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第50話 精霊の正体



人間の5歳児ほどに見える水色の髪の女の子は、アリシアの座るソファの傍らに立っている。

皆の視線を一身に浴びて、髪と同じ水色の目が不安そうにゆらゆらと揺れた。

エウフェミアは怯えさせないようにと、出来る限り優しく話しかけた。


「こんにちは。私はエウフェミアよ。あなたはリアという名前なの?」


女の子はエウフェミアに目を向けたが、返事はしない。


「この子がアリシアさんの精霊? こんなに力が弱いのに人型を取れるなんて、なんだかちぐはぐね。」


「ちぐはぐ? どうしてですか?」


春翔には何がおかしいのか分からなかった。


「ハルトもカナートスの泉で光の玉を見たでしょう? 光の玉は人型を取れない弱い精霊なの。人型を取れる精霊は、何百年も生きるうちに力が強くなった上位精霊なのよ。」


「ふむ。光の玉よりは強いようだが、上位精霊には遠く及ばない力だな。」


アレス叔父もエウフェミアと同じく、女の子の姿に違和感があるようだった。


「そうですな……、この子はまさか……。いや、しかし……。」


パンテレイモンは歯切れ悪く言葉を濁すと、顎に手を当て考え込んでしまった。


「おじいさま? どうかしたの?」


「エウフェミア、この子にどことなく見覚えがある感じがしないかね?」


「そうかしら? うーん……、わからないわ。」


パンテレイモンはセラフィムと春翔の方に向き直ると、守護精霊をここへ呼び出せるかと尋ねた。


「ウィル。ソール。話がしたい。出てきてくれないか?」


セラフィムが呼びかけると、ウィルとソールがパッと現れた。


「おう、来てやったぜ! 何のーーー」


陽気に現れたソールだったが、女の子の姿が目に入ったとたんにハッとして言葉を切った。


「ーーーまさか、ウンディーネ、なのか?」


女の子の肩がビクリと跳ねた。





「お前、なぜ? 何でそんなに弱ってるんだ? 力のほとんどを失っているじゃないか!」 


「本当にウンディーネなのかい? これほど力を失っていたなんて、道理で君を見つけられないわけだよ!」


ソールとウィルが口々に尋ねるが、女の子は小さな体を更に縮めて俯いたまま口を開こうとしない。


「まさかとは思ったが、やはり、ウンディーネだったのか……。守護精霊の力が失われるとは、一体どうしてこんなことに……。」


パンテレイモンは眉を下げて痛まし気に女の子を見た。


「ウンディーネ! 返事をしてくれ!」


ソールは興奮して女の子に掴みかからんばかりの勢いだ。


「あ、あの。守護精霊様、発言をお許しください。リアは、いえ、ウンディーネ様は話せないのではないでしょうか…。私とも今まで一度も会話をしたことがありません。ですが、こちらの言うことは理解していますので、頷いたり首を振ったりすることで意思疎通をしていました。」


「話せない……。」


アリシアの言葉に、一同は唖然として女の子を見つめた。


「何故なんだ。31年前に一体何があったんだ。」


「襲撃事件と関係があるのでしょうか。」


「関係ないとは思えないな。」


女の子はいたたまれなくなったかのように、ぎゅっと目を瞑るとふっと姿を消してしまった。

そして、ウィルとソールも、ウンディーネの名を呼びながら慌てて後を追い消えて行った。


「ウンディーネが見つかったことは良かったが…、手放しでは喜べない結果だったな…。」


アレス叔父はふうっと息を吐くと、どさりとソファの背に身を預けた。


「しゅごせいれいのちからは、もどりますか?」


「ーーーもともと持っていた水の精霊としての力ならば、時間と共に徐々に回復するかもしれないが……。一度失った守護精霊としての力を取り戻すことは不可能だろう。いや、もしも神の逆鱗に触れて力を取り上げられたのだとしたら、水の精霊としての力さえ戻るのかどうか……。」


