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第6話 レオンとアリシアの物語



それは、12年ほど前の出来事だった。

レオンとアリシアの故郷の村は、港町に程近い、オリーブと木の実が名産の村だった。

あと2~3週間ほどで収穫を迎えるというところで、稀に見る大嵐に見舞われた。


毎年、収穫が終わるころに村に徴税官が訪れ、徴税額を決めていく。

アクティース公爵領であった頃は、凶作の場合は、徴税額も収穫高に連動したものを納めればよかった。

しかし、王家直轄地になってからは、過去最も豊作であった年の徴税額が基準となり、不作の場合は、女や子どもを売ってでも金を作って納めることと定められてしまった。


納められない場合は、村人を罪人として容赦なく死罪にした。

殺される者に決まりはなく、徴税官の目に留まった数人が見せしめに殺されるのだ。

村人が集まり、今後のことを話し合うも、このような状況では多くの選択肢があるはずもない。

どの家の子どもを売るかが話し合われる中で、アリシアの名前があげられた。


美しい子どものほうが高く売れるのではないかと誰かが言い出したのだ。

美しさで売られる子どもの末路など、考えるまでもなかった。

アリシアの家は不作の年より15年ほど前から村に住み始めた、比較的新参の家だったため、アリシアの両親の村の中での権力は弱く、いくら反対しても聞き入れられることはなかった。


大人たちの間では、その話はもう決まったものとして扱われた。

アリシア本人の耳に入ったのは、徴税官が来る1週間前のことだった。

両親の様子があまりにおかしいため、一体どうしたのかと問い詰めたのだ。


事の次第がわかったところで、アリシアにはどうする力もない。

幼馴染のレオンにだけは別れを言っておきたいと思い、絶望の中、アリシアはレオンの家に向かった。



「レオン…私、あなたのことが好きだった。レオンのお嫁さんになりたかった…。」

「えっ!?な、なんだよ急に?そういうことは俺の方から…ええっ、なんで泣くんだよ?」



レオンの顔を見るなり、アリシアは思いを告げた。

言える時に言っておかないと、もう二人で会う機会などなくなってしまうのだ。

ポロポロと涙をこぼすアリシアに驚きながらも、尋常ではない様子に何事があったのかと尋ねた。


「アリシア、徴税官になんて連れていかせない。」

「でも、税を納めないと誰かが殺されてしまう…。」

「俺は今から港町に行ってくる。俺を信じて待ってろ!」


事情を聞いたレオンは、そう言うなり走り出した。

港町まで竜車か馬車に乗れば1日だが、歩いて行ったのでは3日はかかる。

往復するだけでも6日だ。

1週間後に徴税官が来るというのに、レオンは何をする気なのかといぶかしく思った。

アリシアは残された時間を共に過ごせない事が寂しかった。



1週間後、先触れ通りに徴税官がやってきた。

アリシアは最後に一目レオンの姿を見たかったが、彼は現れない。

徴税官は現れるなり村娘の品定めを始めた。

今年が凶作で、この村に税を納める余裕がないことなど調べるまでもなく分かっているのだ。

村長がアリシアの背を押し、この娘を税の代わりにお納めくださいと切り出した。


「ふむ。この娘が今年の税の代わりか。なかなか美しいな。これなら一人で十分だろう。」


その時、アリシアの父親と母親が周りの静止を振り切り、徴税官の足元に跪いた。


「どうか、どうか、娘を貴族様か商人様のお屋敷の下女にしていただけないでしょうか。わたくし共も一緒にご奉公させてくださいませ。」

「おろかな。下女の給金などでは到底足りぬ。お前の娘は娼館へ売るのだ。」


「そんな!どうか、どうか、お慈悲を!」

「ええい、鬱陶しい。逆らうとどうなるか分からせてやる。切り捨てろ!」


徴税官の護衛がすらりと剣を抜き、大きく振りかぶった。


「お父さん!お母さん!」


両親に覆いかぶさるアリシアを、別の護衛が容赦なく引き離す。



ドドドドドドド!



