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第53話 似た者親子



優士のアレクサンドロス語の酷さにめまいを覚えたセラフィムだったが、それでも全く分からないよりは遙かにマシである。

とりあえずの応急措置として、一人称だけでも直させることにした。


「ユージ……。自分のことを名前で呼ぶのは幼い子どもだけだ。今から挨拶の言葉を教えるから、復唱してみてくれ。」


「? はい、わかりました。」


優士は何がおかしかったのかと首を傾げつつ、復唱することを了承した。


「初めまして。私はユージ・カヤマです。よろしくお願い致します。」


「はじめまちて。わたちはユージ・カヤマです。よろちくおねがいいたまつ!」


優士はどうだといわんばかりのドヤ顔を決めている。

最初からダメ出しばかりではやる気を奪ってしまうかと思い、セラフィムは褒めて伸ばしていく作戦でいくことにした。


「う、うん。まあまあだ。あとは日本人のお家芸、愛想笑いで誤魔化すんだ。お前ならできる! それじゃ、もう一回行くぞ。初めまして、私はユージ・カヤマです。よろしくお願い致します。」


「はでぃめまちて。わたちはユージ・カヤマでしゅ。よろちくおながいいたまつ!」


「お前、さっきより悪くなったじゃないか! 真面目にやれ! 昼食まであと1時間くらいしかないんだぞ!」




早々に方針を切り替えてスパルタで叩き込んだ甲斐があり、小一時間でセラフィムは何とか優士に挨拶を憶えさせることに成功した。

発音はまだまだだが、今日のところは致し方ない。


優士は仕事でも英語を使っており、日本人にしては外国語の習得が得意な方だと言える。

こちらで生活するうちに不自由なく話せるようになるだろう。


「リナとカイトは一人称だけ気を付ければ挨拶程度は問題なく話せる筈だ。それより、ハルトとミユはもう一月はこっちにいるんだから、お前らはいい加減一人称直せよ。」


「「はーい。」」


「それじゃあ、そろそろ食堂へ行こうか。昼食の後にゆっくり屋敷を案内するよ。」


セラフィムに促されて、皆でぞろぞろと連れ立って扉の方へ向かった。


『ところでさ、このお屋敷はセラフィムの家なのか? すげえ家だな? あまりにキンキラキンでベルサイユ宮殿に来たのかと思ったぞ。』


優士は30畳もの広さの豪華な部屋をぐるりと見回して言った。


『本当ね。こんな普段着でいていいのかしらって気がしてくるわ……。中世ヨーロッパ位の文明って書いてあったけど、みんなドレスに縦ロールな感じなの? 私に縦ロールなんて似合うかしら…。』


莉奈はセラフィムの叔父に初めて会うにあたり、自分がその場にふさわしい服装をしているのか気になっていた。


今は淡いピンク色のニットアンサンブルにベージュ色のフレアスカートという格好で、日本では外出着として恥ずかしくない服装だが、この国の基準がわからない。


『ぶは! かーちゃんが縦ロールってわらかすなよ! 想像しちゃっただろ!』


春翔は母親を指さして吹き出した。


『春翔! 私、これでもドレスは似合う方なんだからね? 結婚式で着たドレス、みんな似会うよってすごい褒めてくれたんだから。ね、あなた?』


『ああ、とても綺麗だった。ウエディングドレスも、そのあと着た水色のドレスも、よく似会っていたよ。』


セラフィムは養父母がアメリカ人だったためか、元々の気質か、自分の妻を褒めることにためらいがない。

莉奈は頬を染めて背の高い夫を見上げた。


『あなた……。』

『莉奈……。』


ヒソヒソ…(結婚式の時から何年経ったと思ってるんだよ…。俺もう15歳なんですけど。)

ヒソヒソ…(春ちゃん、それ聞こえたら殺されちゃうから黙ってた方がいいよ。)


いつまでも出口をふさいだまま二人の世界にいて貰うわけにはいかない。

美優は現実に戻ってきてもらうために、莉奈にこちらの服装のことを教えることにした。


『莉奈ママ、こっちでは女の人は踝までの長いスカートの人が多いよ。でも結婚式みたいなきらびやかなドレスじゃなくて、もっと普段着っぽい裾が長めのワンピースって感じだよ。子どものスカートは短めだけど、それでも膝下の長さかな。あんまり足は出さないみたいだよ。』


