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第73話 決着の時



代官はやけにあっさりとアスパシアの名を口にした。


「こいつ嘘ついてるぞ。」


代官の自供を、ソールは嘘だと言い切る。

確かに不自然なほどの自供の早さは、まるで予め罪を擦り付ける相手を用意していたかの様だった。


『なぜ嘘だと思う?』


セラフィムはソールに小声で尋ねた。


『なぜって言われてもなあ。ま、精霊の特性だな! 精霊に嘘は通用しないんだよ。』


『とーちゃん、そろそろ手を離さないと、その代官死ぬんじゃないの?』


『あ、そうだった。』


春翔に指摘され、セラフィムは代官を吊り上げていた手をパッと離した。

石の通路にドサリと倒れこみ、ごほごほと激しく咳き込む代官を尻目に、春翔はアレス叔父に相談に行こうと持ちかけた。


『とーちゃん、アレス叔父さんに襲われたこと報告しに行こうよ。家にいる犯人たちとかこの代官とか、どうすればいいのかわからないし。アスパシアって人が襲撃犯の濡れ衣を着せられそうってことも言っといた方がいい気がする。』


『そうだな。とりあえず、ここの女の人たちを家に連れて行って、代わりに犯人どもをここにぶち込むか。』


『うん。それじゃあ鍵開けるよ。』


春翔は壁にかかっていた鍵を手に取ると、牢の錠前を次々と開けていった。

囚われていた女性たちは、順番に牢を出てわらわらと春翔たちを取り囲む。


いまだ肩で息をする代官については、両手両足を拘束し、猿轡をかませて牢に押し込んだ。


「それでは皆さん、ここから脱出しますので目を閉じてください。ーーーはい、もういいです。」


セラフィムに促され目を開けた女性たちは、目の前の景色が美しい庭園に変わっていることに仰天している。


「ブルースさん、公爵邸に囚われていた女性達を救い出してきました。すみませんが、世話をお願いできますか? ミユはこの人たちに食事を用意してやってくれ。」


驚いてざわめく女性たちをブルースと美優に託し、今度は賊の一団を地下牢へと転移させるため裏庭へと向かった。


怪我をした賊をどうするか少し考えたが、不在の間に既に血止めの薬草と包帯で応急処置を施されている。

セラフィムはこれ以上の情けは不要と判断し、そのまま地下牢に入れることにした。


『ラフレーズ! ユキちゃん! こいつら見張っててくれたのか? ありがとな。』


『いいえ。お安い御用です。』


『いろいろ助かったよ! 俺、ラフレーズと契約してラッキーだったな!』


春翔はラフレーズに満面の笑みを向けた。


『え……、ええっ!? う……うううっ……。』


ラフレーズは一瞬きょとんとした後、ぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めた。


『えっ、なんで泣くのっ!?』


『う、嬉しくて……っ。私っ、いままで、みんなに役立たずって、思われてて……っ。うう…、うわーん!』


ラフレーズは長い前髪が邪魔になり、髪を耳にかけて顔を出しぐしぐしと涙をぬぐった。


『そんな泣かないでよ。俺はラフレーズを役立たずなんて思ってない。それから、ラフレーズ。顔出してた方がかわいいな。』


『えっ、そ、そんな……、かわいいだなんてっ!』


かわいいと言われて声を裏返えらせたラフレーズは、顔を真っ赤にして春翔の前からパッと消えてしまった。


『みー……。』


真雪が自分も褒めろと言わんばかりに春翔の鼻先に漂い、宝石のような青い目でじっと見つめてきた。


『ユキちゃん! おー、よちよち! 戦うユキちゃんもかわいかったニャー! あー、めっちゃ触りてえー!』


『みぎゃっ!』


真雪は、猫じゃありませんけど、とでも言いたげな不満そうな声をあげる。

春翔の褒め方が気に入らず、冷たい視線で遺憾の意を表す氷の精霊真雪だった。





賊の一団を地下牢へ移し終えると、春翔とセラフィムは再び屋敷へと戻ってきた。


アレス叔父のところへ行く前に、アリシアの母レティシアに31年前に起きた襲撃事件の犯人の名前を聞くためだ。

人のいない部屋にアリシアの両親を招き入れると、セラフィムは単刀直入に尋ねた。


「レティシアさん、二つ質問があります。まず一つ目は、ウンディーネが力を失った原因をご存知でしょうか?」


春翔たちの傍にいたソールが、ウンディーネの名を聞いた途端に姿を消し、ウィルとスカーレットを連れてすぐに戻ってきた。


「ウンディーネ様がお力を……? そうだったんですか……。実は私も、31年前までは神力を持っていたのです。ですが、襲撃事件を境に、神力を失ってしまいました。おそらくは、ウンディーネ様が守護する我がヒュドール侯爵家が、神力を持つ貴族を害した罰なのではないでしょうか……。」


