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第68話 ディアンソス男爵家にて


「それじゃあ、試験勉強がんばってね! 秋にまた会えるのを楽しみにしているよ。」


フォルミオンは正面玄関まで見送りに出ると、にっこり笑って子ども達に手を振った。


「お忙しいところお時間を作っていただき、誠にありがとうございました。子ども達のことをどうぞよろしくお願いいたします。」


「うんうん、ちゃんと面倒見るから心配しないでね。それじゃーーーー、うん!?」


フォルミオンは握手のためにセラフィムに手を差し出しかけて、セラフィムの指にはまる指輪の存在に気が付いた。


「その指輪、神力が空だね!? 何で使わないの?」


「えっ……、日常的に使うものなのですか? 正しくはどのような使い方をするのでしょうか?」 


長年両親の形見の品として指輪を身に着けていたセラフィムには、正しい使い方があるとは思いがけない指摘だった。


「常に宝玉に神力を補充しておくべきだろうね。例えば不意の攻撃をされた時に、その指輪の神力を使って守護精霊が結界を張ったら助かるだろう? 君の神力の発動を待つより、指輪から取った方が早いからね。神力がなければ結界も転移も使えないんだから、いつでも使える状態にしておくに越したことはないよ。」


「なるほど。よくわかりました。早速今夜にでも補充してみます。」


「うん、それがいいね。」


一同はフォルミオンに礼を言ってその場を辞した。





「それでは次に、私の姉の屋敷、ディアンソス男爵家へご案内いたします。王都へ転移する際の拠点となる屋敷で、表向きはお子様方の下宿先ということになります。」


フローラは馬車の中で次の訪問先を告げた。


『あらっ、そういえば手ぶらで来ちゃったわ! あなた、どこかのお店に寄れないかしら?』


『俺も手土産なんて何も考えてなかったな。うーん、そんな都合よく店が見つかるかな?』


フローラは、あたふたと小声で何事か話し込む夫婦に気付いて声をかけた。


「どうかなさいましたか?」


「いや、お恥ずかしい話ですが、手土産を用意するのをすっかり失念していまして。どこかの店に立ち寄れないかと話していたのです。」


セラフィムは困り顔で言った。


「あら、どうか気を使わないでください。」


「しかし、子ども達がこれから世話になるというのに……。」


「姉たちは気にしませんわ。それに、妹の私がこれからエリミアの街でお世話になるのですから、お互い様ですわ。」


馬車の窓から見えるのは住宅街のみで、店がある大通りまで戻ってもらうのも申し訳ない。

セラフィムはフローラの言葉に甘えることにした。


「ーーそう言っていただけると……。それでは今回はお言葉に甘えさせていただきます。」


フローラは笑顔で頷いた。




馬車を走らせて10分も経たないうちにディアンソス男爵家の屋敷に到着した。

エリミアの街のジョーンズ邸よりもこじんまりとしているが、貴族の住まいらしく瀟洒な趣のある屋敷だった。


一行は玄関前で馬車を降りると、先導するフローラの後へ続いた。

コンコンというノッカーの音を聞きつけた初老の執事は、扉を開けるとうやうやしく一礼して一行を中へと招き入れた。


しばらくして、フローラよりも5歳ほど年上に見える金髪の女性が、娘と思われる女の子を伴って居間へとやってきた。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたわ。私はフローラの姉でアウローラと申します。この子は私の娘のマリアンナです。12歳で、聖マルガリーテス学園の1年生なんですのよ。」


「マリアンナです。よろしくお願いいたします。」


アウローラと名乗った女性も、娘のマリアンナもたれ目で可愛らしい。

マリアンナは12歳にして美優より背が高く、ふわふわの金色の巻き毛に大きなリボンがよく似合う美少女だ。


「こちらこそよろしくお願いいたします。私はセラフィムです。それから、妻のリナに上の息子のハルト、下の息子のカイト、友人のユージに、ユージの娘のミユです。12歳なら下の息子のカイトと同じ年ですね。」



