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第69話 結婚パーティ



いよいよ心待ちにしていたレオンとアリシアの結婚パーティ当日を迎えた。

朝早くから莉奈と美優、それにジョーンズ家の使用人たちは準備に追われ、目の回るような忙しさだ。


アリシアにはレオンよりも一足早くジョーンズ邸へ来てもらい、莉奈がヘアメイクと着付けを行った。


着付けと言ってもアリシアが着ているのは手持ちの白いワンピースだが、 莉奈と美優が手作りしたウエディングベール、ウエディングブーケ、それに莉奈から借りた真珠のアクセサリーなどで精一杯の花嫁衣裳とした。


アリシアは鏡に映った自分を呆然と見つめて、信じられないというような表情をしている。


「これが私……? こんなに変わるなんて信じられないわ……。」 


アリシアの顔には、莉奈の手によって美しくメイクが施されている。

化粧品といえば口紅くらいしか持っていなかったアリシアにとって、ベースメイクはもちろんのことアイラインやマスカラまでのフルメイクは未知の世界だった。


「アリシアさん、とってもキレイ! レオンさんぜったいよろこぶ!」


「ほんとうにきれいです。もともときれいですが、おけしょうをするととてもはなやかです。」


莉奈と美優が口を揃えてアリシアを褒める。


「こんなにしていただいて……。本当にありがとうございます。お国の結婚式はこんなに大掛かりなのですね。このベールも花束も装飾品もとても綺麗です。」


「さいしょはこうやってベールをおろして顔をかくします。けっこんあいての前にたつと、あいてがベールをあげるんです。ーーーこんなふうに。」


莉奈はベールを上げる様子を実演つきで説明した。


「すごい……。何かの儀式のようですね。」


「そうです、けっこんしきです! あいてを一生あいするとちかうぎしきですよ。」


「…! はいっ! 私、一生レオンを愛すると誓います!」


「アリシアさん、まだはやい! それはレオンさんがきてからいう!」


一人で誓いの言葉を言うアリシアに、からかうように指摘する美優だった。




タタタターン……


テラスにドンと置かれた大きなピアノで、莉奈とフローラによる結婚行進曲の連弾が始まった。


もともとピアノが上手いフローラが莉奈の練習する結婚行進曲をあっという間に覚えたため、急遽二人で連弾することになったのだ。

ちなみにこのピアノは、この日のためにスカーレットの転移で王都から運んできたフローラの私物である。


ざわざわと歓談していた招待客は、耳慣れないピアノの音に気付くと驚いてぴたりと口を閉じた。

ピアノは大変高価な楽器であるため、庶民には縁がない代物なのだ。



テラスの一角にしつらえた祭壇代わりの場所の中央にセラフィムが立ち、緊張の面持ちのレオンが左手に立ってアリシアの登場を待っている。


ドラマティックな音楽と共に、両親に付き添われたアリシアがテラスに隣接した温室から現れた。

長い純白のベールで顔が覆われその表情は見えないが、神秘的な雰囲気を漂わせている。

アリシアは莉奈の指導通り、一歩一歩ゆっくりと時間をかけてレオンへと近づいていく。



曲が終わると同時に、大きな拍手と共にやんややんやの大歓声が起こった。


「これはこれは! まるで劇を見ているようだね!」


「すげえ! 俺もこんな風に結婚したい!」


ブルースとエヴァンスが感心したように声をあげた。

招待客の女性陣は羨ましげにアリシアを見て、私もこんな風にしたかったとため息をついている。


「えー、みなさん、静粛に。それでは、レオンさんとアリシアさんの結婚パーティを始めたいと思います。まずは、本日結婚する二人のため、誓いの儀式を執り行います。」


セラフィムに促された招待客は、固唾を呑んで儀式の進行を見守った。


「レオンさん、アリシアさんのベールを上げて、顔が見えるようにしてください。」


「は、はい!」


ガチガチのレオンは、ぜんまい仕掛けのようなギクシャクとした動きでアリシアのベールを上げた。

ベールの下から現れたアリシアの顔は、今までレオンが見た中でも特別に美しく輝いている。

招待客からも、ほうっというため息が漏れた。


「ーーーアリシア! 綺麗だ……。」


アリシアに見とれて一瞬言葉を失ったレオンだったが、アリシアの微笑を見てはっと我に返った。


「ありがとう。レオンも素敵よ。」


ブルースが貸してくれた服を着てめかしこんだレオンは、今日は髭もきちんと剃って髪も整えているため、いつもより数段男ぶりがあがっている。


「それでは、レオンさん、アリシアさん。病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、死が二人を分かつまで、愛し、敬い、誠実であることを誓いますか?」


