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番外編 アレクサンドリアの奇跡①


ぴゅーいー……。


「ん? 何か言ったか?」


美優と二人、テラスの椅子に座って本を読んでいた春翔はふと顔をあげた。

間近に控えた入学試験に備え、一番の弱点である歴史について、こうして暇を見つけては自習に励んでいる。

アレクサンドロス語の読み書きに不自由がなくなったとはいえ、歴史のような暗記物だけは詰め込まないことにはどうにもならないからだ。


「別に何も言ってないけど」


ぴゅーいーーー……。


「やっぱり聞こえる」


「私も聞こえた。何だろ?」


「ぴゅうーーーーいーーーー!」


バサバサバサッ!


突如、春翔の頭の上でバサバサと翼をはためかせる音がした。


「わッ!」


「ピュウだ! アレス叔父さんから手紙が来たんだよ! わあー、久しぶりー、元気だった?」


美優は春翔の肩に着地したピュウに手を伸ばした。

春翔も自分の肩先を見て、目を細める。


「可愛いなぁー、俺も翼竜ほしいな。うちにもいればいいのに」


「頼んでみようか?」


どうやら、ペット代わりに飼うには翼竜は高価すぎるということを二人とも忘れているようだ。


「そうしよう! こんなに可愛いんだから、きっとみんな賛成するな! おーよしよし、お腹が空いたのか? ミユ、ピュウに何かあげようぜ!」


「ピュウは甘い果物が好きなんだよ」


「よし、行こう!」


春翔は肩にピュウを乗せたまま、庭をぐるりと回って厨房へと向かった。

美優もその後に続く。


そして、二人揃って厨房の裏口からひょこっと顔を出すと、その気配に振り向いた莉奈が大きく目を見開いた。


「きゃああああッ! ハルト! ハルトの肩にイグアナが止まってるわよ! きゃーーーッ!」


まるでカサカサ動く黒いヤツを見つけたかのような騒ぎである。

厨房の片隅に置かれた籠タイプのベビーベッドの中ですやすやと寝息を立てていたエンジェルとミシェールが、莉奈の叫び声にパチリと目を覚ました。


「ふえっ」

「あう……」


二人の赤ん坊が不穏な声をあげる。


「ちょ、かーちゃん! チビたちが泣くって! ピュウは翼竜だよ。アレス叔父さんの手紙を届けに来てくれたんだ」


「えっ……。手紙? イグアナが手紙を運ぶ? 意味がわからない!」


「だからイグアナじゃないんだって」


「なんでもいいわよ! なんでもいいからどこか外へ捨ててきて!」


莉奈はそう叫ぶと、厨房に置かれたテーブルの向こう側にしゃがみ込んでしまった。


「え……、アレス叔父さんの翼竜なんだけど……」

「リナママ、人のものなのに捨ててこいって……」


ドン引きである。


「もういやー! 私、そういうのダメなのよっ! 早くどこかにやって!」


「何を騒いでるんだよ? 昼飯が出来たのか?」


莉奈が大騒ぎする中、セラフィムが食堂の方からのんきに顔を出す。


「あなた! イグアナがハルトの肩にいるのよ!」


「ん? なんだ、ピュウか。……そういえばリナは爬虫類が大の苦手だったな……」


ヘビやトカゲの類は、テレビに映るだけでも悲鳴をあげるほど嫌いなのだ。


「ぴゅう……」


「かーちゃん、ひどいぞ! せっかくアレス叔父さんの手紙を届けに来てくれたのに! 王都はものすごく遠いんだからな!」


春翔はしょんぼりとうなだれるピュウの頭をよしよしと撫でた。


「えっ……、もしかして、言葉が通じるの?」


「リナママ、ピュウは人間の言葉が分かるんだよ。リナママが自分を嫌ってることもちゃんと分かってるんだからね?」


「え……、嫌いってそんな……。あら? よ、よく見たらイグアナじゃ……ない?」


光沢のある真っ白な翼竜には、イグアナとの共通点など皆無である。

常日頃から美しさを褒められこそすれ、ここまで嫌われることはピュウにとっては初めての経験だった。


「ぴゅうー……」


「そ、そんな悲しそうな声を出さないで……。よく見たらつぶらな瞳……、それに翼もあるわ。え、この子はいったいなんなの?」


「だから翼竜だってさっきから言ってるじゃん」


春翔は、まったく話を聞いていない莉奈に呆れた顔をする。


「翼竜……。ご、ごめんね? ちょっとびっくりしただけで、嫌いってわけじゃないのよ?」


「ぴゅう!」


ピュウは喜びを表現したかったのか、バサリと翼を広げて見せた。


「リナママ、ピュウは果物が好きだから何かあげてみたら?」


「そうね」