「「「「「よろしくおねがいします。」」」」」



セラフィムに紹介された一行はぺこりと頭を下げた。


頭を上げた時にマリアンナと目があった海翔は、にこりと微笑んだ。

笑いかけられたマリアンナは、カイトを見て恥ずかしそうに頬を染めている。


『ふう……。春ちゃん、なんかこの部屋急に暑くなったね?』


『ほんと、あっちいなー。…………はッ!』


春翔が見るとはなしにぐるりと部屋を見回すと、扉の陰から半分顔を出すスカーレットの姿が目に入った。

明らかに髪がメラメラと燃えている。


『か、海翔! 見てる…! スカーレットさんがお前を見てるぞッ!』


『えっ?』


春翔にひそひそと耳打ちされて辺りを見回すと、海翔の目にもスカーレットの姿が見えた。

海翔は動じることなく、スカーレットにニコッと王子様スマイルを送る。

そして海翔に笑いかけられたスカーレットは、満足げに微笑むとふっと消えてしまった。


「どうかなさいまして?」


「い、いえ。なんでも。」


セラフィムは作り笑いでお茶を濁した。


「まだこの国に慣れていらっしゃらないとお聞きしていますわ。私どもで力になれることがありましたら、遠慮せずお話くださいませ。」


「ありがとうございます。」


「今日はあいにく夫のマリオンは留守にしておりますが、昼食を用意しておりますの。お食事をしながらお話をいたしましょう。」


「これはお食事時にお邪魔して申し訳ありません。」


もうそんな時間だったかとセラフィムは焦った。

初めて訪れる家に昼時に大人数で押しかけた上、食事をご馳走になるとは何とも気まずい。


「ふふっ、最初からこの時間にお連れする予定で姉に準備してもらってたんです。ですから遠慮は不要ですわ。」


食事の席では、マリアンナとの関係は対外的にどう説明するか、偽装のための下宿先ではあるが一応部屋を用意しておくべきかなどが話し合われた。


学校では、マリアンナと春翔たちは遠い親戚ということで話を合わせることにして、実際に宿泊するわけではないため部屋は不要だろうということになった。

毎朝ジョーンズ邸から男爵家へ転移し、マリアンナと一緒に馬車で学校へ通うと言うことで話は落ち着いた。




2時間ほどディアンソス男爵家で過ごした後、一行は宿へと戻ってきた。

フローラとは宿の前で別れ、明日の昼頃に馬車で宿へ迎えに来ることになっている。

そのまま男爵家へ全員で行き、男爵家の敷地から馬車ごとジョーンズ邸へ転移するのだ。


子ども達と優士は夕食の時間になるまで観光に出かけ、セラフィムと莉奈は宿の部屋でゆっくりくつろいで過ごした。

宿の食堂で夕食を取りながらおしゃべりを楽しんでいると、美優がこんなことを言い出した。


『あーあ、こんないいホテルに泊まってるのに今日もパパと同じ部屋かー。そうだ、部屋割り変えてみる?』


セラフィムは美優の発言を聞くなり、莉奈の手を取ってサッと立ち上がった。


『ああ、今日はいろんな人に会ってなんだか気疲れしたなあ! 俺と莉奈はもう休むよ。じゃ、おやすみ!』


棒読みでそう言うと、返事も待たずに素早く立ち去ってしまった。


『ぶはっ、逃げ足早いな! 美優のせいだな!』


『ええー、なんで私のせい?』


優士が噴き出しながら言うと、美優は不満げに頬を膨らませた。


『セラフィムは嫁と同じ部屋がいいに決まってるだろ。お前、空気読め。』


『だって家に帰れば毎日同じ部屋なんだから、一日くらい別にいいじゃない。』


『それでも一緒にいたいんだよ。5年も離れてたんだからな、わかってやれ。』


優士は腕を組んで、したり顔で娘を諭した。


『はあい。じゃあ私たちだけで部屋割り変える?』


美優は諦めの悪い女だった。


『ダメだダメだ! お前、もう14歳なんだぞ! 春翔にしろ海翔にしろ、同室じゃ問題ありすぎだろ!』


『えーでも、小さい頃からずっと一緒なんだから別にいいじゃない。ウィンタースティーン商会では春ちゃんと同じ部屋に泊まってたし。』


『ぬあーーーーーにぃーーーーー!? 春翔、今の話は本当なのか!』



優士が鬼の形相で春翔を睨んだ。


『へっ!? ほんとだけど。だってさ、空いてる部屋が一部屋しかなかったんだよ。』


『お前……、信用してるからな! 信用していいんだな!?』



優士は春翔の肩を掴むとがくがくと揺さぶった。



『へっ!? う、うん。信用していいよ。』


ガルルと唸り声をあげんばかりに睨みをきかす優士に辟易しながら春翔は答えた。




一方その頃、無事に自分たちの部屋を死守出来たセラフィムは、莉奈と二人で笑いながらぼすんとベッドに転がった。



『危ないところだったな。』



『ふふふ、でも確かに中三にもなってお父さんと同じ部屋じゃ、嫌がるのも無理ないわね。』


『しらん! 何人たりとも俺たちを引き裂くことはできない!』


そう言ってセラフィムは妻の体をぎゅっと抱きしめた。


『ぷっ、セラフィったら! でも嬉しいわ、これからはずっと一緒にいられるのね……。なんだか夢みたい。』


『夢じゃないさ……。』



セラフィムと莉奈はお互いの顔を見つめ合った。


『セラフィ……。』


『莉奈……。』


指輪に神力を補充する話はどうなってしまったのか。

妻とイチャイチャするのに忙しく、フォルミオンの助言がすっかり頭から消え去っているセラフィムだった。











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