第71話 白昼の襲撃
突然の攻撃を受け、あちこちから悲鳴があがった。
『莉奈ママっ! か、かみさま……っ! 神様! 莉奈ママを助けてっ!』
莉奈のすぐ隣にしゃがみ込んだ美優が、必死に神に助けを求めている。
セラフィムは騒然として右往左往する招待客の間をすり抜け、莉奈の元へと駆け寄った。
『莉奈! 莉奈っ!』
矢に貫かれた莉奈の上半身を抱き上げると、セラフィムは狂ったように莉奈の名を叫んだ。
『ソール! 結界を張ってくれ!』
動転するセラフィムを見て、春翔は素早く神力を発動するとソールを呼んだ。
春翔自身も倒れ込む母親の姿に動揺していたが、自分がしっかりしなければと自らを必死に奮い立たせる。
『春翔! ソールは戦闘中だ! ここは僕に任せて!』
ウィルはそう言うと春翔が発動した神力を使い、即座に結界を展開した。
半球状の結界が、招待客を含む春翔たち全員をすっぽり包み込む。
『莉奈っ!』
セラフィムが莉奈を呼ぶと、莉奈が薄く目を開いた。
『セラフィ……、子どもたちを……、おねがい……。生まれ変わっても、また、私を…、およめ…さん…に……。』
最後まで言えないまま、莉奈は首をガクリと落とした。
『莉奈!! 嘘だ……、嘘だーーーッ! うおおおおおおおおおおおおお!』
セラフィムは絶叫すると、莉奈の体をその場に残し、結界の外へと走り出た。
『とーちゃん! 一人でなんて無茶だッ!』
丸腰で賊と戦うつもりなのだと悟った春翔は、隣で震える海翔にこの場を守るようにと言った。
『海翔! お前はここで結界を張っていてくれ! 俺はとーちゃんを助けに行く! ーーーもし俺たちが戻らなかったら……、その時は、アレス叔父さんのところへ行け!』
そう言い残すと、春翔はセラフィムの後を追った。
『お兄ちゃんッ!』
『春ちゃんっ!!』
『海翔、みんなを近くに集めて。これだけ広範囲に結界を張り続けていては、神力の消費が大きい。』
ウィルは、春翔の後を追おうとする海翔に仕事を与えることでこの場に引き留めた。
『ウィル……、わかった。』
海翔は遠ざかる父と兄の後ろ姿を不安そうに目で追いながら、皆を近くに呼び集めるのだった。
「うおおおおおおおおおおお!」
セラフィムの目は真っ赤に染まっている。
賊の姿が目に入ると、相手に切り掛かる隙を与える間もなく力任せに頬を殴り飛ばした。
「ぐふうッ!」
地面に倒れ込んだ賊から剣を奪い取ると、セラフィムは大声で怒鳴った。
「矢を射たのは誰だッ! 誰が俺の妻をッ! 名乗り出なければ全員殺す!!!」
「相手は一人だ、恐れるな! 皆の者、かかれ!」
リーダー格と思われる男が、賊の一団をけしかけた。
5、6人の賊たちが一斉にセラフィムに斬りかかってくる。
ガキイィィィン!
セラフィムの剣が、賊の剣を根元からたたき折った。
次いでセラフィムは、男の利き腕を一刀のもと跳ね飛ばした。
「ギャアアアアッ!」
肘から下を切り落とされた男は、腕を押さえてゴロゴロと地面を転げまわる。
そうしている間にも別の賊が次々と襲い掛かってきた。
遠くから弓を構えてセラフィムを狙うものもいる。
『ラフレーズ! 真雪! 頼む、とーちゃんを援護してくれ!』
セラフィムに追いついた春翔は、とっさに精霊たちを呼び出した。
パッと目の前に現れた精霊たちは、異常事態を見て取ると、すぐに賊の方へと向き直った。
『任せてくださいッ!』
『みーーーーっ!!』
セラフィムに斬りかかろうとする賊の足元の草が、わさわさと急成長し男の足を絡めとった。
渾身の力を使っているらしいラフレーズは、髪が逆立ち、美しい顔が露わになっている。
「うわっ! 動けない!」
矢でセラフィムを狙っている賊には、真雪が氷魔法で弓を凍りつかせて引けないようにする。
焦った男が力任せに凍った弓を引くと、ポキンと弦が折れてしまった。
真雪は空中を駆け抜けながら、賊の弓を次々と凍らせて行った。
「くそッ、どうなってるんだ!?」
何人かの足止めに成功したものの、賊たちは次から次へと湧いて出てくる。
『春翔、この剣を使え!』
セラフィムが自分が持っていた剣を、春翔の方へと投げた。
そして自分は、草に足止めされている男を殴りつけて剣を奪う。
『賊はまだまだいるらしい。春翔、油断するなよ。この国では、襲ってきた相手を返り討ちにしても罪にはならない!』
セラフィムはそう言うと、斬りかかって来た賊の剣を跳ね返し、返す刀で利き腕を切り落とした。
「ぎゃあーーーっ!」
春翔とセラフィムは背中合わせになると、襲い掛かってくる賊たちを睨み付けた。
『一人ひとり相手にしていてはキリがない! 纏めてぶった切る!』
剣を構えて自分たちを囲い込む賊の腹部を狙い、セラフィムは手にした剣で大きく薙ぎ払った。
ズバアアアァァァァァァァッ!
