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第55話 お宅拝見~ジョーンズ邸~



顔合わせを兼ねた昼食が終わり、アレス叔父は手紙を書くと言って自室へ戻っていった。

パンテレイモンとエウフェミアは、折れた木の手当てをするため庭へ向かった。


セラフィムは莉奈たちを連れて食堂を出て、玄関ホールから屋敷の案内を始めることにした。


『ここが正面玄関だ。外に出て左に行くと、エリミアの街の中心街に続く道に出る。右に行くと厩がある。敷地内は自由に見て回っても安全だが、迷子になったら困るからまだ一人で街には行くなよ。それじゃ、次はリビングに行こう。』


一同は、セラフィムの先導に従ってツアーよろしくぞろぞろと付いて行った。

セラフィムは一枚の大きな絵の前で足を止めると、莉奈の方を振り向いた。


『莉奈、この絵は俺の本当の両親と、父方の祖父母なんだ。近いうちに一緒に墓参りに行ってくれるか? そこに眠っている家族に莉奈を紹介したい。』


莉奈は絵の中のセラフィムに手を差し伸べ、次いで描かれた一人一人の顔を確かめるように仰ぎ見た。


『これ…、小さなセラフィ、懐かしいわ。あなたのご両親、あなたによく似てるわね。とても綺麗な方たち…。おじい様とおばあ様もとても優しそう。あなたのご家族に紹介してもらえるなんて嬉しいわ。』


そう言って莉奈は優しく微笑んだ。


絵の前に陣取っていつまでも動かないセラフィムと莉奈をその場に置いて、今度は春翔がツアーガイドの役目を買って出ることにした。


『海翔、優士おじさん、こっちこっち。この奥が書斎になってて、こっちのガラス戸の方は温室に繋がってるよ。温室を抜けるとテラスに出られる。』


『へえ~、すごいもんだな。温室って言っても植物があるわけじゃなくて、ガラス張りで日当たりがいい普通の部屋なんだな。ここでお茶飲むのか。優雅なもんだなあ。』


優士は温室の窓から庭を見渡し、眺めの良さに感心していた。

ガラスをふんだんに使った明るい部屋からは、色とりどりの花が植えられた美しい庭が一望出来るのだ。


『こっち側の庭が一番きれいなんだ。それと、ここからは見えないけど、書斎側の庭のはずれの方に田んぼ作ったんだよ! この間稲刈りしたのが干してあるんだけど、優士おじさん稲を白い米にする方法知ってる?』


『稲刈りしたって、こんな季節にか? この国では今は春じゃないのか?』


優士は稲が実るのは秋だった筈だと首を傾げた。


『ああ、うん。ほんとは稲刈り出来る季節じゃないけど、エウフェミアさんの精霊がすぐ収穫できるように成長を速めてくれたんだ。』


『ミア、すげえな!? エルフってそんなこと出来るのか。昔の精米の仕方は一応調べてきたが、手でやるのは大変そうだったぞ。瓶に入れて棒で突くか、臼で挽いたりして糠を取り除くんだ。簡単な精米機、手作りできるかな? ちっと考えてみるわ。』


