第51話 待ちわびた再会①
とうとう日本から家族を呼び寄せる日曜日がやってきた。
早朝から目が覚めてそわそわしていた春翔と美優とセラフィムの三人は、今は屋敷の3階に集まり暫定的な部屋割について相談しているところだ。
『なんか……、3階は豪華なんだけど、キンキラ過ぎて落ち着かないよ…。俺、やっぱり2階の部屋の方が好きだな。』
春翔は少しげんなりしたような顔で、豪奢な部屋の調度品を見回しながら言った。
『そうだよな、俺ももう少しシンプルな方がよかったな。』
神の独断で決行された使用人部屋のリフォームは、あの時春翔たちがいた部屋だけではなく、廊下を含む3階全てが豪華絢爛に生まれ変わっていた。
以前は6畳の一人部屋が4部屋と10畳の二人部屋が3部屋だったのが、現在は30畳の1部屋と10畳の3部屋になっている。
そのうちの一番広い30畳の部屋をセラフィムが使い、10畳の部屋を春翔が使っていた。
使用人たちには、3階の部屋が変わったことについてはエルフの魔法で模様替えしてもらったことにしたが、模様替えレベルではない変わりように皆仰天していた。
アレス叔父の御者エイダンに至っては、当初3階の使用人部屋を割り当てられていたにもかかわらず、このような豪華な部屋はとても使えないからと、物置と化していた屋根裏部屋の一つを自分で掃除してまで移っていったほどだ。
『まあ、とりあえずしばらくは仕方ないよ。アレス叔父さんたちが帰ったらまた部屋割り考えればいいんじゃない?』
『そうだな。』
とりいそぎ日本から呼び寄せる3人は、莉奈はセラフィムと同室、海翔は春翔の隣の部屋、美優の父優士は2階の美優の部屋の向かいの部屋を割り当てることにした。
『神様、何時くらいに呼んでくれるのかなあ?』
『まさか、忘れてないよな? 心配だ……。』
あのいい加減な神では、今日の約束を覚えているのか甚だ心もとない。
『春翔、今何時だ? 10時位なら朝食も食べ終わって、支度も整え終わってる頃じゃないか?』
『えーと、まだ8時半。』
春翔はポケットからスマホを取り出して時間を確認した。
『休日の8時半だと朝ごはん食べてる頃かもね。トイレ行ったり歯磨きしたりいろいろ準備があるだろうし、もうちょっと待った方がいいんじゃない?』
『そうだな……。ああー! 叫び出したい気分だ! 心臓がドキドキして痛いくらいだよ!』
子どもたちの手前平静を装っていたセラフィムだったが、ついに興奮を抑えきれなくなったようだ。
『と、とーちゃん落ち着けって。』
『5年ぶりに妻と子に会えるというときに落ち着いていられるか!』
『セラパパ、あと1時間半もそのテンションじゃ心臓が持たないよ。羊でも数えたら?』
『なんで羊……、そうだ! ちょっと馬でひとっ走りして気を落ち着けるか! じゃあ、また後でな!』
そう言い残すと、セラフィムは厩を目指して階段を軽快に駆け下りて行った。
この屋敷には、厩の奥に馬が軽く走れる程度の小さな牧草地があるため、今はそこにアレス叔父の馬2頭と貸し馬2頭がいる筈だ。
『とーちゃん、あんなにはしゃいで、よっぽど嬉しいんだなあ。』
『うん。私も嬉しい!』
『俺も!』
春翔と美優は、顔を見合わせてあははと笑い合った。
一時間ほど経つと、セラフィムがすっきりした顔で3階に戻ってきた。
井戸で水を浴びて来たのか、髪が濡れている。
『とーちゃん、おかえり。』
『セラパパ、久しぶりに莉奈ママに会うのに髪の毛濡れっぱなしでいいのー?』
『ドライヤーなんてないんだから仕方ないだろ。すぐ乾くよ。春翔、今何時だ?』
『えーと、9時40分。すぐに来てくれるかどうか分からないし、もう神様呼んでみる?』
『そうだな、呼んでみよう。』
これ以上待ちきれなくなった春翔とセラフィムは、神力を発動させて神に呼びかけることにした。
『神様! 約束の日曜日です! 来てください!』
