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魔放少女あやかしアヤカ  作者: 本間鶏頭
第一章 魔放少女と妖怪達
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第十話:魔王回想録 山源彩夏の誕まれた日(1)

 ──寛永二年。今から、四百年も昔のある日。


「キヒ、キヒヒヒヒヒ!」


 この日、魔王級妖怪の一柱である山本五郎左衛門さんもとごろうざえもんは、初めて人間に感服する事になる。


 彼は魔王として、これまで何十人もの人間を脅かしてきた。

「勇気ある人間の若者を百人驚かせる」

 それを先に成し遂げた方が、真なる魔王として君臨する。それが、五郎左衛門が好敵手たるもう一柱の魔王級と交わした盟約であり、勝負だったのだ。


 だからこそ、彼はこの日まで実に八十五人もの若者を脅かし続けて来たのである。時には配下の妖怪を遣わして。時には家を丸ごと揺らして。そして時には五郎左衛門本人が、直々にその姿を現して……。


 彼が率いる妖怪変化の軍勢を前にして、腰を抜かさぬ人間などいなかった。いるはずが無かったのだ。

 だが、そんな百戦錬磨の百鬼夜行は、たった一人の人間を相手に快進撃を止める事となってしまう。


 それは、山で肝試しをしていた齢十六の少年。


 当初、五郎左衛門は軽い気持ちで少年に狙いを定めた。

 何の気なしに肝試しを行う子供など、取るに足らぬと思ったのだ。しかし五郎左衛門の思いを嘲笑うかのように、少年はまるで動じない。けらけら笑う女の首が現れて少年を舐め回そうと、一つ目のもののけが彼を鷲掴みにしようと、突然部屋が水で満たされようと、お構いなしとばかり普通に生活を続けたのである。

 そしてとうとう三十日に渡って怪異に見舞われながら、少年は一度も怯えなかった。

 それどころか彼は、言葉を交えるべく人間に化けて姿を現した五郎左衛門の正体をすぐに見破り、退治せんと斬りかかったのである。一刀を受けても傷ひとつ負わず、三つの眼に巨大な嘴、身の丈は人間の数倍もある真の異形を五郎左衛門が現しても、少年は全く臆さない。


 これには、魔王五郎左衛門と言えど大笑いする他なかった。

 腹を抱える五郎左衛門を訝しげに眺めながら、少年は首を傾げる。


「おい、何か面白かったか?」

「キヒヒ……いやいや、大したモンだと思ってな。これまで脅かした八十五人、お前さんほどの豪胆な者はいなかった。俺様を見ても動じないとは、まったく妖怪に負けず劣らずの強者だ……まーたやり直しだぜ」

「あ? やり直し?」

「ああ、まあ賭け勝負みてぇなモンだな。先に百人脅かした方の勝ちだったんだが、お前さんのおかげで振り出しってワケだ」

「なるほど、それは悪かった。ま、面白かったけどよ、運が悪かったな。この稲生平太郎、もののけ風情に尻尾を巻くような男じゃねぇ」


 胸を張り息巻く、稲生平太郎と名乗る少年。


 これだから人間は面白い。そう五郎左衛門は思う。


 妖怪の中には、人間は妖怪よりも下位の存在であると見下し、ただただ畏怖させる対象としか見ていない者も少なくない。それどころか、人間と見るや餌とみなして喰い殺しにかかる連中もいるくらいだ。魔王級の中に至っては、人間を支配したり滅ぼしたりしても構わない、そう考えているとしか思えない連中さえいる。


 だが、五郎左衛門の考えは、そうではなかった。

 どちらが上位だとか下位だとか、そんな事はないのである。妖怪と人間とは表裏一体。対等な存在であり、共に生きるべきなのだ。

 仲良く手を取り合おうというのではない。

 光があれば影があるように。雨天と晴天、どちらも欠けてはならぬように。敬い合い、畏れ合い、共にこの国に根付く、その均衡(バランス)を保つ事こそが妖怪の繁栄には必要なのだ。


 そう考える五郎左衛門だからこそ、この人間に対しても真正面からの感嘆と敬意を覚えたのである。


「よし、よし! 稲生平太郎と言ったな。その勇ましさ、感服した! 今日からお前さんは俺様の友だ。敬意を表し、これをくれてやろう!」


 満面の笑みで膝を打つ五郎左衛門が懐から取り出したのは、片手大の小槌だった。


「ん? 何だこれ?」

「これから先、他の妖怪変化がお前さんを襲うやも知れぬ。俺様と賭けをしている魔王も、ヤツ(・・)の事、きっとお前さんに目を付けよう。そんな時、この小槌を振るうが良い。たちまちにして我らは駆け付け、お前さんの力となろう!」


