番外編 アレスの秘密①
今日はアレス叔父に招かれ、ジョーンズ家と香山家、それに神の子とフローラの総勢8人でアレス叔父の離宮を訪れた。
今回はいきなり室内へは立ち入らず、玄関前へと転移している。
『一番いい服を持参してくれと手紙に書いてあったが、何があるんだろうな? 俺たちはこの前作った服があるが、子どもたちの服は制服が一番いい服とは微妙だよな……。おい、お前たち、こういう事があるんだから次は大人しく貴族服を作るんだぞ。』
セラフィムは片眉をあげて子ども達に小言を言った。
制服を作るために採寸した際に、制服以外の服も同時に何着か作るよう言っておいたのだが、子ども達は飾り気のないシンプルな服ばかり注文してしまった。
納品の時になってやっと、一着も貴族服を仕立てていないことが判明したという有様だった。
こちらの貴族が着ているような金糸の刺繍が施された煌びやかな衣装は、日本育ちの子ども達の好みには合わないらしい。
『俺、キンキラの服とか着たくないし。それよりTシャツとかほしいな。』
『あっ、私もTシャツほしい!』
『Tシャツは俺もほしい……って、そうじゃなくて。これからはアレス叔父様に呼ばれて王宮にあがる日もあるだろうから、きちんとした服が必要なんだよ。』
日本製の服の手持ちが少ない三人は、肌触りの良い服が恋しいようだ。
『あら、Tシャツなら新しいの何枚か持って来たわよ。美優には私のをあげるわ。帰ったら探してみるわね。』
腕の中でスヤスヤと眠る神の子をよいしょっと抱き直しながら莉奈が言った言葉に、三人はパアッと顔をほころばせた。
侍女に通された部屋でしばらく待っていると、アレス叔父がやってきた。
「おお、みなよく来てくれた! おや、その赤子は?」
「はい。しばらく預かることになりまして……。」
「うん? セラフィ、少し見ない間に若々しくなったか? よく見たら、リナに、それにユージまで。どうなっているのだ?」
三人揃って20代に若返っていることに気付いたアレス叔父は、目を白黒させている。
アレス叔父には言っても問題ないだろうと判断したセラフィムは、本当の事情を説明することにした。
「はい。実は、この子は神から預かった子なのです。私の妻は出産を控えていますので、この年でとても二人の赤ん坊の面倒は見られないと言ったところ、それなら10歳若返らせるから面倒を見ろと……。神はこの子の名前すら言っていかなかったので、私たちはエンジェルと呼んでいます。」
「なにっ!? 神の子を? おお、何と光栄なことだ! それにセラフィに3人目の子どもが出来るのか? おお、おお! それはめでたい! はっはっは!」
「ありがとうございます。」
セラフィムは照れくさそうに笑顔を見せた。
「いやはや、慶事続きだな! 実は今日呼んだのは、結婚式をすることになったからなのだ。」
「はあ。どなたの結婚式ですか?」
「私のだ。」
「「「「「「えええええええええーーーーー!」」」」」」
広い室内に、驚愕の叫びが響き渡った。
あまりの大声に、眠っていたエンジェルがビクッと震えて目を覚ましてしまった。
「ふえっ。」
「えっ、はっ? ど、どういうことでしょうか? アレス叔父様は、結婚する気がなかったのでは?」
セラフィムは混乱しつつも、アレス叔父にどういうことなのかと確認する。
ぐずるかと思ったエンジェルは、莉奈に背中をぽんぽんとたたかれるうちにまた眠りに落ちていった。
「いや……。実はな。私は結婚する気がなかったのではないのだ。結婚したい相手がいたから、政略結婚を強要されたくなくてな。」
「しかし、アレス叔父様が望めばその方と結婚できたのでは?」
アレス叔父は悲しげに首を振りながら話を続けた。
「身分が釣り合わなかったのだ……。彼女の父親は子爵だったのだが、早くに亡くなってしまってな。子爵家を継いだ叔父に追い出されるようにして、私の乳母だった母親と共に王宮へ移り住んだのだ。」
「乳母? 確かフローラさんはその方のお孫さんでしたか?」
セラフィムは、優士の隣に座るフローラをチラリと見ると、フローラはくつろいだ様子で微笑んでいる。
「そうだ。乳母の娘であり、フローラとアウローラの母でもあるマリアローラが私の結婚相手だ。」
「えっ? お子さんがいらっしゃる方と結婚を? 未亡人なのですか?」
「そうではない。フローラとアウローラは私の娘なのだ。」
「「「「「「えええええええええーーーーー!」」」」」」
