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第67話 学校見学



アレス叔父が乗る馬車を皆で見送った後、パンテレイモンとエウフェミアは続いて春翔たちの見送りをしてくれた。


「皆さん、エリミアの街では大変お世話になりました。王都へいらっしゃる際はぜひ神殿へもお立ち寄りください。またお会いできる日を楽しみにしております。」


「こちらこそアクティース領の村を救っていただき、本当に感謝しております。お二人のご尽力がなければ村人達がどうなっていたことか。パンテレイモンさんとエウフェミアさんも、またぜひエリミアの街へお越しください。皆でお待ちしています。」


セラフィムとパンテレイモンはお互いに感謝の意を伝えると、固く握手を交わした。


「ハルトたちは王都の学校へ通うんですもの、いつでも遊びに来てちょうだい。学校で困ったことがあったら私に言うのよ。」


エウフェミアはそう言うと、いたずらっぽくパチンとウインクした。




別れの挨拶を終え、一行は神殿を後にして入学予定の学校へと向かった。

15分ほど馬車を走らせると、レンガ造りの塀でぐるりと囲まれた中に、塀と同じ赤レンガ造りの大きな建物が見えてきた。

門番に来訪を告げ、馬車に乗ったまま正面玄関へと進む。


「こちらがこれから入学する予定の聖マルガリーテス学園です。もう間もなく夏季休暇に入りますので、夏季休暇後の新学期から始めるのがよろしいのではないでしょうか。」


すぐに学校に通い始めるのかと思いきや、もうすぐ夏季休暇に入るのだという。

少々肩透かしを食らったように感じたが、入学前に読み書きを習得するのにちょうどよい準備期間になる。


「こちらの校長はアレス様が懇意にされている方ですので、無試験での入学を特別に許可していただけたのです。本日の見学も、校長自ら案内を買って出てくださいました。」


「それは大変ありがたいですが、校長先生自らとはお忙しいところ恐縮です。」


「ふふっ、校長も楽しみにしていらっしゃいましたから、どうかお気になさらず。とても気さくな方なんですよ。アレス様と気が合う方ですから。」


ニコニコと笑顔を浮かべながら校長室へと先導するフローラに、一同はきょろきょろしながらついていった。


フローラは一つの扉の前で立ち止まると、コンコンとノックをした。


「やあ! 待っていたよ!」


ガチャリと扉を開けたのは、きらめく長い銀髪を持った美しいエルフだった。


「えっ、エウフェミアさんっ!?」


「ミア!!」


春翔と優士は、なぜここについ先ほど別れたばかりのエウフェミアがいるのかと驚きの声をあげた。


「ははは、そんなに似てるかい? 僕はフォルミオン。パンテレイモンの息子で、エウフェミアの父親だよ。」



「「「「「「ええっ!」」」」」」



何も知らされていなかった一行は驚きの声をあげた。


「まあ、そういう訳で、僕ともぜひ気軽に話してくれると嬉しいな! 困ったことがあったらいつでも相談に乗るからね。」


「あ、ありがとうございます。それにしてもよく似ていらっしゃいますね。エウフェミアさんと同じ年頃に見えますから驚きました。」


「はは、エルフだからね! こう見えても400歳は超えてるよ。僕の父もつい最近までそっくりだったんだけど、とうとう老化が始まってしまってね。もうあと50年程しか生きられないだろう……。」


フォルミオンは悲しげに眉を寄せた。



「「「「「「…………。」」」」」」



あと50年程しか生きられないのはこの場にいる人間全員に言えることであった。

普通の人間である春翔たちは、父親の寿命が近いことを悲しむエルフにかける言葉を失っていた。


「さあ、校舎を案内しよう。いまは授業中だから教室は見られないけど、食堂や音楽室や球戯場なんかは見られるよ。それに自分の学年の教室を外から覗くくらいはいいだろう。ーーーところで、君たちは年が離れているようだけど、みんな1年生からでいいのかな?」


「年齢は、ハルトが15歳、ミユが14歳、カイトが12歳です。1年生は何歳が対象なのでしょうか?」


学年のことをすっかり失念していた。

さすがに中三と小六が同じ学年から始める訳にも行かないだろう。


「高等部の1年生は12歳から15歳が対象だよ。12歳から入学した生徒は15歳で卒業、15歳で入学した生徒は18歳で卒業になるね。」


「そうですか。私たちが暮らしていた国では、ハルトとミユは中等部の3年生で、カイトは初等部の6年生でした。」


「中等部? それはこの国にはないなあ。この国は、初等部が3年、高等部が4年の7年間が教育期間だよ。カイトは1年生からでいいとして、ハルトとミュウは編入試験を受けてみるかい? 成績次第で2年生や3年生に編入してもいいよ。」