『あらそうなの? この長さで大丈夫かしら?』


莉奈は自分の膝下丈のスカートを見て美優に尋ねた。


『今日のところは仕方がないさ。近いうちに服を買いに行こう。』


『そうね。それにしても、小さな頃から憧れてたアレクサンドロスに本当に来れたなんて信じられないわ。いろいろ見て回りたい!』


『憧れてた?』


『そうよ。あなたの生まれた国を見てみたいと思ってたの。』


幼い頃の莉奈は、セラフィムを本物の天使だと信じていた。

よく天使の国に行きたいと言っては父親を困らせていたのだ。


『そうか。それなら二人でいろいろ見て回ろうか。』

『ふふっ、楽しみだわ。』


『二人でって……。俺たちは留守番かよ……。』


春翔は、大袈裟にハアッとため息を吐いた。



隙あらば二人の世界に閉じこもろうとするセラフィムと莉奈を追い立てて、一同はやっと食堂へ辿り着いた。

アレス叔父と二人のエルフは既に席について待っている。


アレス叔父は莉奈たちの姿が目に入ると驚いた様子で席を立ち、大股で近づいて来た。

パンテレイモンとエウフェミアもアレス叔父に続いて、食堂の扉のところへ迎えに出てくれた。


「セラフィ! こちらのご婦人がお前の奥方か? 馬車の音が聞こえなかったがいつの間に到着したのだ? はじめてお目にかかる。私はセラフィの叔父のアレスだ。」


アレス叔父は満面の笑みを浮かべて自己紹介した。


「アレス叔父様、私の妻のリナです。実はつい先ほど、フェニックスが妻たちを連れて来てくれたのです。」

「はじめまして。リナです。よろしくおねがいいたします。」


「おお、なるほど、守護精霊の転移か。よろしく、リナ。」


アレス叔父は莉奈ににこりと微笑むと、今度は海翔に声をかけた。


「この子はセラフィの下の息子かな? この子もセラフィによく似て神力が強いな! これは素晴らしい!」


「初めまして。カイトと申します。よろしくお願い致します。」


「おお! カイトはアレクサンドロス語が流暢なのだな! 外国育ちとは思えないほどだ!」


「……これほど流暢とは、私も驚きました。カイト、お前いつの間にそんなに上達したんだ?」


海翔が7歳の時までしか教えられなかったのにとセラフィムが首を傾げている。

実は海翔は、スカーレットがアレクサンドロス語を教えてくれていたため、かなり流暢に話せるのだ。

そんなこととは知らない春翔は、『海翔のやつ、また生まれつきかよ』とブツブツ文句を言っている。


「こちらはミュウの父上かな?」


「はい。ミユの父親のユージです。ユージ。」


セラフィムは優士に挨拶するよう促した。


「ハローハロー! はじめました! ユージ・カヤマ! おながいいたまつ!」



「「「「「「「ブハッ!」」」」」」」



せっかくの特訓が水の泡だった。

優士は自分のすぐそばにいる、美しいエルフの存在に完全に舞い上がっていた。

第一声が英語になっていることさえ気付いていない。


「ユージは39さい! ユージはおとこのこでしゅ!」


『も、やめ、腹いたいーーーー!』


春翔のツボにはまったらしく、お腹を抱えてひいひい言いながら爆笑している。


「ははは! ミュウ、お前の父は愉快だな! 気に入ったぞ! やはり親子だ、朗らかなところがよく似ている!」


「ありがとござます!」


よく似た親子と言われて嬉しくなった優士は、アレス叔父にパアッと明るい笑顔を向けた。

一方の美優は似ていると言われて複雑な表情だ。


「フフ、本当、ミュウによく似て楽しい方だわ。私はエウフェミアです。よろしくお願いいたします。」


「えう…えう…ふぇ…。」


「フフッ、よかったらミアと呼んでくださいね。」

「ミア! よろしくおねがいちまつ! あなたはキレイ!」


「ククク…ッ。わ、わたしは、パンテレイモンです。よろしくお願いいたします。」


パンテレイモンも必死に笑いをかみ殺しながら挨拶をしてくれた。


「パンツ…、レモン? よろちくおながい! あなたもキレイ!」



「「「「「「「ブハッ!」」」」」」」





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