まさに青天の霹靂ともいえる新事実の発覚であった。
「いや、エルジェーベトが私の隠し子がどうのと言い出した時には肝が冷えたぞ! はっはっは!」
「ほ、本当に隠し子がいらしたとは……。」
一同は驚きのあまりあんぐりと口を開けて固まってしまった。
「実は31年前の襲撃事件の前に、前アクティース公爵夫妻、セラフィからみると祖父母だな。前公爵夫妻に彼女をいったん養女に迎えてもらって、それから私に輿入れさせるということで内密に話を進めていたのだ。しかし、あの事件が起こってしまった。私は彼女を危険にさらさないためにも、公に結婚することは諦め、秘密の結婚をすることにした。」
「そうだったんですか……。」
「しかし今は犯人も捕まり、危険はなくなった。それに王位継承問題にも目途はついたのだ、これで私の結婚相手に文句を言う輩もいなくなっただろうと思ってな。私たちの結婚と子どもの存在を公にすることにしたのだ。」
「は、ははは……。王位継承問題の目途とは私のことなのでしょうね……。」
思い切りあてにされているセラフィムは遠い目をした。
「セラフィ、折り入って頼みがある。」
アレス叔父は姿勢を正すと、笑顔から一変して真剣な表情になった。
「兄上を、ヘリオス先王陛下を説得してもらえないだろうか?」
「説得?」
「兄上は自ら死罪になろうとしている。兄上が側室を娶らざるを得なくなったのは、私が頑なに結婚を拒んだことにも原因があるのだ。先王妃がしでかした罪を、何も知らなかった兄上が共に背負う必要があるのか。たとえあったとしても、死を持って償う以外の方法はないのだろうか。私は兄上に考え直していただきたいのだ。」
アレス叔父は悲痛な表情でセラフィムに訴えかけた。
自分の感情を優先して兄を追い詰めてしまったことに対し、深い罪悪感を抱いているようだった。
「はい……。私もヘリオス先王陛下には何の恨みもありません。母の死を悲しんでいたことも嘘ではないでしょう。しかし、私の説得など聞き入れていただけるのでしょうか……。」
「何を言う。セラフィの言葉だから、母を殺された子の言葉だからこそ胸に響くのだ。兄上を恨んでいないと言ってやってくれ。兄上の心の慰めになるだろう。」
「ーーわかりました。出来るだけのことはしてみましょう。」
セラフィムがそう言うと、アレス叔父は表情を緩めてホッとしたように微笑んだ。
しばらく皆でお茶を楽しんでいると、コンコンというノックの音と共に、厳格そうな一人の女性が入室してきた。
「おお、ロッテンマ、来たか。結婚式の衣装合わせをしておいたほうがいいと思ってな、王宮の侍女長に世話を頼んでおいたのだ。みなこの国の作法には疎いからな。」
「侍女長のロッテンマ・イヤーと申します。よろしくお願いいたします。」
ロッテンマは優雅なしぐさで挨拶をした。
「うるさい貴族も多いからな。侮られないようにしたほうがよいだろう。ロッテンマに任せておけば間違いないぞ。」
「それでは失礼して。皆さまのお衣装を拝見させていただきます。ーーーええ、こちらの三着はよろしいかと。流行をおさえつつ上品で何の問題もございません。奥様にはいくつか装飾品を身に着けていただくほうがよろしいでしょう。
しかし……、お子様方のお衣装は、これは制服なのでは?」
ロッテンマは、侍女が部屋の隅にハンガーでつるしておいてくれた衣装を改めると、子ども達の衣装が制服であることを見咎めた。
「……はい。お恥ずかしい話ですが、手持ちの服は普段着ばかりで……。」
「まあっ! それはいけません。その場にふさわしい装いをすることは貴族として最低限のマナーですわ。ですが、ご心配は不要です。あたくしにお任せくださいませ。アレス殿下、これからお子様方を王宮本殿の衣裳部屋へご案内してもよろしいでしょうか?」
「ああ、それではみなで本殿へ参ろう。セラフィが兄上に面会している間に、子ども達の衣装を選ぶとよい。リナも着てみたいドレスがあれば好きに選んでよいぞ。」
離宮を出る前に、アレス叔父の結婚相手であるマリアローラのことを尋ねると、今日は花嫁衣裳の仮縫いがあるため不在とのことだった。
残念ながら、本人に会えるのは結婚式当日になりそうだ。
一同は、アレス叔父を射止めた人物に思いを馳せながら離宮を後にするのだった。
7月上旬に新連載をスタートする予定です。
次回、「アレスの秘密②」と同日に投稿します。
よろしくお願いいたします!




