第61話 商品開発会議
貸し馬屋のホクホク顔から察するに、セラフィムは二頭の馬を相場よりもかなり高値で掴まされたようだった。
しかし当の本人は気にする様子もなく、春翔と二人で自分のものとなったそれぞれの馬を撫でてご満悦の表情だ。
粘りに粘って手に入れた馬は、屋台巡りには連れて行けないため、しばらく貸し馬屋の店先に繋がせてもらうことになった。
『やっぱり、私がしっかりしないと破産する……。』
美優は、金銭感覚のおかしい大人たちを当てにするより、売れる商品を企画してしっかり稼ごうと心に決めた。
そのためにもマーケティングには手を抜けない。
『わあー、たくさん屋台が出てるなあ。お祭りみたいだ。』
前回海翔が街に来たときは、大急ぎで服を購入してすぐ屋敷へ戻ったため、ゆっくり屋台を見て回る暇などなかった。
初めて見るエリミアの街の屋台に、海翔はキラキラと目を輝かせていた。
『へえー、こっちは串焼きの屋台かあ。あっちは焼き肉? こっちは肉の塊…、って肉ばっかり!?』
『驚くよね…。ほぼ肉の屋台だよ。しかも適当に焼いて塩で味付けしただけ、みたいなのばっかり。』
『チョコバナナとか、クレープとか、かき氷とか、たこ焼きとか、お好み焼きとか、イカ焼きとか、焼きとうもろこしとか、そういうのは…?』
いくら異世界と言っても、さすがに肉オンリーということはないだろうと思いたかった。
『ない。』
きっぱりと否定する美優に、海翔はがくりと肩を落とした。
『あら、じゃあ早速ビジネスチャンスね。いくら好きでも、ただ焼いたお肉ばっかりじゃ飽きるもの。珍しいものを売ってる屋台があればきっと興味を引くわ。』
『そうだね!』
莉奈の意見に美優も頷いた。
春翔とセラフィムと優士はというと、話も聞かずに勝手に串焼きを購入しているところだ。
本当にマーケティングをする気があるのか疑わしい。
『あなた、いろんなものを少しずつ買ってね。まだ中央広場の屋台もあるし、たくさん買っても食べきれないわ。』
『そうだな。じゃあ次から二人で一人前にするか。』
セラフィムは莉奈に串焼きを一本手渡しながら言った。
『こっちは見渡す限りお肉の屋台ねえ……。やっぱりブルースさんおすすめの中央広場の方がよさそうよ。早く行ってみましょう。』
『えーっ、もう!? まだ串焼きしか買ってないのに?』
春翔がムグムグと串焼きを頬張りながら文句を言う。
『春翔、今回は食べ歩きが目的じゃなくて、マーケティングが目的なのよ? それにお肉の屋台なら中央広場にも嫌というほどあるわよ、きっと。』
『そっか、肉はどこにでもあるもんな。じゃあいいよ。』
場所を移して中央広場に着くと、正門前広場とは雰囲気が一変していた。
肉の屋台ももちろんあるが、それだけではなく、焼き菓子を売る屋台やお茶を売る屋台がちらほら見えた。
串に刺したカットフルーツに練乳のようなシロップを塗って売っている屋台もある。
中央広場には甘いものを売る店があるためか、正門前広場に比べて女性客が多いようだ。
真ん中にはいくつかのテーブルや椅子が置かれており、日本のフードコートを思わせる作りだった。
莉奈も美優も一目で中央広場が気に入った。
『確かにこっちの方がずっといいわ。ブルースさんのおすすめだけあるわね。』
『うん! こっちの方が見た目が整然として綺麗だし、いろいろ種類があるから見てて楽しい! こっちで決まりだね。』
男たちの意見は聞かれることなく、無事に出店場所が決定したようだ。
どの屋台の売れ行きがいいか注意深く観察していると、やはり肉の屋台は種類を問わず人気があるようだった。
しかし、客層を女性と子どもに絞るなら、焼き菓子の屋台が圧倒的に人気がある。
定番の肉で行くべきか、それとも甘いお菓子にするか悩みどころだ。
屋敷に戻ると、早速食堂に集まり第1回商品開発会議を開催した。
『こっちの人はかなりボリュームがある方がいいと思うのよね。どんぶり物なんかどうかしら? 牛丼とか、かつ丼とかお肉メインのもので。』