シーン、と耳の痛くなるような静寂が訪れた。


そのまま誰も口を開こうとはせず、重苦しい空気が広がる。

居心地悪そうにしていたアリシアとレオンは、しばらくしておずおずと暇を切り出した。

セラフィムが昼食を一緒にと誘うのを固辞して、二人は重い足取りで屋敷を後にした。





昼食が終わると、アレス叔父と二人のエルフは少し考えたいと言ってそれぞれの自室へ引き上げていった。

食堂に残された春翔と美優とセラフィムもまた、先ほどの出来事について考えている。


『ただの人間が精霊の力を取り戻す方法なんてわかるわけがないんだから、ここは頭を切り替えて、襲撃事件の犯人捜しに力を入れたほうがいいと思うな。アリシアさんの精霊がウンディーネだったんだよね?


じゃあアリシアさんはヒュドール侯爵家の血筋ってことが確定したんだから、31年前に生まれてなかったアリシアさんよりも、アリシアさんの親に聞いてみた方が何か手がかりが見つかるんじゃないかな?』



『『それだっ!!』』



美優の言葉に、春翔とセラフィムは一筋の光明を見出した。

美優の言う通り、自分たち普通の人間に精霊の力がどうのという話は解決出来るわけがないのだ。

しかし、襲撃事件の犯人が分かれば、力を失った原因の解明は出来るかもしれない。


『一月後にアリシアさんたちの結婚式があるでしょ? その時にアリシアさんの親に会えるんじゃない?』


『いや、どうかな。平民は二人で教会に行って、神父の祝福を受けたら終わりだぞ。日本みたいに双方の家族や友人を呼んで結婚式をしたり、披露宴をしたりはしない。金がかかるからな。』


結婚式や披露宴がないと聞いた美優は、なぜかひどくショックを受けたような顔をした。


『ええーっ! アリシアさんは不作の年でも容赦なく税を取り立てる悪徳代官のせいで、13歳の時に売られそうになったんだよ!? この代官って獅子竜ネコババした悪徳代官と同一人物なんじゃないの? 


レオンさんの機転でどうにか売られずに済んだけど、その代わり12年もの間借金を背負う羽目になって、レオンさんと二人でコツコツと返して行ってさ。その二人が、やっとやっと幸せになれるっていうのに、何のお祝いもしないなんて!! 


セラパパ、ここで結婚パーティ開こうよ! 私たちの命の恩人なんだから、それくらいのお礼はしても罰は当たらないよ!』


テーブルに身を乗り出して鼻息荒くパーティの必要性を説く美優に、たじたじの男性陣は椅子の背に追い込まれるようにテーブルから身を離した。


『お、おう。そうか。すごい意気込みだな。場所を提供するのは構わないが、俺はそういうのは苦手だから仕切れないぞ。』 


『そこは任せてよ! 私と莉奈ママできっちり仕切るし! ここのお庭広くて綺麗だから、ガーデンパーティなんていいんじゃないかなっ。ウィンタースティーン商会の人たちに莉奈ママたちが来たらここに遊びに来てって言ってきてたからちょうど良かった。ね、春ちゃん!』 


『お、おう。お前なんでそんな張り切ってんだよ……。』


結婚式と聞いてやたらと張り切る女子の習性は、他人の結婚式であっても有効らしい。


それに、結婚パーティにアリシアの両親を招待すれば、アリシアの両親もエリミアの街を尋ねてくれるかもしれない。

元貴族であるならば、内心では結婚式を挙げて娘の結婚を祝ってやりたいと思っているに違いないのだ。


『はあ、なんかいろいろ大忙しになりそうだね~。早く莉奈ママ来ないかな。はあ~、明日は待ちに待った日曜日だよ! なんかワクワクしてきた!』


『ははっ、そうだな。俺も待ち遠しいよ。』


『俺も待ち遠しい! それにしても、神様がリフォームしてくれたおかげで客室が増えてちょうど良かったよなあ。あの神様も、たまにはいい仕事するな。』




いよいよ明日会える家族のことを思うと、先ほどまで暗い気持ちだったことが嘘のように晴れ晴れとした顔になる三人だった。






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