 押し付けるように小槌を渡し、豪快に笑いながら立ち去る。

 五郎左衛門の心は、久方ぶりに「友」を得たという清々しい充足に満たされていた。



 ──そして、それから五十年も経った頃。


「キヒヒ……が、がはッ……キ、キヒ……!」


 膝をつき、血反吐を吐く。再生も間に合わぬ傷口を全身に穿たれ、五郎左衛門は今際の際にいた。


 しくじった。見くびっていたつもりは微塵も無かったのだが、年端もいかないような人間の娘(・・・・)に討たれる日が来ようとは。まさか、夢にも思っていなかった。


 その娘は強かった。

 いや、強すぎたのだ。その娘は対峙するや否や、雷神が如き怪力無双で居並ぶ百鬼夜行を屠り、五郎左衛門を殺さんと襲い掛かってきたのである。

 負けじと死に物狂いで応戦し、何とか向こうにも深手を負わせて逃げ延びたが、相討ちとでも言うべき結果に五郎左衛門は最早死を待つのみとなっていた。


「キ……キヒヒ……あぁ、こりゃもうダメだな」


 後悔はないが、心残りがない訳ではない。


 結局、あれから人間の友、稲生平太郎は小槌で自分を呼ぶ事は無かった。まだ生きているのだろうか。もし生きているなら、今頃は何処で何をしているのだろう。

 それに、長年競い合ったもう一人の魔王級。あの好敵手とは、遂に決着を着けるに至らなかった。みすみす真なる魔王の座を譲る事になるのは、申し訳なさすら感じるが仕方ない。


「キヒヒ……おい、夜道怪(やどうかい)。いるんだろ?」


 暗闇の中に呼び掛ける。

 すると、うっそうと繁る森の奥から一人の僧侶が音もなく現れた。


「ええ、ええ。夜道怪、ここに……おや。これは山本五郎左衛門様、また酷くやられましたな」


 夜道怪と呼ばれた僧侶は、鋸のようなぎざぎざした牙を覗かせてニヤリと笑う。

 明らかに人間ではない。大荷物を抱え旅装を身に纏っていたが、その下の素肌は全てが火傷の痕に爛れていた。


「あぁ……キヒヒ、ちょっとな。夜道怪、お前さんに頼みがある」

「ほう? 大魔王ともあろう貴方様が、こんな落ちぶれた妖怪に頼みとは。拙僧に出来る事なら何でもいたしますが、一体何用ですかな?」


 軽口を叩きながら、五郎左衛門が身を起こす。傷口から血が溢れ、血溜まりがいくつも出来上がった。


「キヒヒヒヒ。そんな()ちぶれた元人間(・・・)のお前さんだからこそ、頼みたい事があるのさ。お前さん、俺様の師匠になれ」

「……は?」

「いや何、ちょいと今回は力を使い過ぎたからな。流石の俺様も、妖力を取り戻すまでは久しぶりにゆっくり休みてぇワケよ。ま、ざっと三百年ぐらいはかかるんじゃねぇかと思うんだがな」


 五郎左衛門の言葉に夜道怪は頷く。

 彼は魔王級の大妖怪。自分達のような普通の妖怪とはエネルギー量、妖力が桁外れに違うのだ。これだけの重傷から枯渇しかけたそれを元に戻すには、三百年、四百年も掛かるかもしれない。


 だが、それはそれとして。

 そんな死にかけの大妖怪が、自分なんぞに「師匠になれ」とは一体どういう事だろうか。


「それで、だ。キヒヒ、次の世は人の身で生きるのも面白そうだと思ってな」

「……今、何と仰いました?」

「まぁ俺様なりに色々と考えたのさ。今まで色んな人間に会った。稲生みたいなどでかいヤツもいた。あの小娘みたいな容赦ねぇバケモノも。それに、お前さんみたいに妖怪に堕ちるヤツもな。人間ってのは面白ぇぞ。俺様達妖怪とは違って、みんな同じような見てくれなのに、中身はまるで全員違う。今度はよ、そんな人間の皮を被って世界を見てみるのも面白そうだと思ってな」

「つまり、人間に転生してやろうと言うので?」

「うーん……いや、ちょいと違うな。俺様は魔王、妖怪の王だぜ? 一から人間になるつもりはねぇし、この力を捨てるつもりもねぇ。今生は妖怪の器で魔王になったからな、今度は人の器で魔王として世界を統べてみてぇのよ」


 なるほど。

 要するにこの魔王、来世は人間として魔王になるつもりだと言いたいのだ。その上、今ある魔王としての力を手放すつもりはないらしい。

 つまり──


「そういう事で、夜道怪……お前さんに命じる。俺様の力が戻ったら、俺様の力を預ける()を捜せ。誰でも良いワケじゃねぇぞ。魔王に相応しいヤツを見つけて、そんで本調子になるまで師匠として手引きしろ。キヒヒ、良いな!」


 そう言い、懐から一枚の古びた御札を取り出す魔王。

 最期に残った力と霊魂の断片を、自ら封じ込めるつもりのようだ。何百年か経って力が再び戻ったら、それを器になる人間に移せ、という事だろう。


 どうやら有無を言わせるつもりはないらしい。


 苦笑いを浮かべる夜道怪。これだから魔王という奴は。この世の誰よりも強欲で、誰よりも傲慢で、誰よりも身勝手で。

 そして……その我が儘を押し通せるほどに、誰よりも強大な存在。誰よりも厄介な強者、それこそが魔王なのだ。


 だが、だからこそ、文句など無く従える。


「……承りました。この夜道怪、貴方様の命に従いましょう。あとはご心配なく、ゆるりとお休み下さいませ」

「キヒヒ……嗚呼、頼んだ……ぜ……」


 満足げな笑みを浮かべたまま、五郎左衛門の身体が無数の赤黒く輝く粒子に分解され、自身の持つ御札へと吸い込まれていく。やがて魔王の姿は完全に消え去り、後には一枚の古びた御札のみが残された。

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