米自体は何とか自給自足の目途がついたものの、精米作業が最大の難関だった。

最悪、玄米を食べればいいのだが、やはり日本人としては白い米にこだわりたい。

食べられないと思うと余計に食べたくなるのが人間の性であった。


『おおー、優士おじさんがんばれー! 俺は応援している!』


『春翔、応援だけじゃなくて手も貸せよな。』


温室を出て、厨房、トイレ、浴室等の場所を案内し終えると、今度は上階の案内に取り掛かった。

階段を上がってすぐの部屋、元は春翔が使用していた部屋へと案内する。


『優士おじさんはこの部屋を使って。向かいは美優の部屋だよ。2階の残りの部屋はアレス叔父さんたちが使ってる。海翔は3階のキンキラ部屋だからな。』


『ええー、僕こっちの部屋の方が落ち着くな。』


『俺だってそうだよ。でも2階の部屋はいっぱいなんだから仕方ないだろ? アレス叔父さんたちが帰ったらまた部屋割り変えるから、しばらくの我慢だ。』


『そっか、わかったよ。』


しばらくの間ならと海翔は素直に頷いた。


『俺は別にどこでもいいぞ? 海翔、部屋交換するか?』


優士は出張の多い仕事だったためか、基本的にどこでも熟睡できるし部屋の内装にもこだわりがない。

海翔に部屋の交換を申し出た。


『パパ、2階は香山家、3階はジョーンズ家が使うってことで決めてたんだよ。空気読んで家族水入らずにしてあげてね。』


『そうか、5年ぶりの一家団欒だもんなあ。それにしても、みんな無事で本当に良かったよ。』


『うん。私たちも二人で団欒しようね。』


美優は父親の腕にぎゅっとつかまって笑った。


その後一同は3階のセラフィムの部屋に戻ると、各自の荷物を回収してそれぞれの部屋へと運び入れた。

ソファは転移したままの状態でその場に置かれており、室内の他の調度品とまったく似合っていないがとりあえずは仕方がない。


夕方になる頃、莉奈は日本から持参した調味料などを抱えて厨房へとやってきた。

きょろきょろと厨房内を見回すが、当然ながら電化製品は一つもない。

中央に大きな木のテーブルがどんと鎮座し、窓側の壁際にコンロの代わりとおぼしき薪ストーブがある。


『莉奈ママ! そろそろ夕食の準備始める?』


荷物を抱えたまま見回していると、美優が腕まくりをしながら厨房に入ってきた。


『日本で作るよりも時間がかかりそうだから、もう作り始めましょうか。ところで、ここのキッチンって冷蔵庫がないんだけど、食材はどこにあるの? 買い物に行かないとだめかしら。』


『常温保存の野菜や果物は、ここの扉を開けると入ってるよ。お肉とかチーズとかは地下の食料庫で保存してる。こっちの階段から地下にいけるよ。』


美優に先導されて、莉奈は食料棚の裏側にある石の階段を下りて行った。


『わあ、ひんやりしてる! 石造りの地下室って結構冷えるのねえ。うん、何のお肉かわからないけど、量は十分ありそうね。』


莉奈は食料棚の皿の上に置かれている生肉に目をやった。

肉は脂身で周りを覆われている状態で保存されており、何の肉なのか見当がつかない。


『それは豚肉みたいな味のお肉だよ。こっちのお肉、結構硬いんだよね。ひき肉か薄切りにして使った方が良いと思う。』


『そうなの。うーん、じゃあ薄切りにしてから重ねて、ミルフィーユカツにでもしようか。真ん中にチーズを入れても良いわね。』


莉奈は顎に手を当てて、豚肉料理のレシピを思い出していった。


『あっ、いいかも! 揚げ物するなら醤油味のから揚げも食べたい! 鶏肉はこっちだよ!』


『はいはい。やっぱり醤油味のものが食べたいわよね。定番の肉じゃがと、あとはセラフィの好きな茶碗蒸しは絶対作りたいわ。それからサラダとーー』


次々にメニューが思い浮かぶが、サラダのところで美優から待ったがかかった。


『あっ、こっちの人ってあんまり生野菜食べないみたいだよ。果物は生で食べてるけど。』


『それじゃあ、温野菜サラダにしましょうか。野菜をグリルして、ゴマドレッシングをかけたら少し和風な感じよね。それと、かつおぶしも持ってきてるから、葉野菜を茹でておひたしも作れるわ。』


『お味噌汁は豚汁にしよう!』


『いいけど、なんだかお肉が多すぎない?』


汁ものにまで肉入りを提案する美優に、莉奈は呆れた顔をした。

揚げ物2種の他に、肉じゃが、豚汁とは肉の取り過ぎではないだろうか。

茶碗蒸しの具も、海老がなければ鶏肉が入ることになるのだ。


『そんなことないよ。こっちの人は肉食だから、むしろ少ないぐらいだよ。毎日毎日、肉、肉、肉って感じだもん。基本的に食事は焼いた肉とスープとパンだよ。』


『ええっ、そうなの? 栄養のバランス的にどうなのかしら…。』


そこまで偏った食事では、必要な栄養が足りないのではないかと莉奈は眉をひそめた。


『栄養取り過ぎで、みんなデカいよ! 春ちゃんより大きい人ばっかりで、街に行ったら莉奈ママもびっくりすると思う。』


『春翔より大きい人ばかり!? 日本では飛び抜けて大きかったあの春翔が……。』


莉奈は信じられないとばかりに目を大きく見開いた。

そういえばアレス叔父もセラフィムと同じくらい大柄な体格だったと思い出した莉奈は、食事の量は十分だろうかと心配になってきた。



『メニューに焼いたお肉も追加しておくわね……。』






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