「「……!」」


レオンとアリシアは、初めて聞く誓いの言葉に胸を打たれて言葉が出なかった。

いついかなる時でも共にありたい。

大きな苦難を乗り越えてこの日を迎えた二人は、心からそう思った。


「誓いますか?」


再度問われたレオンとアリシアは、こくこくと何度も頷き、こみ上げる涙を堪えながら誓った。


「はい! 誓います!」


「私も、一生レオンを愛すると誓います!」


セラフィムは二人に微笑むと厳かに言った。


「ここに二人を夫婦として宣言します。レオンさん、アリシアさんに誓いのキスを。」


レオンはアリシアにそっとキスをすると、アリシアの体をぎゅっと抱きしめた。

見守っていた招待客からは、一斉に割れるような拍手が起こった。


新郎新婦の頬に堪えきれなくなった涙が溢れ出ると、ハンカチで目元を押さえる招待客が続出する。

この日のために村から出てきた二人の両親も、大きく頷きながら泣き笑いしていた。


「それでは、堅苦しいことはここまでにして、あとは楽しく飲んで食べて二人の結婚を祝いましょう! 今日の料理は私の妻とミユが作った、私たちの故郷の料理です。どうぞたくさん召し上がってください。」


わっと歓声があがり、大量の料理が載ったテーブルの方へと人々は移動していった。

今日のパーティはビュッフェ式だ。

たくさん食べるこの国の人たちのために、好きなものを好きなだけ食べてもらおうとテーブルに乗せきれないほど用意してある。





小一時間ほどして、招待客が存分に料理を楽しんだ頃を見計らって、セラフィムはアリシアの両親へ話しかけた。


「失礼ですが、アリシアさんのご両親で間違いないでしょうか? よろしければ、あちらの温室で少しお話できないでしょうか?」


セラフィムに話しかけられたアリシアの両親は、こうなることを予測していたらしく、静かに頷いてセラフィムの後に従った。


「改めて自己紹介させていただきます。私はこの屋敷の主、セラフィム・ジョーンズです。実は以前アリシアさんにもお話を伺ったのですが、ご両親からもぜひお話をお聞きしたいと思ってお越しいただきました。」


「私はアリシアの父のアリステウスと申します。」


「母のレティシアと申します。」


お互いの自己紹介が済んだところで、セラフィムはアリシアの両親に席を勧めた。


「アリシアさんから既に聞いているかもしれませんが、私は31年前の襲撃事件の犯人を探し出したいのです。もし何かご存知のことがありましたら、お話いただけないでしょうか?」


「あなたは一体なぜ犯人を探し出したいのですか? 犯人探しなど、自分だけではなく家族まで危険に巻き込むことになります。」


アリステウスは、なぜ危険なことをするのかと問いただした。


「それはーー、私が31年前の襲撃事件の被害者の一人であるからです。あなた方もそうなのではないですか? あなた方はヒュドール侯爵家の方なのでしょう?」


「被害者……。」


「私の本当の名はーーー、」


セラフィムは少し躊躇したが、信頼を得るため思い切って本名を明かすことにした。


「ーーセラフィエル・アクティース。表向きは両親と共に殺されたことになっていますが、密かに両親に逃がされこうして生き残りました。私は両親の無念を晴らしたいのです。」


セラフィムの本当の名を聞くなりアリシアの両親は真っ青になり、ガクガクと震えだした。

どうしたのかとセラフィムがいぶかしく思っていると、アリシアの両親は席を立って床に跪いた。


「セラフィエル・アクティース様…! 申し訳ございません! なんと、なんとお詫びしてよいのかわかりません!」


「ああ、セラフィエル様! 申し訳ございません! すべて私のせいなんです!」


いきなり跪いたかと思えば、レティシアはあの事件は自分のせいだという。

セラフィムは混乱したが、この二人が事情を知っていることは間違いがないようだった。


「どうか落ち着いてください。この部屋はガラス張りですから、外から見た人が変に思います。椅子に座ってください。」


アリシアの両親は促されて、項垂れながら席に着いた。


「お願いします。もし私に悪いと思っているのなら、どうか真実を話してください。」




セラフィムの言葉に覚悟を決めたレティシアは、静かに31年前の出来事を語り始めた。






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