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第56話 懐かしい日本の味



莉奈と美優は2時間ほどかけて大量の食事を作り上げた。


後から厨房にやってきたケイラたちも、珍しい料理に興味深々といった様子で手伝ってくれていたため、莉奈は料理を多めに作って使用人達にも振舞うことにした。

茶碗蒸しは容器の関係で用意できなかったが、それ以外の料理は調整可能だ。


『あ、食後のデザート忘れてた!』


そろそろ作り終えるという時になって、莉奈はデザートを考えていなかったことを思い出した。


『メインが揚げ物だからアイスとかさっぱりしたのがいいけど、冷凍庫がないんだよね。』


『そうねえ。今から手の込んだもの作る時間もないし、今日のところは日本から持ってきたチョコレートでも出しましょうか。』


チョコレートと聞いて、美優はウィンタースティーン商会の皆に日本のチョコレートを味わってもらいたくなった。

きっとウィンタースティーン商会の看板商品、ソコラタの新作開発に役立つに違いない。


『うん! チョコレート食べたい! チョコレートたくさんある? あるなら、私と春ちゃんがお世話になったウィンタースティーン商会に少し持って行きたいな。』


『商会? どうして春翔と美優が商会にお世話になるの?』


莉奈は、なぜ子どもの春翔と美優が商会にかかわりがあるのかと訝しく思った。


『私たち、雷に打たれて死にそうになった時にこっちに転移してきたんだけど、気がついたら何もない大平原の真ん中にいたんだよね。そこで狼に襲われてたところをウィンタースティーン商会の人が通りかかって助けてくれたの。


食べ物も分けてもらったし、街まで一緒に連れてきてもらったし、それに一文無しだったからお店に住み込みで働かせてもらってたんだ。私たち、すごくお世話になったの。』


『お、おおかみっ!? え、春翔と美優の二人だけだったの? セラフィはどうしてたの?』


ウィンタースティーン商会と知り合った顛末を聞いた莉奈は、子どもたちがそんな危険な目にあっていたと聞いて仰天した。

自分たちと同じように、セラフィムに呼ばれてこの屋敷に来たと思い込んでいたのだ。


『セラパパには、こっちに来てしばらく経ってから偶然会えたの。セラパパが竜殺しの英雄になって、それで凱旋パレードがあってーー』


『竜!? ちょっと待って! アレクサンドロスってそんなに危険なの!?』


竜と聞いて恐れをなした莉奈は、悲鳴をあげんばかりの様子で身を震わせた。


『あ、ううん。竜はだいたい大平原の中にある竜の生息地にいて、そこから出てこないみたいだよ。でも、たまにこっちに迷い込む竜がいるんだって。私も詳しいことはよく知らないから、そのうち家庭教師の先生に教えてもらおう。』


莉奈がかなりショックを受けているのを見た美優は、被害に遭った村が3つも壊滅状態になり、多数の死者が出たことは伏せておいた。


『なんだか、日本とは大分違うみたいね…。』


中世ヨーロッパ位と聞いていたのに、竜が生息しているとは原始時代ではないか。

セラフィムがいるところならば、中世だろうが何だろうが構わないと覚悟の上で来たものの、まさか原始時代並みとは思ってもみなかった。


『でも、地球も氷河期がなかったら普通にそのへんに恐竜がいたかもしれないよ?』


『それはそうだけど…。竜なんて怖いわ。』


莉奈は顔色を失くしたままだ。


『莉奈ママにはセラパパがいるじゃない。セラパパが守ってくれるよ。何しろ竜殺しの英雄なんだから。このお家も竜を倒したご褒美に貰ったんだよ。』


『そうね、私にはセラフィがいるんだわ!』


旦那が守ってくれるよと言われて気を良くした莉奈は、一瞬にして表情を変えて晴れやかな笑顔になった。



『それでね、莉奈ママ。私たちの命の恩人にあたる、ウィンタースティーン商会のレオンさんとアリシアさんが今度結婚することになってね。こっちの人って平民は結婚式とかしないんだって。だから私、お礼にここで二人の結婚パーティ開きたいなって思ってるの。莉奈ママ手伝ってくれる?』


