番外編 アレクサンドリアの奇跡③
きゃっきゃと喜ぶ春翔と美優より、赤ん坊二人のほうがよっぽどいい子にしている。
「あうー」
「あぶう」
「……おや? 気のせいか赤子の声がするような?」
パンテレイモンからは、人の影になって莉奈とフローラが抱いている赤ん坊の姿が見えなかったらしい。
「えーと、どこから説明しますか……。女の子の方は私と莉奈の娘で、男の子の方は神様の子ですが、しばらくうちでお預かりすることになったのです」
「おお、この子が神様の! アレス様からお話は伺っておりました。なんとありがたい……!」
神様の本性をまだよく分かっていないらしいパンテレイモンが、神の子の光臨をいやにありがたがっている。
しかし、熱い視線を一身に受けている当のエンジェルはというと、パンテレイモンのことなど目に入らないかのように知らんぷりだ。
「あうあー」
「あぶー」
手を伸ばしあい、じゃれつく赤ん坊の癒し効果に、見守る一同はほっこりする。
「あのー、パンテレイモンさん、その扉の先へ行かないのでしょうか?」
時を忘れて赤ん坊に見入るパンテレイモンに、おずおずと声をかけたのは海翔だ。
「こ、これは失礼いたしました……! ささ、こちらへどうぞ」
パンテレイモンが先導して扉をくぐり、その後をアレス叔父、セラフィムが続く。
全員が扉をくぐったところで、最後尾だった優士は何の気なしにパタンと扉を閉めた。
すると、元々薄暗かった通路が真っ暗になってしまった。
「きゃあっ、真っ暗で足元が見えないよ!」
「え、どっちだ? 方向がわからない」
「ハルト、俺の足を踏むなよ」
あっという間に狭い通路内で押し合いへし合いになってしまう。
「あ、あれ? 開けっ放しのほうがよかったのか……? えーと、どうやって開けるんだ?」
「申し訳ありません。前もって言っておくべきでした。もう少し先へ進むとランプの用意があるのです」
暗闇ごときで慌てふためく人間の姿が面白かったのか、笑いを噛み殺しながらウィルがポッと明かりを灯してくれた。
「ふふっ、その光の玉に付いていくといいよ」
優しく発光しながら揺らめく光の玉に、一同はほっと息をつく。
「もう、パパってば何やってるのよ!」
「またユウジおじさんの仕業かよ」
「ごめんごめん、こんなに真っ暗になるとは思わなかったんだよ。電気つかないんだな……」
責める子ども達に優士は頭を掻いた。
「ユウジおじさん、ウィルが明かりをつけてくれたからもう大丈夫だよ」
「おおー、カイトは優しい子だなあー。お前ら二人も少しは見習えよ!?」
「ふーんだ」
わいわいと賑やかに通路を進み、石造りの長い階段を下りていくと、突然ガランとした広い場所に出た。
目を凝らしてよく見ると、どうやら元々は洞窟のようで、外壁などは整えられておらず、ゴツゴツしたむき出しの岩肌にぐるりと囲まれている。
そして、中央に大理石の展示台のようなものが設置されており、これだけは人工物のようだ。
暗闇の中、展示台にはめ込まれている大きな宝石がうっすらと青い光を放っていた。
「みなさま。こちらが国宝の希石、アレクサンドリアでございます。神様が、妻であり初代国王の母君でもあられるアレクサンドラ様の亡骸を宝石に変えたものが、このアレクサンドリアだと言い伝えられております。初代国王の血を引く王族のみなさまが、代々大切に守りつづけてこられたものでございます」
パンテレイモンが、ツアーガイドよろしく流れるようにアレクサンドリアの説明をしてくれた。
「へえー」
「そういえば前に聞いたことがあるような」
「え、妻を宝石に変えちゃうなんて人でなし過ぎない? しかも肌身離さず身につけているならまだしも、こんな寂しいところに置きっぱなしって……」
アレクサンドリアの由来を初めて聞いた莉奈がドン引きしている。
「リナママ、聞いてよ! アレクサンドラさんが死んじゃったのはね、神様の本妻に殺されたからなんだよ! アレクサンドラさんは奥さんがいるなんて知らなかったのにさ。しかもその本妻、二千年くらい何の罪もないこの国の国民に八つ当たりし続けたんだから! 神様しか悪い人はいないんだから、殺すなら神様を殺せばよかったんだよ!」
「ええー、酷い! あの神様ってそんな人だったの!?」
すかさず告げ口をする美優の話を聞いて、莉奈の中では結構いい人だった神様の評価が大暴落した。
「……ミ、ミュウ? なんという恐ろしいことを口にするのです。どこに耳があるか分かりませんから、あまり不用意なことを口にするものではありませんよ。それにしても、ずいぶん語学力が上達していて驚きました……」
「ミユ、エンジェルの前であまりそういう話をしてやるなよ。あれでも実の父親なんだから」
パンテレイモンとセラフィムに窘められた美優はぺろっと舌を出した。
「はあい。確かにエンジェルの前でいう話じゃなかったね」
「それでは、早速儀式を始めようではないか。セラフィ、こちらへ」
アレス叔父が展示台の傍らに立ち、セラフィムを呼んだ。
「はい」
「では、説明しよう。まずは青く光るこの石に手をかざすのだ」
「はい」
「次にこの石に神力を注ぐのだ。以上だ」
固唾をのんで見守っていた周りの人々は、カクッと膝が折れそうになった。
たったそれだけの作業なら引継ぎなど不要だろうと誰もが思った。
「な、なるほど……。では、早速……」
セラフィムは拍子抜けしながらも、石の上に手をかざした。
そして、目を瞑って精神を統一し、一気に神力を放つ。
パアアアアアアア……!
「うわっ!」
「眩しい!」
「これは一体どうしたことだ!?」
言われたとおりにしただけなのに、なぜかアレス叔父まで一緒になって驚いている。
眩しさにだんだん目が慣れてくると、展示台があった筈の場所に、1人の女の人が立っているのが見えた。
神々しい光の中で優しいほほ笑みを浮かべ、腕に抱えた何かを見下ろしている。
「あのお方はもしや、アレクサンドラ様では!?」
「アレクサンドラ様……、あの方が……。なんという美しさだ」
いままでに何度も儀式を行った筈のパンテレイモンやアレス叔父がこれほどまでに驚くということは、どうやらセラフィムが引き継いだ最初の1回でイレギュラーな出来事が起こってしまったようだ。
「腕に抱えているのは、赤ちゃん……?」
「あの子は初代国王なのかな?」
ぐるぐる巻きの布の中身は見えなかったが、愛おしそうに見つめるその表情から、腕の中には女性の赤ん坊がいるのだろうと察することができた。
「赤ちゃんがお母さんに会えないことを不憫に思って、神様がお母さんに会えるようにしてくれたんじゃないかしら……」
「そうかもしれないな……。胸が痛くなるような光景だ」
いつの間にか、セラフィムの目にはうっすらと涙が滲んでいた。
初代国王の生まれ変わりというだけあって、前世の母であるアレクサンドラに再び会えたことを魂が喜んでいるのかもしれない。
しばらくすると、一同が見守る中、すうっとアレクサンドラの姿が消えて行った。
後に残っているものは、展示台の上で青い輝きを増したアレクサンドリアだけである。
誰もがなんともいえない物悲しい気持ちになり、静寂だけがその場を包むのだった。
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