レティシアはそう言うと、懺悔するかのように項垂れた。


「そうだったのか……。僕たち守護精霊は、神の子である初代国王の子孫を害することは許されていない。たとえウンディーネが直接手を下したことではないにしろ、ウンディーネが守護するヒュドール侯爵家の者が犯した罪であれば、責任の追及は免れない……。」


レティシアの推測に、ウィルはようやく合点がいったというように頷いた。

ソールとスカーレットは、連帯責任を取らされてしまったウンディーネを想い、やりきれないといった表情を浮かべている。


「なるほど。そう考えると確かに辻褄が合うようです。もう一つの質問は、あなたがお母上に聞いたという犯人の名を教えていただけないでしょうか?」


「はい、もちろんです。犯人の名はーーー」


名を聞いたセラフィムは重々しく頷くと、春翔と共にアレス叔父の元へと転移するのだった。





春翔とセラフィムは、王宮の敷地内にあるアレス叔父の離宮にいた。

春翔たちは初めて来る場所だったが、アレス叔父の住まいを知っているソールが連れてきてくれたのだ。


『勝手に入っちゃったけど……、怒られないかなあ?』


『気にすんな! その辺に座って楽にしてろ。』


奔放なソールは、まるで部屋の主のように振舞う。


『緊急事態だ。アレス叔父様は許してくれるさ。』


『おじさーん、アレスおじさーん、どこですかー?』


『アレスなら今この部屋に来るところだぞ。』


ガチャリ。

ソールが言い終えると同時に部屋の扉が開いた。


「お!? おおっ! セラフィとハルトではないか! 久しいな!」


アレス叔父は一瞬驚きの表情を浮かべたものの、春翔たちの来訪を歓迎してくれた。


「アレス叔父様、突然お邪魔して申し訳ありません。実は緊急事態が起こりました。つい先ほど、私の屋敷が襲撃されました。」


「なにっ!? 皆無事なのかっ!」


アレス叔父は、セラフィムたちが襲撃を受けたと聞くと顔を強張らせた。


「はい。私の妻が矢を受けて、一時はどうなることかと思いましたが、ウィルのおかげで命を取り留めました。賊は既に捕えましたが、私の屋敷を襲わせた犯人が代官だったのです。」


「代官が!? なぜ代官がそのようなことを……。」


「代官を尋問したところ、アスパシア様に命じられたと言うのです。ですが、ソールは嘘だと言っています。私も、あまりにあっさり自白したので怪しいと思っています。」


「ソールが言うのならば嘘で間違いないだろう。アスパシアを犯人に仕立て上げたい人物の仕業か。」


「アレス叔父様、今からヘリオス先王陛下にお目通り叶いますでしょうか。」


「うむ……。本来であればいきなり尋ねていけるお方ではないが、火急の件だ。みなで押しかけよう! なに、私がいれば止められることはないだろう。」


アレス叔父は、ノープランで押しかけるという。

そんなに行き当たりばったりで大丈夫なのかと、若干心配になってくる。



「着いたぞ。ここが兄上の部屋だ。ーーー兄上! アレスです。少しお邪魔してよろしいでしょうか!」


アレス叔父はコンコンと扉を叩き、大声で来訪を告げた。

すぐに侍女が中からガチャリと扉を開ける。


「おお、アレス! 入るがよいぞ。ちょうど今お茶を飲んでいたのだ。お前も座れ。」


「失礼致します。おや、エルジェーベト様もご一緒でしたか。」


部屋に足を踏み入れると、アレス叔父はヘリオス先王に一礼した。

セラフィムと春翔はアレス叔父の後ろに控えて頭を下げ続ける。


「うむ。エルジェーベトが体に良いという茶葉を持ってきてくれたのだ。うん? その者たちは誰だ?」


他人がいる場でセラフィムの正体を明かすわけにはいかない。

早々に行き当たりばったりで訪ねた弊害が出てしまった。


「ーーーこの者たちは、竜殺しの英雄と、その息子です。この前、会いたいとおっしゃっていたのを思い出しましてな。」


「おお、この者が英雄か! 面を上げよ。竜退治、まことに大儀であった! うむ、威風堂々たるその体躯、これぞ英雄といった風格であるな。」


ヘリオス先王は好ましげな眼差しをセラフィムに向けた。

ヘリオス先王とセラフィムの目が合う。

しばし見つめ合い、ふと、ヘリオス先王は何かに気付いたような表情にかわった。


その時、エルジェーベトの金切り声が響き渡った。




「お前は……ッ! ヘリオス様、騙されてはなりません! この男はアレス殿下の隠し子! 王位を奪おうとしているのです! わたくしたちを殺しに来たに違いないッ!」






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