莉奈がいち早くアイデアを出した。
『却下!! 何言ってんだよ、かーちゃん! 米は貴重なんだぞ! 日本と違っていつでもスーパーで買えるってわけじゃなくて、自分で育てて、稲刈りして、精米してって、とてつもなく手間暇がかかるんだ。精米だってまだ上手くいくかどうかわからないのに、そんな簡単に売りたくない!』
俺の米に何するつもりだとばかりに春翔が吠える。
さも大変な思いをしたかのように手間暇を強調しているが、実際に春翔がやったことと言えば、稲刈りと稲を干す作業くらいである。
一番の重労働だった田んぼ作りは、ほとんどマルクとセラフィムで担当したのだ。
『あら、そうなの。じゃあー、そうねー。洋食ならいいわけでしょ? ハンバーガーとかケバブとか、お肉メインで食べ応えのあるものならいけるんじゃないかしら? 女性客にはファラフェルもいいかも。ピタパンにお肉の代わりにお豆のコロッケを挟む食べ物よ。』
『あっ、いい! 私もそれいいと思う! こっちの屋台ってさ、串焼きとかローストビーフみたいなやつとか、肉のみで売ってるでしょ? パンに挟んであるのって見かけたことないし、栄養のバランス的にも肉だけよりいいよね。』
美優も肉とパンを組み合わせることに乗り気のようだ。
『栄養のバランスというならトマトとレタスくらいは挟みたいわよね。どうして生野菜食べないのかしら?』
『どうしてかな?』
莉奈と美優は、うーんと唸った。
『生だと硬いからじゃないか? こっちの野菜は、見た目は似てても日本の品種とは違うからな。それに井戸水で洗ってあればいいが、川の水で洗ってある場合は生で食べると腹をこわすんじゃないかな。』
『それなら、日本から持ってきた野菜の種。これで日本の柔らかいレタスとトマトを育てれば、ハンバーガーに挟めるんじゃないかしら?』
『わあ、そうだった! 日本の野菜の種があった! これはいける、いけるよ莉奈ママ!』
美優と莉奈は手に手をとってキャッキャと嬉しそうだ。
『野菜かあ。俺も久々にサラダ食いたいな。大根おろしがあれば和風ハンバーグも食えるし。やっぱりこんな時、植物の精霊がいると便利だよなあ。』
誰に言うとはなしに、春翔の口からポソリとひとりごとがこぼれ出た。
その言葉に反応した美優が、ぐるんと首をひねって春翔を見る。
『春ちゃん、植物の精霊と契約してよ。』
『うーん……、だって俺にはソールがいるし。』
『ソールは別に気にしないよ! エウフェミアさんだって、1体の精霊としか契約出来ない訳じゃないって言ってたでしょ。』
『そうだけどさあ。』
美優は、ばんとテーブルに手をついて勢いよく立ち上がった。
『私はここに言いたい! 日本には素晴らしい”もったいない精神”があることを! 植物の精霊の力、その力があることによって、どんな利益がもたらされるのか、今一度熟考してください!』
『なんだなんだ。街頭演説かよ。』
『不作に怯えることなく、必ず豊作になることが約束されるのです! しかも、一年のうちに何度でも収穫できる! 春ちゃんか海翔が契約にすることによってもたらされるそれらの恩恵を、みすみす手放して良いのでしょうか? いいえ、良くありません!』
『あら、いいじゃないの。春翔、海翔、その精霊さんと仲良くしなさい。』
莉奈はあっさりと美優の支持者に回った。
『契約しないのはもったいない! 貰えるものはありがたくいただく! これぞ日本人の心意気!』
『お前、なんでそんなにがっついてんだよ…。』
『だまらっしぇい!』
いつの間にか飛び火していた海翔も呆然と美優を見ている。
『らっしぇいって……。』
『寿司屋かよ……。』
セラフィムは、強要されているのが自分ではないため、お鉢が回ってこないように極力気配を消していた。
そして、隣の優士にこっそり小声でささやいた。
『優士、お前の娘はどこへ行っても一人で逞しく生き抜けるだろうよ……。』
『奇遇だな、俺もちょうどそう思ってたところだよ……。』




