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魔放少女あやかしアヤカ  作者: 本間鶏頭
第一章 魔放少女と妖怪達
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第一話:怪異が潜む国 置き傘の怪(1)

 あぁもう、嫌になる。


 露崎愛芽(つゆさきあめ)は周りの音も聞こえないような土砂降りの中、家路を急いでいた。

 愛芽とは、雨の日が好きな母が梅雨時期の産まれにちなんでつけてくれた名前である。だが、当の愛芽自身はと言えば、雨が嫌いだった。

 服が濡れるのも、髪がぼさぼさになるのも。出掛けられなくなるのも、夜寝られない雨の音も。自分の名前も──大嫌いだ。


 今日の天気は酷い。傘を差しているのに、もう全身ずぶ濡れになってしまった。

 一刻も早く、肌にへばりつくぐしゃぐしゃの制服を脱ぎ散らかしたい。ローファーの中の靴下は口ゴムの先までびしょびしょだし、通学カバンも雨を吸って重くなっている。髪もごわごわで気持ちが悪い。


 とにかく、早く楽になりたい。

 だがその時、そんな愛芽に追い討ちをかけるかのように、真横から強烈な風が吹きつけた。


「うわッ」


 あぁもう、最悪だ。

 変に力を入れて堪えたのが失敗だったか、差していた傘は一瞬で壊れてしまった。ビニール傘ではなく、赤くてそこそこ丈夫そうな傘だったのに、期待外れもいいところだ。骨はぽっきりと折れ曲がり、生地は無惨に半分以上が引き剥がされている。こうなってしまっては、最早差したところで傘としての役目は果たせないだろう。


「……役立たず」


 吐き捨てるように呟くと、さりげなく辺りを見回して人がいないのを確認し、傘は無造作にその場に棄てて走り出す。

 壊れた傘をわざわざ持って帰っても邪魔なだけだし、近くにはゴミ箱もないので仕方ない。傘が使い物にならなくなった今は、とにかく全力で走って帰るしかなかった。


 愛芽が走り去った後、そこには傘だったモノ(・・・・・・)が、役目を失いただゴミ同然に雨に打たれるのみであった。


 だが、愛芽は気付かなかった。

 その一部始終を見ている者がいた事に。



「……うん、まぁまぁ手頃なんじゃない?」


 棄てられた傘に近付く一人の影。

 黒いパーカーのフードをすっぽりと被っており、ウェーブのかかった髪に隠れたその表情は分からない。背丈は小学生程度、声質も普通の小学生女児といったところだ。

 だがもし、その光景を見た人がいたとしたら、どことなくある種の異様な雰囲気を感じただろう。その少女は傘も差さずに雨の中、棄てられた傘に話しかけていたのだから。


「キヒヒヒ。さぁ、目を醒ましてごらん」


 少女が懐から何かを取り出し、傘の残骸にぺたりと貼りつける。それは、複数の漢字と紋様が描かれた古めかしい紙──御札だ。


 不気味な少女の笑みに併せ、御札の紋様が赤黒く鈍い輝きを放つ。やがてそれを見届けると、少女は満足げに頷き立ち去った。

 後には雨音以外何も残ってはいない──棄てられたはずの傘も、いつの間にか何処かへ消え失せてしまっていた。





 ──ぽつり、ぽつり。


 翌日の放課後。下校中だった愛芽は、灰色が広がる空から落ちてきた雨粒を掌で受け止めながらため息をついた。

 春が過ぎ、梅雨にも早いこの時期は、本当に天気がわからない。急に土砂降りになったかと思えば、何食わぬ顔で晴れたりもする。今朝など、雨なんて有り得ないとばかりのからりとした晴天が暑いくらいだったのに、わずか八時間でこの有り様だ。

 しかし、傘を用意して家を出れば、そういう日に限って晴れる。これだから傘を持つのは嫌なのだ。


 頬にまとわりつく濡れた髪にイライラを募らせながら、愛芽は傘を工面しようとコンビニに駆け込んだ。


 タオルで髪を拭き、手頃な傘を探す。と言っても、別にビニール傘を買おうというのではない。どうせ使い捨てとは言え、ちょっと強い風が吹けばすぐに壊れるモノをわざわざ買いたくはないし、かといって千円を超えるような傘はバイト代の無駄でしかない。


 入口近くの傘立てに近付くと、さも自分の傘を取るかのように、さりげなく一本のビニール傘を抜き取る。選ぶのは、新しすぎず古すぎず、目印らしきキーホルダーやシールがついていないもの。

 そう、買わなくても、傘は手に入る。

 こんなにある(・・・・・・)のだ。一本くらい自分が使っても構うまい。いやむしろ、忘れられている傘を自分が使ってやっているかもしれないのだから、文句を言われるのも変な話だ。


