雨の中へと姿を消した。

 そして少女の笑い声が消えても尚、雨音は、残された愛芽と一本の赤い傘に降り注いでいた。

登場妖怪解説


傘化け(かさばけ)

唐傘小僧、唐傘お化けなどとも呼ばれる妖怪。江戸時代以降の絵画などによく登場するが、一本足に一つ目の唐傘という特徴的な姿以外、伝承や物語はほとんど残されていない。年月を経た道具が妖怪に変化する「付喪神」の一種とする説もあるが、それも明確な証拠はないと云われている。

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