表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/84

第57話 アクティース公爵家の墓所



アクティース公爵家の先祖代々の墓は、アクティース公爵邸の敷地内に作られた墓所にある。

そのため、墓参りをするためには現在の家主である代官に申し入れをしなければならず、自由に立ち入ることが出来ない。


セラフィムは5年前からアレクサンドロスにいたものの、そういった事情で今までアクティース公爵家の墓参りを出来ずにいた。

アレス叔父に同行するのでもなければ、平民が公爵邸へ立ち入ることなど許されないのだ。


「先触れを出せば不要なもてなしを受ける羽目になる。前もって知らせず訪問しようと思うが、私がいれば突然押しかけても門前払いされることはないだろう。どうだ?」


「はい。是非お供させていただきます。」


他の面々も、同意するように頷いた。


「公爵邸を訪れるのであれば歩いて行くわけにはいかないが、馬車が一台しかないな。私の馬車は六人乗りだが、ミュウは小さいから父親の膝に乗ればよいか。」


「イヤァーーー!」


中三にもなって父親の膝に乗れと言われた美優は、首をぶんぶんと横に振っている。


「ぷッくくく、カイト、俺の馬に一緒に乗るか?」


セラフィムは堪え切れずに噴き出しながら、海翔に自分の馬に乗るように勧めた。

セラフィム、春翔、海翔が馬で行けば、残りの六人は馬車に乗れる。


「カイト、ハルトの馬でもいいです。」


「えっ、お兄ちゃん馬に乗れるの? すごい! 僕も馬に乗れるようになりたい!」


弟に尊敬のまなざしを向けられた春翔は誇らしげに胸を反らした。


「セラフィ、家族も増えたことだし馬車や馬は必要だぞ。私たちを守護精霊の転移で王都へ送り届けてくれるなら、残った馬車と馬はこの屋敷に置いていくがどうだろうか?」


「いえ、そのような高価なものを頂くわけには…。」


王家所有の馬車や馬がいくらくらいするのか見当もつかないが、一冒険者の手に届く値段である筈がない。


「何を言う。もともとこの領地の全てはお前のものなのだ。お前が正当な地位を取り戻すまで手助けをしたいと思って何が悪い? 私たちは血のつながった叔父と甥なのだ。もっと私を頼れ。これからの金銭的なことも何も心配はいらないぞ。もっと使用人を雇い入れ、宮廷に出られるような衣装も用意しておくとよい。」


