第44話 エルフの里の穀物
「おお、懐かしいな。」
アレス叔父は居間へ通されると、壁にかかっていた一枚の大きな絵に目を留めた。
微笑みを浮かべた幸せそうな家族が描かれている。
アクティース公爵一家が不幸に見舞われる前に描かれた、両親と祖父母、そしてセラフィムの姿絵だった。
「この頃のセラフィは、本当に天使のように愛らしかったな。家族みんなが目に入れても痛くないほどの可愛がり様だった。」
「--私は、一人息子でしたから……。」
セラフィムは幸せだった幼い頃を思い出し、その目に悲しみの色を宿した。
その様子を目にしたアレス叔父はセラフィムの肩にぽんと手を乗せると、明るい声で話題を変えた。
「セラフィ、昼食は何かな? 簡単なものでいいから早く食べたいぞ。腹が減った!」
「それでは食堂へ移動しましょう。こちらです。」
セラフィムはアレス叔父と二人のエルフを食堂へと案内した。
そこには既に春翔が座っていて、昼食の支度が整うのを待っていた。
「ミユはどうした?」
「ケイラさんをてつだうといって、ちゅうぼうへ行きました。」
「そうか。ハルト、簡単なものでいいから早く出来るものがいいと言ってきてくれ。」
「はい、わかりました。」
春翔はさっと立ち上がると、食堂の奥へと消えて行った。
『お~い、美優。とーちゃんが早くできるものがいいってさ。俺も腹減った。』
『じゃあ、サンドイッチがいいかな? アレス叔父さんがいるから、ちょっと豪華にクラブハウスサンドにしようか。』
『おお、やった! 俺もそれ好き!』
『はいはい、10分くらいで出来るからあっちで待っててねー。』
美優は手際よくサンドイッチを作りあげると、給仕をケイラたちに任せて食堂へ入って行った。
「できました! いまもってくる!」
「もしかしてミュウが作ったのか?」
「はい!」
「ふむ、そんなに幼いのに料理が出来るとは大したものだ。」
美優に続いてケイラたちが料理の乗ったワゴンを押して食堂へ入ってきた。
クラブハウスサンドに、簡単な葉野菜のスープ、カットフルーツ、そしてお茶がテーブルの上に並べられた。
「これは美味そうだ。このパンには炙ったような焼き色がついているのだな? 中身も何やらたくさん挟んである。」
「たまごとおにくと、いろいろ!」
クラブハウスサンドには、ベーコンと目玉焼き、鶏肉を薄く切って焼いたもの、そしてトマトとレタスが挟んである。
マヨネーズの代わりに、オリーブオイルとレモン汁、粉チーズなどでシーザードレッシング風のものを手作りした。
『いただきま~す!ーーうん、うまい!』
アレス叔父たちがサンドイッチを感心して眺めている間に、春翔は大きな口を開けてさっさとかぶりつく。
『サンドイッチもうまいけど、俺、米食いたい……。』
「うん? ハルトは急に元気がなくなったようだが、どうしたのだ?ーーーうむ、これは美味い。」
アレス叔父には春翔が突然元気を失くしたように見えたようだが、セラフィムにも美優にも、春翔が米を恋しがる気持ちはよく理解できた。
セラフィムも美優も、慣れ親しんだ主食である米を食べたいと思っているのだ。
「ハルトは、私たちが暮らしていた国で食べられていた穀物を食べたがっているのです。」
「穀物? それならばエウフェミアの精霊に聞いてみればよい。この国にもしあるならば教えてくれるだろう。」
「はい!」
アレス叔父の言葉を聞いて、春翔と美優はパアッを顔を輝かせた。
話を聞いていたパンテレイモンとエウフェミアは、サンドイッチをかじりながらどんな穀物なのだろうかと考えていた。
「ハルト、穀物と言ってもたくさんあるわ。ハルトが探しているものがどんなものか特徴を言ってみて?」
「はい。白くて、こむぎよりも小さくてほそいです。みずでにると、モチモチしておいしくなります。」
「うーん……。なんだかエルフの里で食べられているオリュザに似てる気もするわ。でもオリュザは白というより、薄い茶色みたいな色よね。ねえ、おじいさま? 」
「オリュザは白とは言えないが、モチモチして美味しいな。」
エウフェミアとパンテレイモンの心当たりの穀物とは色が違っているようだった。
『セラパパ、春ちゃん、それって玄米じゃないかな? 玄米ってなんていうの?』
『ええっ、玄米なんて単語わからないよ。』