『もちろん手伝うわ! 大事な子ども達を助けてくれた命の恩人のためですもの! 早速ご挨拶に伺わないといけないわね。』


出来る限りのお礼をしたいと思った莉奈は、二つ返事で了承した。


『ありがとう、莉奈ママ! 今度一緒にウィンタースティーン商会に行こうね。』


『ええ。チョコレートは手土産にするために取っておくわ。白玉粉を持ってきてたから、それにきなこと黒蜜をかけてデザートにしましょう。』


『わあっ! おいしそう!』


莉奈は日本から持ってきた食材の中から白玉粉を取り出すと、水を加えて手早く捏ね上げ、お湯の中にぽとぽとと落としていった。

ぷかっと浮いてきたらすくって冷水の中に取り、水を代えながら冷ましていく。

そうして出来上がった白玉をデザート皿に盛り付けて、きなこと黒糖は食べる直前にかけることにした。


『さあ、夕食が出来たわよ。みんなを呼んできましょう。』





テーブルの上に並べられたご馳走を見て、食堂に集まった面々からわあっと歓声があがった。


チーズ入りミルフィーユカツ、醤油ベースのたれに漬け込んだ唐揚げ、大きめの具がごろごろした肉じゃが、鶏肉入りの茶碗蒸し、カラフルな野菜をグリルしてゴマドレッシングをかけた温野菜サラダ、キャベツのような葉野菜を茹でて醤油に浸したかつお節で和えたおひたし、肉がたくさん入った豚汁、すりおろした玉ねぎに薄切り肉を漬けて柔らかくして焼き、醤油で和風にアレンジしたシャリアピンソースをかけた焼き肉などが所狭しと並んでいる。


それより何より、数あるおかずを押しのけて、ひときわ輝きを放っているのは白米だ。


『こ、米だ…ッ!』


春翔は涙を流さんばかりに、デザート皿によそわれたツヤツヤの白米へと手を伸ばした。


「この白い穀物が、私たちが食べたいと願っていた穀物なのです。どうぞ食べてみてください。」


「それではいただこう。」


アレス叔父の合図で食事が始まった。

白米に手を伸ばす者、唐揚げに手を伸ばす者、それぞれが食べたい物から自由に手を付ける。


「おいしい! これはオリュザに似ているけれど、オリュザよりも粘り気があって噛めば噛むほど甘くなるわ。」


「この鶏肉は素晴らしく美味です。塩気があるが塩だけでは出せない深い味がします。」


「これはうまい! この肉は柔らかさは何なのだ。中にチーズが入っているのだな。上にかかっている茶色のソースによく合う。」


とんかつソースもお気に召したようだ。

アレス叔父と二人のエルフの反応を見守っていた莉奈は、口にあった様子を見てほっと胸を撫で下ろした。


「セラフィたちが住んでいた国はこれほど食べ物が美味いところだったのか。これでは故郷の食べ物が恋しくなるのも無理はないな。」


「はい。こうして再び家族に会えて、故郷の料理を食べられるとは夢のようです。」


珍しい料理に舌鼓を打ちながらゆっくりと優雅に食事を進める現地人組とは打って変わって、日本人組はおしゃべりする間も惜しいとばかりに無言で次々と料理を平らげて行く。

特に和食に飢えていた春翔の食べっぷりがすさまじい。


料理をあらかた食べ終えたところで、莉奈は席を立って厨房へ行き、デザートの最後に仕上げに取り掛かった。

そして食後のお茶は日本から持参した緑茶を入れる。


「みなさん、おちゃと、あまいものをどうぞ。」


使用人たちがテーブルの上を片づけたところへ、運んできた食後のデザートを並べた。


「これは何かな?」


「これは、さきほどだした白いこくもつをこなにして、ゆでたものです。うえにあまいものがかかっています。」


アレス叔父は莉奈の説明に頷くと、早速一つぽいっと口の中に入れた。


「む! これはうまい! 噛んだ食感も、上にかかっている甘いソースも絶妙だ!」


「本当、とてもおいしいです。オリュザからこんなものが作れるなんて信じられないわ。」


「これはぜひともエルフの里に伝えたい味ですな。こちらのお茶も香りがよく、大変気に入りました。」


食後のまったりした雰囲気が漂う中、アレス叔父は膨れたお腹をさすりながら今後の予定を口にした。



「それで、墓参りなのだがな。明日はどうだろう?」






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