第59話 手土産のチョコレート
春翔と美優は、いつもの自転車の二人乗りでウィンタースティーン商会へ向かっていた。
いきなり営業中の店に大人数で押しかけては迷惑かと思い、訪問のアポイントを取りにいくためだ。
それにアリシアとレオンに会えたら、結婚パーティの構想を伝えておこうとも思っていた。
「こんにちはー!」
「こんにちは。ブルースさんはいますか?」
「あら、ハルトにミュウ。いらっしゃい。ブルースなら倉庫の方にいるわよ。」
店先で二人を出迎えてくれたルシアが、ブルースの居所を教えてくれた。
早速裏を回って倉庫へ向かうと、ちょうど倉庫から出てきたブルースとばったり出くわした。
「おや、ハルトにミュウ。今日はどうしたんだい?」
「ブルースさん、こんにちは。ハルトのおかあさまとおとうとがエリミアのまちにつきました。ミユのおとうさまもいます。ハルトとミユをたすけてくれたおれいを言いにきたいです。」
「ぜんぶで6人! だいじょぶ?」
「それは大丈夫だが、そんなに気を使わなくていいんだよ。当然のことをしただけなんだからね。」
ブルースは困ったように眉を下げた。
「ミユのくにのソコたら! たべてほしい!」
「うん? 何かな?」
「ハルトのおかあさまが、おみやげにハルトの国のソコラタをもってきます。この国のものとちがうあじです。ブルースさんにたべてほしいです。」
「おお! そんな希少なものを! それは是非とも食べてみたいね。」
春翔の国のソコラタと聞いて、新しい商売のチャンスと見たブルースの目がキラリと光った。
「お、ハルトとミュウじゃねえか。何やってんだ?」
「あっ、レオンさん! このあいだはありがとうございました!」
倉庫の扉からひょっこりと顔を出したのは、ちょうど話をしたいと思っていたレオンだった。
「おう、なんだか思ってもみない展開になって驚いたがな。おかげで、より愛が深まったぜ! はっはっはっ!」
レオンは腰に手を当てて豪快に高笑いをした。
「あの、ハルトたちは、レオンさんとアリシアさんのけっこんのおいわいをしたいです。うちでパーティをひらく、どうですか?」
「おおっ、それは素晴らしい! 貴族の屋敷で結婚を祝ってもらえるとは、一生の思い出になるじゃないか。よかったな、レオン!」
ブルースは、思わぬ申し出に呆気にとられているレオンの背中をバシンと叩いた。
アリシアが本来であれば貴族令嬢なのだと分かってから、貴族にふさわしい結婚式をあげてやれないことをレオンは密かに気にしていたのだ。
貴族の屋敷での結婚祝いと聞いて、レオンは信じられないという表情だった。
「本当かよ!? そりゃありがたいが、かなり金がかかるんじゃないのか?」
「いのちのおんじん! おれいをしたいといいました! けっこんしきは女の子のゆめ!」
美優は鼻息も荒く、手を振り上げながら力説している。
「お、おう。そうか。」
レオンはたじたじといった様子で一歩後ろに下がった。
「それじゃ、昼食がおわったら、おかあさまたちをつれてきていいですか?」
「ああ、いいよ。アリシアも呼んでおこう。」
「はい。それでは、さようなら。」
「さよなら!」
春翔と美優はブルースたちに手を振って、来た時と同じく自転車に二人乗りで帰って行った。
屋敷に戻ると、春翔はアレス叔父たちとテラスでお茶を飲んでいたセラフィムに声をかけた。
「ただいまかえりました。おとうさま、ブルースさんにきいてきました。ブルースさんは、みんなできてもいいといいました。」
「そうか。了承してもらえて良かった。ブルースさんには新しい商売のことも相談に乗ってほしいと思っていてな。できれば、お前たちの学校が始まる前に商売の目途を立てたいんだ。」
「あたらしいおしごと、ミユもがんばる!」
そういって美優は力こぶを作る真似をした。
セラフィムも優士も日本ではエンジニアとして働いていたため、小売りの客商売はど素人だ。
ウィンタースティーン商会の人気商品をいくつも誕生させた美優や、料理上手な莉奈への期待値が高く、二人の協力なしでは商売は立ち行かないだろうと思われた。
「それは頼もしいな。そういえば、そろそろ貸し馬屋に行って馬の買取の話もしてこないといけないな。帰りに貸し馬屋にも寄ろう。」