「「しけん…………。」」



編入試験と聞いた春翔と美優はどんよりと暗い顔になった。

何しろ読み書きが出来ないのだ、いい成績など取れるわけがない。


「入学までまだ少し時間があるよ。試験勉強がんばってみるかい?」


試験に受かる自信はないが、小学生の海翔と同じ学年というのは出来ることなら避けたい。

しょんぼりしながら頷く春翔と美優だった。





王宮の敷地内にある小さな離宮で、アレスは地味な色合いの外出着から豪華な衣装に着替えていた。

ここはアレスが住まいとしている離宮で、最低限の侍女、侍従、護衛騎士しかいない。


若い侍従に手伝われながら衣装を身に着けているところへ、アレスと同じ年頃の侍女が入室してきた。


「アレス様、ただいま使いの者が参りまして、先王陛下がアレス様のお越しをお待ち申し上げていると言付けて行きました。お早くお仕度された方がよろしいかと存じます。」


「やれやれ。少しくらい待っていただきたいものだ。ーーどうだ? おかしなところはないか?」


上着に袖を通し襟を整えたところで、侍女に最後の確認をした。


「ございません。いつも通り、とても素敵ですわ。」


侍女は、久しぶりに豪華な衣装に身を包んだアレスを見て目を細めた。




アレスが王宮の本殿の一室に入ると、既にテーブルについて待ち受けていた先王ヘリオスから声がかかった。


「おお、アレス! 待っていたぞ。」


ヘリオスはアレスとよく似た顔立ちながらも、長年の体調不良のせいもあり実年齢よりたいぶ年上に見える。

アレスよりも髪の色も目の色も薄く、顔色は青白かった。


「兄上、お久しぶりです。お加減はいかがですか?」


テーブルには先王妃エルジェーベトと、側室アスパシアも同席していた。

先王妃エルジェーベトは栗色の髪に緑色の目を持ち、常に微笑をたたえている大人しそうな女性だ。


一方のアスパシアは、輝く金髪に青い目の目鼻立ちのはっきりした華やかな美女である。

この2人が顔を合わせるのは珍しいと思いつつ、アレスは顔には出さないよう努めた。


「うむ。今日は体調がよいのだ。エルジェーベトとアスパシアもお前の話が聞きたいそうだ。」


「エルジェーベト様とアスパシア様もご機嫌麗しいようで何よりです。相変わらずお美しいですな。」


見え透いたお世辞だったが、言われた方は満更でもないようである。


「まあ、アレス様ったらお上手ですわ。」


「ほほほ、本当ですわね。」


先王の二人の妃は、扇で口元を隠しながら機嫌よく返事をした。


「アレス、アクティース公爵領は変わりなかったか?」


「はい。エリミアの街は変わりありませんでした。しかし、獅子竜の被害に遭った村を視察したのですが、そこは酷い有様でした。」


「そうであったか……。しかし、被害に遭った村はアステールが支援したのであろう?」


「ーーー私が着いた時にはまだ支援が届いていないようでした。……王都と被害に遭った村は遠いですからな。しかし、幸いにもパンテレイモンとエウフェミアが同行していましたので、飢え死にする危険は免れました。」


現王アステールの母であるアスパシアの前で、被災地の支援は行われていなかったとは言い難い。

しかし、嘘の報告をする訳にもいかず、アレスは何とか当たり障りのない答えをひねり出した。


「そうか……。アクティース公爵領は遠いからな。アレス、よくやってくれた。」


「アレス様、今回の旅の護衛に、獅子竜を討伐された英雄殿を雇われたとお聞きしましたわ。英雄殿はどんな方ですの?」


アスパシアから英雄について問われた。

疑いたくはなかったが、アスパシアに31年前の襲撃事件に関わっているという噂がある以上、アレスはセラフィムのことを知られたくはなかった。

アレスは、頭の中で慎重に考えながらアスパシアの問いに答えた。


「ーーーはい。英雄の名にふさわしく、強く逞しい男でしたな。それに爽やかで気持ちの良い人格の持ち主でもあります。」


「まあ。すっかり気に入られたご様子ですわね、ほほほ。」


抽象的な人物像しか答えなくても、アスパシアは特に気にする様子はない。


「エリミアの街では公爵邸にお泊りでしたの? 確か今は代官が住んでおられるとか。」


今度はエルジェーベトがエリミアの街での滞在先を尋ねた。


「くだんの英雄殿が、陛下よりアクティース公爵家の別邸を賜ったのです。エリミアの街への道中、いたく気が合ったものですから、今回はそちらに世話になりました。」


「まあ。そこまでお気に召しましたの? アレス様がそこまで気に入られた英雄殿に、わたくしもぜひお会いしてみたいものですわ。」


「ーーーははは、エリミアの街は遠いですからな。紹介する機会がないのが残念です。そうそう、そういえばこんな面白い出来事がーーーー。」


これ以上セラフィムに興味を持たれて、王宮へ呼べなどと言われては命取りになりかねない。

襲撃事件の犯人が捕まるまでは、セラフィムの存在は隠し通さなければならないのだ。


背中に冷たい汗が滴るのを感じながら、アレスは強引に話の転換を図るのだった。






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