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魔放少女あやかしアヤカ  作者: 本間鶏頭
第一章 魔放少女と妖怪達
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第八話:交錯する外道 妖の芽生え(2)

 あれから何日かが経った。


 そして、その何日かでいくつか変わった事がある。


 以前の描き方や感覚を取り戻せた事は劇的な効果があった。今までは「見る専」だったのに、SNSで結構な人数の絵描きと繋がる事が出来たのだ。百人、とまではいかないが、趣味で楽しむ分にはこのくらいで丁度良い。

 決して多くはないが、それでも「いいね」が貰えると、まるで自分の存在が認められたような満足感がある。運音自身、自分にこれだけの承認欲求があった事に驚いていた。


「唐崎さん、これお願いね」

「え、あ、はい……」


 学校では相変わらずである。

 だが、このクラスメイトは知らない。私には、私を認めてくれる人が大勢いるのだ。それを思えば現実での扱いが一体どれほどのものだと言うのだろう。

 もう現実から目を背ける事はない。何せ、認めてくれる人がいる、それもまた紛れもない現実なのだから。


 そして、今日もまた、描く。絵を、描く。

 強い雨音は、作業に集中するのにもってこいだ。

 線の一本を大切に引く。流れるように、されど力強く。浮かんだイメージをそのままに、まるで頭の中をなぞるように線を引くのだ。

 参考になるモノや題材は山ほどある。元々イラストを毎日のように漁っていた運音にとって、それを探す事など朝飯前だ。

 使えそうなイラストはすぐ彼女のアンテナに引っ掛かる。まるで、沢山の目でネット全体を見渡しているかのようだ。閲覧数や画像の伸びは関係ない。彼女がその時その時に求めるモノ、その都度それが彼女の目にはすぐに浮かび上がるのである。


「……え……?」


 その時になって、運音はようやく違和感に気が付いた。

 やけに視界が広い(・・・・・)。視力が上がったとか、そういう事ではないだろう。

 いくらネット慣れしているからとは言っても、求めるモノにぴったり嵌まる絵ばかりをそうそう簡単に見つけられるなんて。

 嫌な気配を感じ、恐る恐る視線を走らせる。その先のモノを二つの目で見た時、運音は思わず悲鳴を上げてしまった。


「……きゃあっ!?」


 ぞわりと全身が粟立つ。


 それは無数の目玉だった。右腕も、左腕も、文字通り沢山の目がぎょろりと周囲を見回している。まさかと思ってパジャマの裾をめくり上げると、脚からも無数の瞳がこちらを睨み返してきた。


「え、あ……何、何これ、え……!?」

「ウフフ。ようやく芽生え、ですわね」


 誰かいる! それを感じ、否、()て振り返る。


 そこに居たのは一人の少女だった。ウェーブがかった長髪に白い肌、まるで人形が如く整った顔立ち。窓枠に腰掛け、不気味に恍惚とした表情を湛えているその姿は、およそ小学生とは思えぬ気配を纏っていた。いや、もしかしたら、人間ですら無いのかもしれない。今の運音には、それがさも当然の事のように理解出来ていた。


「ごきげんよう。初めまして、唐崎運音さん……いいえ、これからは百々目鬼(どどめき)と呼ばせていただこうかしら」

「ど、どどめき?」

「ええ。人のモノを盗む事を止められない、窃盗の常習犯、そんな人間が堕ちる外道の姿(ようかい)ですわ」


 突然の出来事に運音の思考は追い付けない。

 人のモノを盗む? 妖怪? 思い当たる節は無い。何故自分が、そう考えるので精一杯だ。


「そ、そんな事……」

「あら、何か心当たりがあるのではなくって? 例えば……そう、その素敵な絵、とか」


 ああ、そうだ。


 少女の声を遠くに聞きながら、運音は思い出した。

 ブログを閉鎖したのは、有名漫画の構図を丸々使ったのをコメント欄で指摘されて、ブログが炎上してしまったから。ホームページは確か、友達が描いた絵をそのまま載せたのがきっかけで喧嘩して、それで晒されたはずだ。

 言い訳を重ねて記憶を塗り替え、現実から目を背けていたのは、他ならぬ自分自身だったのだ。例え気に喰わないクラスメイトが万引きをしているのを目撃して、それを咎められず、自分も、なんて考えたのが切っ掛けだったとしても、それも言い訳に過ぎないのである。


 だが、もう目を背ける訳にはいかない。これだけ良く視える目が沢山出来てしまったのだから。

 今もまた、運音の前には、自分なんかが真似しても気付かなさそうなユーザーの、あまり伸びていない絵を盗んだ(トレースした)描きかけのイラストが置いてあった。


「さて、そろそろ本題に参りましょうか」


 少女が妖艶に微笑む。


「百々目鬼、貴女はまだ妖怪になったばかり。人に身を隠す術も、その力の運用方法も理解出来てはいないでしょう? だから、わたくしが手取り足取り教えて差し上げます。そうすれば、人間としての暮らしを失う事無く、妖怪としてもその力を好きに使える事でしょう。現実に退屈しているのではありませんでしたか? 妖怪の世界、貴女にはさぞ魅力的なのではなくって?」

「……妖怪の……世界……」

「ただし。その力、わたくしに貸しなさい。百々目鬼、貴女の力はわたくし達に必要なのです。わたくしの為に力を貸して下さるのであれば、今後の安寧、必ずお約束しましょう。嘘を吐く妖怪は居ても、魔王(・・)は約束を守りますわ」


 憧れ、焦がれ、夢にまで見た絵の世界、空想の世界。


「わ……分かった」


 そこに生きてきた運音にとって、人ならざるモノの提案を、別世界への入口を、そして何より自分を必要としてくれる者の申し出を断る理由など──。


「ところで……あなたは一体……?」

「まぁ! 失礼、申し遅れました」


 雷鳴が轟き、稲妻が走る。

 その閃光は部屋の中の二人を、そして窓の外に居並ぶ幾人かの異形達の影をくっきりと映し出した。


「ウフフフ。わたくし、神野百姫(かみやももき)と申します」

登場妖怪解説


百々目鬼(どどめき)

鳥山石燕「今昔画図続百鬼」に描かれている妖怪。盗みを繰り返した女の腕に、盗んだ銅銭が無数の鳥の目となり浮かび上がった存在とされる。ちなみに、銅銭は穴が開いていた形状から鳥目と呼ばれた。また、藤原秀郷が百目鬼どうめきという百の目を持つ鬼を退治した逸話も残っている。

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