「エウフェミアさん、私たちが探している穀物も、精製する前は薄い茶色です。もしかしたらそれは、私たちが探しているものかもしれません。」
「あら! 思ったより早く見つかって良かったわ。でもエルフの里はアレクサンドロス王国の北の端よ。王国の南の端のアクティース公爵領まで運ぶとなると、どれほどの時間がかかるかわからないわ。」
「エウフェミアさん、よくりゅうびんで、こくもつの……はっぱ?を送ってもらう? せいれいが育てるとたべられる!」
獅子竜の被害に遭った村で、植物の精霊があっという間に畑の作物を実らせるのを目撃していた美優は、少量の苗を取り寄せればこの地で育てられるのではないかとひらめいた。
「それはいいかもしれないわ。今はちょうど苗を植える季節だから、頼めばきっと送ってもらえるわ。」
「エウフェミアの精霊に頼んで、王都にいる私の翼竜をエルフの里へ連れて行ってはどうかな。動物には精霊の姿が見えるからな。苗を受け取ったらそのままエリミアの街へ飛んでもらえばよい。」
ありがたいことに、アレス叔父が自分の翼竜を使うようにと申し出てくれた。
「ありがとうございます!ハルトはうれしいです!」
「ミユもうれしい!」
「私も嬉しいです。皆さん、色々とご尽力いただきありがとうございます。」
久しぶりに米を食べられるかもしれない喜びに沸く日本からの転移者組であった。
昼食後は、おのおの案内された部屋で休むことにした。
アレス叔父はセラフィムが使っていた主寝室を使い、パンテレイモンとエウフェミアは空いていた2つの客室を使うことになった。
セラフィムは春翔と同室のつもりで春翔の部屋に移動したが、つれない息子はさっさと荷物をまとめて使用人部屋へ移動してしまっている。
春翔が使うことにした部屋は、使用人部屋と言っても明るく清潔感のある一人部屋だ。
日本の家の8畳の自室よりは小さく感じられたが、それでも6畳くらいはあると思われ、特に不自由はなかった。
『こんな部屋が何部屋も余ってるなんて勿体ないよなぁ。まあ、もうすぐかーちゃんたちが来るから、大人は2階で子どもは3階の使用人部屋ってことになりそうだな。』
コンコン!
ノックの音と共に、返事を待たずに美優が部屋に入ってきた。
美優の後ろにはセラフィムの姿もある。
『へえ~、シンプルでなかなかいい部屋だね。誰も使ってないなんて勿体なーい。』
『プッ、それさっき俺も言ったし。』
『この屋敷は多くの客人を迎えられる造りになってないから、2階の5部屋だけじゃ少し手狭だな。使用人部屋をゲストルームに模様替えするのもいいかもしれん。3階はみんなこの広さなのか?』
『二人部屋が3部屋あったよ。そっちはここより広くて10畳くらいだった。』
『そうか。なら、一人部屋はそのまま使用人用に残して、二人部屋を改装しようか。いや、屋根裏部屋があるのかな? あるなら屋根裏部屋を使用人用にして、3階は全てゲストルームでもいいかもしれないな。』
セラフィムはやっと家族に会えることになって少し浮足立っているらしく、屋敷を大人数で使えるように改装しようとあれこれ考えているようだ。
『かーちゃんに聞かないで勝手に決めたら怒られるんじゃないの?』
『ははっ! 怒られても何でもいいから早く会いたいよ! いつ呼ぶか早速お前たちと打ち合わせをしようと思ってここに来たんだよ。』
『そうそう。早く決めようよ。私は、こっちに呼ぶ日は土日がいいと思うんだよね。平日だと学校や会社があるし。土曜日にいろいろ準備してもらって、日曜日にこっちに呼ぶのはどうかな?』
『おお、それがいいじゃん!』
『スマホを見れば今日が地球の何曜日なのかわかるか? 春翔、スマホ貸してくれ。』
春翔は荷物からスマホと充電器を取り出すと、窓辺の日当たりのいい場所に設置した。
『スマホは充電しないと使えないよ。今日の午後いっぱいで充電できるかな? 今日出来なかったら明日だね。』
『そうか。それなら、とりあえず今日のところは文章を考えようか。』
『米はまだどうなるかわからないから、日本からも苗持ってきてもらう? エルフ米が外国産の細長いパサパサの米みたいなやつだったらショックだしさ。あと、醤油は絶対だな! 醤油の作り方も必要だ。あとは野菜の種とか、和牛の育て方とか、えーと他にはー。』
『春ちゃん……、食べ物のことしか言ってないよ……。』




