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第42話 村の視察



王都を発って8日目、一行はもう間もなく旧アクティース公爵領へと入る隣領の街まで来ていた。

神々の壮大なる痴話喧嘩に巻き込まれた翌日からの旅は順調で、このまま行けば明日にはエリミアの街へ入れるだろうと思われた。


そんな中、街の料理屋で早めの昼食を取りながら、アレス叔父はまたもや寄り道を提案した。


「もう間もなくアクティース公爵領へ入るな。そういえば、獅子竜の被害に遭った村というのは、ここから近いのではないか? 隣領との境に近い村だと聞いたが。」


「はい。ここからそう遠くありません。街道を少し外れて山の方へ向かう途中にある3つの村です。」


「壊滅状態だと聞いたが、復旧の目途は立っているのだろうか? アクティース公爵領のことは他人事とは思えないからな、少し視察してみるのも良いだろうと思っているのだ。セラフィはどう思う?」


アレス叔父はセラフィムの反応を見るような顔で尋ねた。


「はい。私は村の一つに立ち寄っただけですが、その村もかなり酷い状態でしたから私も心配しておりました。もしかするとお金が足りずに困っているかもしれませんね。私が倒した獅子竜は、被害に遭った村で分けるようにとそのまま残してきたのですが、被害額がどれくらいになるのか分かりませんから。」