 しかし、拝借した傘を差して歩き出そうとしたその時、愛芽の動きが止まる。


「ねぇ、お姉さん?」


 不意に声をかけられたのだ。

 ぎょっとして顔を上げると、目の前に立っていたのは一人の少女だった。


「お姉さん、その傘、お姉さんの?」


 少女は屈託のない表情をしながら、生意気にそんな事を尋ねてくる。

 あぁ、面倒な子供もいたものだ。見たところ、小学校の中学年くらいだろうか。思わず舌打ちをこぼしながら考える。まったく……ウザいと言ったらありゃしない。


 無視して少女の脇をすり抜け、足早にその場を後にしようとする。

 そんな愛芽に、再び後ろから声がかけられた。


「ねぇねぇ。昨日の赤い傘も、本当はお姉さんのじゃないよね?」

「……は?」

「キヒヒヒ……その傘、本当にお姉さんのなの? それにひょっとして……また、棄てちゃうんじゃない?」


 はっとして振り返る。その瞬間、愛芽の背中には冷たい何かがぞわっと駆け巡った。

 なぜ、この少女は昨日棄てた赤い傘の事を知っているのだろう。

 もしかして見られていた? いや、それだけなら傘をパクったなんて事までは知らないはず。それに少女は、異様な事に雨の中にいるのに傘を差してすらいなかった。それなのに、降りしきる雨など気にも留めていないとばかり、真っ直ぐにこちらを見据えてくるのだ。その渦を巻いたような紅い瞳に見つめられ、心臓が早鐘のように音を立てて警鐘を鳴らしているのを感じる。


 この少女は──普通じゃない。


「キヒヒヒ。ねぇ、どうなの?」


 そして少女が耳まで届くかとばかりにニタリと笑った時、気付けば愛芽は傘を放り出して雨の中を駆け出していた。


 寝る前にうっかり見てしまった怖い番組のように、心の中にさっきの少女が見せた不気味な笑顔が貼り付いている。それを振り切ろうと、首を振りながら思い切り足を動かした。疑問が次々浮かんでは消えていく。どこの子供なのだろう。そもそも何者だったのだろうか。いや、生きている人間かどうかも疑わしいと言うか……。


 そこまで考えて、はたと足を止める。


 馬鹿馬鹿しい。

 人間かどうかなんて、自分は何を考えているのだろう。どうせ、少し歪んだ変な子供に絡まれただけに決まっている。


 夢中で走っていて気が付かなかったが、足が止まると、先程よりさらに空が暗くなったように思える。この分だとさらに雨足も強くなるだろう。

 気味が悪かったのは確かだが、傘を持って来なかったのは失敗だった。早く帰ろう……と、そんな事を考えて再び歩き始めていると、奇妙な事に気が付いた。


 雨が弱まったのだ。


 空が暗くなったという事は、雨雲が濃くなったという事であるはずなのに。明らかに、雨は弱くなっている……?


 おかしいな、と何気なく空を見上げ、愛芽の足は今度こそぴたりと止まってしまった。


「な……に……あれ……?」


 愛芽の真上に、傘が浮かんでいた。

 否、果たしてあれを傘と呼んでも良いのか、愛芽には判別出来なかった。大きさは平屋の一軒家ほどもあるのではないだろうか。大量の鉄クズが絡まり合って、傘によく似た形状を保っているのである。まるでゴミ捨て場のがらくたがそのまま塊になって浮いているかのようだ。


 何が起きているのか、愛芽には訳が分からない。

 そんな謎の巨大物体を呆然と眺めていると、急にその中心と上部分に二つ、がばっと大きな亀裂が走った。そしてその中心側のひびから巨大な球体が覗いたかと思うと、もう一つの亀裂はめきめきと鈍い音を立てて大きく裂けていく。


 その亀裂の正体に気付き、愛芽は今度こそ戦慄した。

 あれは、顔だ。巨大な顔。球体はこちらを睨む巨大な眼球。そして端から端まで裂けた亀裂、あれは呵々と笑うために開かれた大口に他ならない。

 そう、鉄クズを寄せ集めた家ほどもある巨大な傘が、愛芽を一つ眼で睨み据えてにたにたと笑っているのだ。


「ヒッ……!」


 信じられない光景に、思わず後退る。


 そんな愛芽と巨大な傘を遠目に眺めながら、電柱の影に佇む少女がにやりと笑みを浮かべて呟いた。


「キヒヒヒヒヒ。さぁ、傘化け(かさばけ)……存分に怨みを晴らすといいよ」

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