剣の届く距離ではなかったにもかかわらず、腹部に激しい衝撃を受けた賊たちは声もなくバタバタと倒れ込む。
目を真っ赤に染めて感情を高ぶらせたセラフィムが、神力を剣に乗せ波動を放ったのだ。
通常ではありえない光景に、春翔も春翔側にいた賊たちもみんな呆気に取られていた。
『春翔!』
鋭く名を呼ぶセラフィムの声にハッと我に返った春翔は、自分も神力を発動して剣に乗せ、賊の腹部をめがけて薙ぎ払った。
ズバアアアァァァァッ!
春翔側の賊たちもバタバタと倒れ込み、うめき声をあげている。
見よう見まねで試してみたが、力の加減などまったく分からない。
体が真っ二つにならなくてよかったと、春翔は密かにほっとしていた。
しかし、そんな迷いが剣に出たのか、セラフィムよりも威力が弱かったらしく、よろよろと起き上がろうとする者がいた。
そこをラフレーズが、すかさず蔦を使って男をぐるぐる巻きにする。
よく見ると、セラフィム側の倒れた賊たちも既にぐるぐる巻きになっていた。
「どうした! 早くかかってこい! 一人残らず叩き切る! 逃げられると思うなよ!」
いまだ興奮状態のセラフィムが賊を煽る。
しかし、賊は魔法にしか見えない二人の剣技に恐れをなし、顔面蒼白で既に戦意を失っているようだった。
春翔は、父の傍に寄ると、賊を警戒しながらも落ち着いた声で話しかけた。
『とーちゃん……、とーちゃんが無抵抗の人を殺したら、かーちゃんが悲しむよ。早く捕まえて、かーちゃんのところへ戻ろう。海翔も心配しているよ。』
『……っ! ーーーそうだな、春翔の言う通りだ……。』
春翔は頷くと、賊に向き直って声を張り上げた。
「ぶきをすてなさい! ていこうしなければころしません!」
春翔に促された賊の一団は、一人、また一人と剣を投げ捨てていった。
『ラフレーズ、賊の拘束を頼めるかな?』
『はいっ、お任せください!』
賊の足を絡め取ったり拘束したりと、地味に大活躍するラフレーズだった。
春翔とセラフィムがテラスへ戻ると、戦闘を終えたソール、スカーレット、そしてウンディーネが現れた。
『ソール! そっちはもう大丈夫?』
『ああ、俺と戦った奴らには雷落としてやったからな。気を失って倒れてるぜ。』
ビリビリと戦いの余韻を残したソールが仁王立ちになっている姿は、スクリーンで見るハリウッド映画さながらの大迫力だった。
『私が戦った相手は火の中にいるわ。たぶんまだ死んでないと思うけど。』
『はっ!? まさか焼き殺したのっ!? 俺、グロいの無理なんだけど……。』
『私達精霊は人間を殺さないわ。地面に円状に火をつけて、その中に閉じ込めてるだけよ。ちょっとは焦げてるかもしれないけど。』
人間を殺さないと言いつつ、やけどを負わせるくらいは何とも思っていないような口ぶりだった。
『ああ、そう……。ウンディーネも戦ってくれたんだ? ありがとな。』
春翔は引きつりながら、スカーレットの隣にいるウンディーネに視線を移し礼を言った。
ウンディーネは襲撃が恐ろしかったのか、硬い表情のままコクリと頷いた。
セラフィムは横たわる妻の傍らで、胸が押しつぶされるような狂おしい後悔に苛まれていた。
『莉奈……。すまない……。俺が助言通りに指輪に神力を注いでおけば、こんなことにはならなかった……。ああ! どうして俺はあの時すぐに神力を注がなかったんだッ!』
『セラフィム。』
ウィルがセラフィムに話しかけるが、セラフィムの耳には入らない。
『莉奈っ、俺を置いて死なないでくれ……ッ!』
とめどなく涙を流しながら、ついにはガバリと妻の体に覆いかぶさる。
周りの者は痛ましそうにセラフィムを見ているが、何と言っていいのか言葉が見つからなかった。
『セラフィム。セラフィム!……あの、セラフィム……?』
『莉奈ーーーーーーッ!』
激しく慟哭するセラフィムの声に、ウィルの声が打ち消されてしまう。
『セラフィムッ!!! 話を聞けっ!』
見かねたソールがずいっと前に出て一喝した。
『ソール……。』
『落ち着いてウィルの話を聞け。』
セラフィムが頷くのを見ると、ソールはウィルのために場所を譲った。
そしてウィルは、セラフィムを安心させるように優しく微笑んだ。
『セラフィム、そんなに泣かないで。ここからは僕の出番だよ。』