「ううむ。やはり行ってみるとしよう。我々に手助け出来ることがあるかもしれん。」


「はい。では昼食が終わりましたら早速向かいましょう。見舞いとして干し肉と小麦でも買っていきましょうか。」


アレス叔父とセラフィムの会話を聞いていた一行は、揃って頷き村の視察に行くことに同意した。




最初に獅子竜の被害に遭った村には、隣領の街を出て一時間足らずで到着した。

被害に遭ってからまだ一月程しか経っていないこともあるが、新しく家屋が建てられた様子もなく、せいぜい瓦礫が片づけられた程度の変化しかないように見受けられた。


村を歩く村人の姿は一人も見当たらず、廃村となってしまったかのような静けさだった。

一行は、村の中心部と思われる辺りで馬車を止めると、馬車を降りて辺りの様子を窺った。


「だれもいません。」


アレス叔父達よりも先に馬を下りて辺りを見回していた春翔が言った。


「そのようだな。この村を捨てて、近くの街にでも居を移したのだろうか。」


「しかし、居を移すには先立つものが必要です。そんな余裕が村人にあるでしょうか。」


「それもそうだな。ううむ。」


その時、近くの家からガタガタと戸を開ける音した。

音がした方に目をやると、そこにはガリガリにやせ細った5歳くらいの子どもが一人、ぽつんと立っている。


「おお、人がいたようです。君、家にお父さんかお母さんはいるかな?」


セラフィムが子どもに声をかけたが、子どもは生気のない表情のまま答えない。

春翔は笑顔でその子どもに近づくと、昼に立ち寄った街で買った焼き菓子を手のひらにのせて差し出した。


「こんにちは。これ、おいしいよ。食べてみて。」


子どもは春翔の手に乗った焼き菓子を凝視して、ごくんと喉を鳴らした。

美優も春翔の傍に立ち、子どもに焼き菓子を勧めた。


「おやつ食べる! げんきになるよ!」


にこっと笑った美優の顔に安心したかのように、子どもはそっと焼き菓子に手を伸ばした。

子どもはゆっくり一口かじると、口に広がった味に空腹感を刺激されたかのように、ガツガツと残りをむさぼった。


「……おいしい。にいちゃん、ありがと…。」


「よかった。おとうさまとおかあさまは、おうちにいますか?」


「おとうさま……? とうちゃんは竜に殺された。かあちゃんは、村のみんなと畑に行ってる。」


「ころされた……。」


春翔と美優は、小さな子どもの言葉に絶句した。

獅子竜が暴れて村を3つ壊滅状態にしたことは聞いてはいたが、今までどこか映画か小説の話のような感覚でいて、現実とは思えないところがあった。


しかし、実際に親を殺された子どもを目の当たりにして、まぎれもない現実に今更ながら二人は衝撃を受けた。


「大人に話を聞きたいな。私たちをその畑に連れて行ってくれるかな?」


セラフィムに再び尋ねられた子どもは、今度はこくんと頷いた。


子どもに案内され、村のはずれにある畑に着くと、そこには畑仕事をする村人の姿があった。

村人のほとんどが老人か女性だ。


「おーい! 私たちは、この村の手助けをしたいと思って視察に来た者だ。何か困っていることはないか?」


セラフィムが大声で声をかけると、わらわらと集まってきた村人たちは一斉に話し出した。


「どうか、どうか、わしらをお助けくだせえ!」


「お願えします! 畑のほとんどを潰されちまって、このままでは飢え死にするしかねえんです!」


「村の男たちは竜と戦って死んでしまって、あたしらはどこにも行くあてがねえんです!」


村人たちは一様にやせ細り、食料が不足していることは一目瞭然だった。


「代官から助けは来てないのか?」


「代官!? とんでもねえ! あん人は悪魔だ! 英雄様が被害に遭った村で分けるようにと残していってくれた獅子竜を、今年の税代わりだと言って全部持って行っちまったと聞いただ!」


「なにっ!?」


代官が獅子竜を着服したと聞いたセラフィムは、報奨金を渡された時に代官が言った言葉を思い出していた。


「そういえば、俺に報奨金を渡す時に代官は何と言っていた? 3つの村の復興支援のために現金での報奨を減らすと言った筈だ。」


セラフィムの独り言が聞こえたアレス叔父は、王宮の噂で小耳に挟んでいた報奨金の金額を口にした。


「確か獅子竜を倒した英雄には、陛下から金貨500枚が贈られた筈だ。」


「金貨500枚? 私がいただいたのは100枚でした。」


「……まさか、代官が金貨400枚を着服したということか? それだけでは足りずに、獅子竜を売って得られる金までも村人から取り上げたのか! なんと見下げ果てた男だ!」


代官による横領疑惑が浮上し、アレス叔父はこぶしを握って激高した。


「アレス叔父様、代官を許せない気持ちは私も同じですが、今はどうすれば村人を救えるかを考えましょう。」


「ーーふう。そうだな。今は村人を救う方法を考えなくてはな。」


アレス叔父は、気を落ち着かせるようにゆっくり息を吐き出すと、二人のエルフの方を向いた。


「パンテレイモン、エウフェミア。力になってやれるだろうか?」


「はい。お任せください。私はあちらの森に精霊魔法をかけます。この畑はエウフェミアに任せましょう。」


「ええ、この畑は私が精霊魔法をかけますわ。」


パンテレイモンとエウフェミアはそう言うと、それぞれの精霊を呼び出した。


「エント。」


「ドリュアス。」


パンテレイモンとエウフェミアの呼びかけに応え、緑色の目に緑色の髪をした二人の美しい女性が空中にふわりと現れた。


「エント。この村は獅子竜に襲われて食料が不足しているのだ。あの森の恵みを村人に分けてやってもらえないだろうか?」


「ええ、いいわ。果実や木の実がたくさん実るようにしてあげるわね。」


「ドリュアス。おじいさまの言った通りよ。この畑もたくさん実るようにしてあげてほしいの。」


「いいわよ。今植えてるものをすぐに収穫できるようにしてあげるわね。その後また種を植えれば、秋にはまた収穫できるわ。」


「ドリュアス、ありがとう。」


「エントもありがとう。」


精霊の姿が見えない村人や美優には、パンテレイモンとエウフェミアが何もないところに話しかけているようにしか見えなかったが、畑の作物が見る見るうちに成長して収穫できる状態になったことに気が付くと、おおっと声をあげて喜んだ。


「ありがとうごぜえます!」

「ありがとごぜえます!」

「ありがとう! ありがとう!」


村人たちが涙を流しながら口々に礼を言うと、二人のエルフは微笑みを浮かべて頷いた。

二体の精霊たちも村人たちに向かって優しく微笑むと、スーッとその姿を消した。




「見事なものですね。パンテレイモンさんとエウフェミアさんは植物系の精霊と契約していたのですね。」


セラフィムが二人のエルフの手際の良さに感嘆したように言うと、アレス叔父は頷きながら言った。


「そうだな。エルフはほとんどが植物系の精霊だそうだ。他には風と契約しているものもいると聞いたな。」


エルフの精霊について話す二人の後ろで、美優もまた春翔に精霊の様子を尋ねていた。


『ねえねえ、春ちゃん。パンテレイモンさんたちの精霊ってどんな感じだったの?』


『ん? ああ、緑色で綺麗だったよ。ふわふわ浮いててCGみたいだった。』


『へえー、緑色でCGみたいって、マッチョな超人と同じだねっ!』


『お前な……。精霊さんたち、女の人だからな?』


精霊たちにさんざん助けて貰っておきながら、恩を仇で返すような失礼な発言をする美優であった。






金貨500枚=5,000,000ロス=50,000,000円

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