今にも切り捨てられようとするその時、遠くから複数の馬の足音が聞こえてきた。



「やめろーーーっ!税は払う!」



レオンが声の限り叫んでいる。レオンの馬よりも少し前に、二頭の馬に乗った男達が見えた。


「なんだ、あれは?」


徴税官が村長に問いかけた。


「は、はあ。あれはわたくしの末の息子でございます。」

「お前の息子が何用だ。徴税の邪魔立てをするとただではおかんぞ。」

「いえ、邪魔立てなど、けしてけして、そのような!」


村長は我が息子にも咎がおよぶのではと顔色を失った。



「どうどう。」



先に到着した男達が馬から下り、徴税官の前で足を止めた。


「これはこれは。官吏様。お勤めご苦労様でございます。」

「何だお前は。」


「わたくしは領都で商いを営んでおります、ウィンタースティーン商会会頭のブルース・ウィンタースティーンと申します。こちらはわたくしの護衛のランスです。本日はわたくしの商会で新しく雇用した者を迎えに参りました。領都まで歩くのは大変ですからな。」


「ふん。そうか。ではさっさと連れていけ。仕事の邪魔だ。」


徴税官は迷惑そうに顔を顰めて手を振り、追い払うようなしぐさをした。

ブルースと徴税官が話をしている間にレオンも到着したが、乗りなれない馬に乗ったせいで足元がおぼつかなっており、ふらふらになりながらアリシアの傍へ近づいた。


「それでは遠慮なく。」


ブルースは、ぐい、とアリシアの腕を掴んで、自分のほうへ引き寄せた。


「何をする!その娘は今年の税の代わりだ!」


徴税官がブルースに食って掛かるが、ブルースは気にする様子もなく、アリシアを自分の後ろに隠すようにした。


「ははは。そんな筈はありません。この娘は私の商会で奉公が決まっているのです。ああ、私の支払いが遅くなってしまったから不幸な行き違いがあったのですね。こちらが今年の税金です。どうぞお納めください。」


ブルースはそう言うと、金貨の袋を徴税官の前に差し出した。

それから、別の袋を取り出すと、こちらはご迷惑料でございますと小声で言い、そっと握らせた。

袋の重みに気を良くした徴税官は、「ふむ。不幸な行き違いであるなら仕方があるまい。」

と言って、護衛を引き連れ上機嫌で村を後にした。



「レオン、いったい何があったの?どうして私は売られずに済んだの?」


アリシアが呆気に取られたような顔でレオンに尋ねた。


「言っただろ。アリシアを連れていかせないって!」


レオンは、やりきったというような得意げな顔で笑った。


「レオン!」


アリシアは感極まってレオンに飛びついたが、足がふらふらのレオンには受け止められず、尻餅をついた。


「いてっ」


成り行きを見守っていた村人達も、涙を浮かべて喜び、口々にレオンを褒めた。

ブルースと護衛も暖かい目で2人を見ていた。


「レオン、あの金はいったいどうやって返すのだ?この村には返す当てなどないのだぞ。」


村が喜びに沸く中、村長が今後の返済について尋ねた。


「さっきブルースさんが言ったとおりだよ。アリシアはブルースさんの商会に雇われた。

さっきの金は給金を前借りさせてもらったんだよ。」

「しかし、商会の給金で返すと言っても、何年かかるか…。」

「うん。だから俺もアリシアと行くことにした。二人で12年勤めれば完済できるって。住む所も食事も世話して貰えるから飢えることもないし、俺は14、アリシアは13だから12年経ってもまだ26と25だ。まだまだやり直せる年齢だよ。」




---




「レオンは村長の息子だから売られる筈も無いのに、私と一緒に働いて借金を返すと言ってくれて…。レオンと離れずに済むと知って本当に嬉しかった。


当時はブルースさんにはまだ子どもがいなくて、レオンは養子にならないかと言われるくらい可愛がられていたから、ブルースさんなら助けれくれるかもしれないと思ったのね。数日前に村に立ち寄って港町に向かったブルースさんを追って、レオンは不眠不休で走ってくれたのよ。


あと半年ほどでちょうど12年になるから、借金を返し終わったらレオンにもブルースさんにも恩返ししていきたいわ。」



『うぅっ…ぐす…ぐす』


『レオンさん、かっけえっす!まじ男っす!』


感動のあまり美優は言葉にならず、春翔は舎弟のような口調になっていた。


「アリシアさん…レオンさんは26歳?ほんとう?」

「え?ええ、ほんとうよ?」


『お前…最初に言うことがそれかよ…。』







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