「はいっ、わかりました!」
遂にインディアナを自分のものに出来ると聞いて、春翔の顔はパアッと輝いた。
昼食を終えると、一行は貸し馬2頭と自転車に分乗して出かけた。
栗毛の馬にはセラフィムと莉奈、黒馬には春翔と海翔、そして自転車には優士と美優が乗った。
「こんにちはー!」
「こんにちは。かぞくをつれてきました。」
店に入るとブルースが出迎えてくれた。
「やあ、いらっしゃい。」
「こんにちは! ユージ・カヤマでつ! ミユとハルトをたすける、ありがどござまず!」
そう言って優士は、いきなりブルースの両手を取ると上下にブンブンと激しく振った。
「あの、ハルトのははのリナ・ジョーンズです。ハルトとミユがたいへんおせわになり、どうもありがとうございました。これはささやかですが、『チョコレート』…、ええと、わたしたちのくにのソコラタです。みなさんでどうぞ。」
実は、莉奈が持参したチョコレートは、チョコレートと言っても贈答用の箱に入った高級チョコレートではなかった。
質より量を優先して買った、大袋に500g入った業務用のピーナッツチョコなのだ。
しかも子どもたちの懇願により、半分は自宅用に残しているという有様だ。
絶対にブルースさんは喜ぶと押しに押されて持参したものの、チョコレートが名物の商会に対してこんな手土産でいいのだろうかと莉奈は恥ずかしくなった。
「おお、これはこれは。お気遣いいただきましてありがとうございます。さあどうぞ、2階でお茶でも召し上がっていってください。」
ブルースに促されて一同は2階へと移動した。
しばらくして、盆を手に持ったルシアと、レオンとアリシアが食堂へやってきた。
「ようこそいらっしゃいました。私はブルースの妻のルシアと申します。こちらは、今度結婚することになったレオンとアリシアです。」
「ルシアさん、大勢で押しかけて申し訳ありません。私の妻のリナと、下の息子のカイト、それからミユの父親のユージです。」
セラフィムの紹介に合わせて、それぞれぺこりと頭を下げる。
「これはウィンタースティーン商会の看板商品のソコラタです。お国のソコラタをご持参いただけるとハルトに聞いていたものですから、我が商会のものも召し上がっていただけたらと思いまして。さあどうぞ。」
「これは、のみものですか?」
「えっ? ええ、ソコラタは飲み物ですよ。」
ソコラタをてっきり固形のチョコレートだと思い込んでいた莉奈は、目の前に置かれたカップに入っている、濃厚なチョコレートドリンクに面食らった。
美優は莉奈に、この国には固形チョコレートが存在しないようなので、固形チョコレートを手土産にしたら喜ぶのではないかと思ったと説明した。
一方のブルースたちはというと、莉奈からもらった包みを開けたところで、一つ一つセロハンに包まれたピーチョコをポカンと眺めていた。
「ええと。これがソコラタなのですか?」
ブルースは一つつまみあげると、客人一行に問いかけた。
「そう! こうやって、あけて、たべる!」
美優はキャンディー包みを開き、中のピーチョコをつまんでポイと口に入れた。
「おいしい!」
美優の食べ方を見ていたブルースは、同様にピーチョコを口にした。
「んんっ! これは、うまい! 香ばしい木の実と濃厚なソコラタが絶妙な味わいだ。これなら手間がかからずいつでもどこでも食べられるぞ!」
「しかも、ながもちする!」
「なんと! それは素晴らしいな。ぜひとも我が商会の新しい商品にしたい!」
ブルースの絶賛ぶりを見て、ルシアたちも我も我もとピーチョコに手を付け出した。
とある居城の贅を尽くされた豪奢な一室に、お茶を飲む女性の姿があった。
そこへ盆に手紙を乗せた侍女が入室し、女性の元へと手紙を運んで来た。
「失礼いたします。至急のお手紙が届きましたのでお持ちいたしました。」
「そう。みんな下がっていいわ。」
至急の手紙と聞いて悪い知らせを予感した女性は、室内にいた侍女たちを下がらせた。
ペーパーナイフを手に取り封を切ると、ゆっくりとした動作で手紙を広げる。
手紙を読み進むにつれ、女性の手はわなわなと震え出し、気が付くとぐしゃりと手紙を握りつぶしていた。
「ーー馬鹿な! アレスに神力を持った隠し子がいるだと……ッ!」