「ありがとうございます。しかし、私にも冒険者時代の蓄えが多少はありますのでーー」


アレス叔父はセラフィムの言葉を遮るように首を振った。


「セラフィ、お前はこの国の将来を担う大事な身だ。冒険者などという危険な仕事を続けて欲しくはないのだ。」


「はい。私も、こうして家族に再会出来たからには、もう危険な仕事をする気はありません。何か商売をして生計を立てていけたらと思っております。」


「そうか、それはよい。では商売をおこすのに必要な資金は私が出資しよう。せめてそのくらいはさせてくれ。よいな?」


「はい。アレス叔父様、いろいろとご配慮いただき、誠にありがとうございます。」


アレス叔父から馬が必要だという話が出た時からタイミングを計っていた春翔は、今だとばかりにセラフィムに切り出した。


「おとうさま、ハルトはインディアナをかえしたくありません。インディアナをかってくれますか?」


「インディアナ?」


「ハルトの馬のなまえです。」


「お前、貸し馬に名前つけてたのか? まあ、確かにあれはいい馬だ。わかった、貸し馬屋に売ってもらえるよう交渉してみよう。」


セラフィムは自分の馬でもないのに勝手に名前を付けた春翔に呆れつつも、買い取ることを了承した。





「やあ、おはよう、諸君! いい朝だな! はっはっはっ!」


翌朝、いつになく上機嫌で現れたセラフィムとは対照的に、莉奈はやや顔色が悪く足元はふらふらしていた。

昨夜は夕食が終わると同時に莉奈の手を取り自室へ引き上げ、風呂の時間以外は部屋に籠りきりだったのだ。


「リナは顔色が悪いようだが大丈夫か?」


「はい。すこしつかれているだけです。ありがとうございます。」


「そうか。ところで、リナたちはこの国の服は持っているのかな?」


アレス叔父は莉奈たちの服装について尋ねた。

屋敷にいる分には問題ないが、代官に目通りするには莉奈たちの服装は確かにふさわしくない。

指摘されてやっとそのことに気が付いたセラフィムは、午前中のうちに三人を連れて街の洋服屋へ出向き、大急ぎで服を調達することにした。


少ない選択肢の中から、ああでもないこうでもないと大騒ぎして買い物を終えた頃には、既に正午を過ぎてしまった。

急いで屋敷に戻って昼食を取り、自室でそれぞれ身支度を整えると、居間でセラフィムたちの準備が整うのを待っていたアレス叔父の元へと足早に向かった。


「アレス叔父様、お待たせしてしまい申し訳ありません。準備が整いましたので、アクティース公爵邸へ向かいましょう。」


「おお、この国の服装もよく似合うぞ。近いうちに仕立て屋を呼んで、体に合ったものを何着か作らせよう。着替えは必要だからな。」


サイズがあまり合っているとは言えない既製服を見て、アレス叔父は仕立て屋を呼ぼうと思い立った。


優士は180cmと日本人にしては長身なのだが、平均身長が190cmを超えるこの国の既製服は、一番小さいサイズでもぶかぶかになってしまった。

購入した店で簡単な裾上げなどはしてくれたものの、シャツや上着の肩幅が合わないのはどうにもならない。


莉奈は168cmの長身だったが、この国の平均よりも少し小さく、既製服の一番小さいサイズは少し大きかった。

それでも見苦しくはない程度だったため、若草色のシンプルなワンピースを購入した。


海翔は莉奈と同じくらいの身長で、この国の12歳としては平均並みだ。

海翔の服はちょうどいいサイズがあったため、問題なくシャツとズボンを購入できた。



「さて。では参ろうか。」


扉を開けると、既に正面玄関前には馬車と馬が待機していた。

エイダンがさっと馬車の扉を開けると、アレス叔父、パンテレイモン、エウフェミア、莉奈、優士、そして美優が次々に乗り込んだ。


セラフィムは海翔の脇の下に手を入れて栗毛の馬に乗せると、自分もその後ろにひらりと跨った。

春翔も鐙に足をかけて、さっとインディアナに跨る。


アクティース公爵邸とジョーンズ邸は馬車で20分ほどの距離だ。

ほどなくアクティース公爵邸の正門前に到着すると、セラフィムは門番にアレス叔父の来訪を告げた。


「アレス殿下のお越しだ。墓所への案内を頼む。」


「ははっ。お見えになるのをお待ちしておりました。どうぞお入りください。」


アレス叔父が墓参りのためにエリミアの街に滞在中だと聞いていた門番は、来訪者一行に一礼すると、重い鉄格子の門扉を両側に開け放った。


「私が先導させていただきます。こちらへどうぞ。」


「よい。何度も訪れて場所はわかっている。案内は不要だ。」


セラフィムにゆっくり墓参りをさせてやりたいと思ったアレス叔父は、馬車の窓を開けて案内の申し出に断りを入れた。

墓所は敷地内の端の方にあるため、結構な距離がある。

馬車に乗ったまま行けるところまで行き、その後馬車を降りて5分ほど歩いてやっと墓所へ着いた。


代々のアクティース公爵家一族が眠る墓は、石造りの聖堂の中にあった。

正面の壁には神をかたどった彫刻が施されており、彫刻の両脇の美しいステンドグラスからは光が差し込んでいる。

立派な祭壇の前には大理石の棺が置かれていたが、棺の中は空で、遺体は聖堂の地下に埋葬されていた。


アレス叔父は祭壇の前に進み出て目を閉じると、セラフィムの両親へ語りかけた。


「姉上、アドニス、久しぶりだな。今日は二人に嬉しい報告があって来たのだ。二人の大事な息子は生きていたぞ……ッ!」


アレス叔父の目の端には涙が滲んでいた。


「父上…母上…、お二人のおかげで私はこうして生き延びることが出来ましたーー」


セラフィムはこみ上げる涙を堪えるため、いったん言葉を切って大きく息を吐いた。


「ーー私には、転移した先で家族が出来ました。妻のリナと、息子のハルトとカイトです。良き友人にも恵まれました。ユージと、その娘のミユです。長く不在にしてしまいましたが、これからは、父上と母上の眠るこの国で暮らして行くつもりです……。」


そこでセラフィムは、震える唇の端を持ち上げ笑顔を作ろうとして失敗した。


「父上、母上! 私はやはり、お二人を殺した犯人をどうしても許せません! なぜ、なぜ殺されなければならなかったんだ…ッ! 俺は、必ずこの手で犯人を暴いてみせる…! く…うう…ッ!」


セラフィムの心からの叫びに、一同は言葉を失くした。


昨夜、優士と海翔は、春翔と美優から転移した事情や守護精霊の話を聞かされていた。

その時にセラフィムが7歳で日本に転移した話も聞いたが、いまだ深い悲しみに捉われているセラフィムを目の当たりにして、かける言葉が見つからなかった。


莉奈はぽろぽろと涙を流しながらセラフィムの傍らに寄り添うと、背中を優しくさすった。

嗚咽を漏らす声や鼻をすする音だけが聞こえる中、場違いな声が静寂を破った。


「アレス殿下! お出迎えが遅くなりまして申し訳ございません! ようこそ我が屋敷へお越しくださいました!」


聖堂の入り口に現れた痩せぎすの代官は、自分の持ち物でないにもかかわらず「我が屋敷」と言い放った。

先ほどから感情のコントロールが出来ずにいたセラフィムは、瞳の色が紫に変わっていることに気付かないまま、思わず代官の顔を睨み付けた。




「ーーー英雄殿……?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