『神よ、約束の日です! どうか、我らの前に姿を現し賜え!』
『ふわーあ……、はいはい、来ましたよっと。』
大あくびと共に神がパッと現れた。
たった一度の呼びかけに応じるとは、どういう心境の変化なのだろうか。
『はーあ……、こんな朝早くに呼び出すなんて、ちょっと常識がないんじゃないかな。睡眠不足は美容の大敵なんだ。』
神はそう言って、不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
寝起きでそのまま来たらしく、シルクのような光沢のある白い夜着を着ている。
『えっ、今日は一回で来てくれたんですか? わあ、約束覚えててくれたんですね!』
『そりゃあね、ワンパターンとまで言われたらこっちだって気分悪いからね。これが終わればもう関わらずに済むから、サクッと終わらせようかと思って。』
元はと言えば神の方が勝手にやってきて、無理やり使命を押し付けて関わってきたというのにこんな言い草があるのだろうか。
ふざけるなと思いはしたが、今日だけは神の機嫌を損ねるわけにはいかない。
『神様、日本から私たちの家族を呼び寄せてください。どうかよろしくお願いいたします。』
『『お願いします!!』』
セラフィムが頭を下げると、春翔と美優も続けて頭を下げた。
神は三人の殊勝な態度を見て満足そうに頷くと、目を瞑って日本にいる火の精霊フェニックスに呼びかけた。
『ーーーあー、フェニーちゃん? そっちの準備はどう? いいなら呼んじゃうけど。海翔は発動大丈夫? あー、はいはい。はーい。』
そして神は目を開けて一言『いくよ。』と言って、指をパチッと鳴らした。
シーン………。
何も起こらない。
春翔の耳に、自分がゴクリと唾を飲み込む音だけが聞こえた。
『あ、あのー。何分くらいで来るんですか?』
いつも神はパッと現れている。
きっと家族もパッと現れるのだろうと思っていたのに想像と違ったため、心配になった美優が尋ねた。
『えっ、あれっ? なんで? おかしいなあ。』
神の焦った様子に不安が募る。
『おい、おかしいとはどういうことだ! まさか、失敗したんじゃないだろうな?』
焦燥にかられたセラフィムが神に詰め寄った。
『『ええーーーっ、失敗っ!?』』
春翔と美優の口から悲鳴のような声が上がったその時、庭の方から木が折れるような大きな音が聞こえてきた。
バキバキバキバキッ! ドシッ!
三人が慌てて窓に駆け寄ると、庭の木や植物をなぎ倒して丸く結界が張られているのが見えた。
『あー、いたいた。もう、びっくりしちゃったな。なんであんなところに着いたんだろ?』
神は窓から外を見て、もう一度指をパチッと鳴らした。
ドシッ!
重量感のある音と共に現れたのは、ジョーンズ家の三人掛けのソファに座った莉奈、海翔、優士だった。
ソファには大量の荷物がこれでもかと括り付けられ、小山のようになっている。
『ちょっとちょっとー。何この荷物? こんなに欲張るから到着地点がずれちゃうんだよ、まったく! じゃあ用事は済んだし、僕はもう行くからね! もう呼ばれても来ないから!』
『あっ、神様、ありがとうございました!』
『ありがとうございました!』
ぶちぶち文句をいう神に、春翔と美優はお礼を言って送り出した。
セラフィムはと言うと、ソファに座る人物に目が釘付けになったまま微動だに出来ないでいる。
ソファに座る三人は気を失っているらしく、目を閉じたままだ。
春翔は、固まったまま動けないセラフィムの背中をぐいぐい押して、ソファに近づかせた。
セラフィムは莉奈の目の前まで来ると片膝を着き、大きな手で大事そうに妻の頬をつつんだ。
セラフィムは、こみ上げる涙を堪えて莉奈に呼びかけた。
『ーーー莉奈っ!!!』
セラフィムの声が聞こえたのか、気を失っていた莉奈のまぶたが震えた。
そしてゆっくりとその目が開いていった。
『セラフィ……?』