美優の勧めで、莉奈は果物籠の中から1つ手にとってピュウの前に差し出した。


「かーちゃん、ピュウには果物を切って食べさせるんだよ。喉に詰まらせないようにって、アレス叔父さんがめっちゃ溺愛してるんだ」


「え……、そうなの? ずいぶん過保護なのね」


「なんせピュウは王室育ちだからな」


丸ごとでいいじゃないと思いながらも、莉奈はひとくちサイズに果物をカットしてピュウの口元に持っていった。

そわそわしながら待っていたピュウは、首を伸ばしてパクリとそれを口の中に入れる。


「食べたわ! 慣れれば結構かわいいかも……、それに白いし……」


餌付けが成功したせいか、莉奈はみるみる態度を変え、せっせとピュウの口元に果物を運ぶのだった。






「それで、手紙にはなんて書いてあったんだ?」


騒ぎが落ち着いたところで、セラフィムが尋ねた。


「あ、まだ読んでなかった」


「急ぎの用件だったらどうするんだよ。早く取り外してくれ」


「へいへい」


春翔はピュウの胸元のカバンから手紙を取り出し、セラフィムに手渡した。


「……えぇー」


手紙に目を走らせていたセラフィムの顔が曇る。


「セラパパ、どうしたの?」


「王都に来てくれって……」


「へえ」


それがなんだと言うのか。


「アレス叔父様が、自分は結婚して臣籍降下したのだから、神力を注ぐ儀式を引き継いでくれないかと言ってきてるんだよ。ーー俺だって公爵なんだから、アレス叔父様と立場は同じなんだけど」


セラフィムはそう言って眉間にしわを寄せた。


「でも、年齢的に次の後継者がセラパパになるのは仕方ないんじゃない? いまの国王陛下には出来ないことなんでしょ?」


「そうなんだよな……。神力がないと出来ないからな。アレス叔父様の後を継げるのは、俺か、ハルトか、カイトだけだ」


「そのメンバーなら、どう考えてもとーちゃんが引き継ぐのが妥当だよな」


「まあな……。仕方がない、王都へ行ってみるか」


父親として、自分がやりたくないからと言って子ども達に押し付けるわけにはいかない。

セラフィムは腹を括ることにした。


「見学できるのかな?」


「さあな。門外不出の秘儀の可能性もあるよな」


「でも、セラパパの次はハルちゃんかカイトが引き継ぐことになるなら、いまのうちに見学くらいしといてもいいんじゃないの?」


美優は儀式を見たくてしょうがないらしく、もっともらしいことを言ってセラフィムを説得する。


「うーん。まあ、聞いてはみるが、こっちで勝手に決められることじゃないと思うぞ」


「わあっ、楽しみだね!」

「俺も楽しみ!」


「おい、まだわからないって」


セラフィムが釘をさすが、喜ぶ美優と春翔の耳には届かない。


「何を着ていこうかしら? ミシェールとエンジェルも連れて行くの?」


莉奈まで乗り気である。


「そういえば、まだミシェールが産まれたことを報告してなかったな。この機会に紹介しようか。ーーところで、今日の昼飯はなんなんだ? さっきから懐かしいにおいがしているけど」


「今日はハルトのリクエストで牛丼にしたのよ。オリュザ米を使ってみたの。ユウジさんたちが帰ってきたらお昼にしましょ」


基本的には朝夕の食事の支度は使用人が行っているものの、せめて一日一食くらいは日本風の食事が食べたい。

口々にそうせがまれて莉奈が昼食を作ることが習慣になりつつあったため、例え外出していても昼食の時間には屋敷に戻ってくるのだ。


「やった! 牛丼だあー!」


「リナママ、明日はオムライスにしようよ! 私も手伝う」


「俺はオムライスよりチャーハンと餃子がいい」


誰もが日本の味を忘れられず、隙あらば自分の好物をねだってくる。


「ダメ! ハルトの要求どおり作ってたら、あっという間にお醤油がなくなっちゃうわよ。いま仕込んでるお醤油が成功するまでは節約しながら使わないと」


「ちえー」


ケチャップはどうにでもなりそうだが、醤油の再現を急がないと、あっという間に春翔に食べつくされてしまいそうだ。

本を見ながら初めて作った醤油が、どうか成功していますようにと願う莉奈だった。






お読みいただきありがとうございました!

今回のエピソードは3話になる予定ですので、もうしばらくお付き合いくださいませ。


今日から『レピエルと呪いの石』という連載を始めました。

興味を持っていただけたら是非お読みいただけると嬉しいです。


どうもありがとうございました!


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