第41話 大団円…?
先ほどまでシレッとした顔でなんで僕が謝るのと言い切っていた神が、いきなり180度対応を変えて謝罪の言葉を口にした。
「エラちゃん、僕が本当に愛しているのは君一人だけだよ!」
「「「「「「ええええええ!」」」」」」
神の突然の変わり身についていけない一同は驚きの声をあげた。
「……そんなこと嘘です。わたくしにはとても信じられませんわ。」
神の謝罪はあまりに嘘くさかったが、悪いことに女神はまんざらでもない様子で頬を赤らめている。
傍から見ている方としては、こういうタイプの男は「本当に愛している人は君一人」だとしても、「心から愛している人」、「一番愛している人」、「真実の愛をささげる人」などなど、それぞれ別枠でいたりしますよ、騙されたらいけませんよと声を大にして言いたかった。
「ああ、こんなに美しい君を苦しめていたなんて、僕はなんてダメな男なんだ! これからは君を幸せにすると約束するよ!」
「あなた……。その言葉、信じてもいいのですか?」
女神は目を潤ませて、嬉しそうに神の顔を見つめた。
チョロ過ぎではないだろうか。
「もちろんだよ! さあ、一緒に僕たちの愛の巣へ帰ろう!」
「ええ、帰りますわ!」
神に手を取られた女神は、はにかんだ笑みを見せて返事をした。
そして人目も憚らず身を寄せ合ってイチャイチャし始めた神々は、一挙手一投足を見守る人間と精霊の存在を軽く無視して、声も掛けずにそのまま消えてしまった。
そして、呆気に取られていたウィルとソールも、危機が去り役目を終えたことを見て取ると、疲れた表情を浮かべてスーッとその姿を消した。
あまりの展開に一同が呆然としていると、我に返ったアレス叔父がセラフィムに説明を求めた。
「セラフィ、いったい何がどうなってこうなったのだ? 私たちにも分かるように説明してくれ……。」
「……は。私にもどうしてこうなったのかよく分かりませんが……。先ほどは、ミユが浮気したことを謝罪するようにと神に促しても、なぜ自分が謝る必要があるのかと拒絶していました。自分はみんなのもので、全ての綺麗な女性を愛するのが自分という男だと。その言葉を聞いて、女神はあのように怒りを爆発させて攻撃してきたのです。」
「なんと! 浮気を責められている状況で、妻に対してそのような物言いをするとは……、なんと恐ろしいことだ。」
それでは女神が攻撃するのも無理はないとアレス叔父は顔を青ざめさせた。
「ウィルとソールのおかげで何とか女神の攻撃を避けることができましたが、危ないところでした。暗闇の中での空からの攻撃では防ぎようがありませんでしたから。あの攻撃の後、またミユが女神に提案したのです。向こうに謝る気がないのなら、代わりに一発殴ってはどうかと。」
「「「おお!」」」
アレス叔父、パンテレイモン、エウフェミアは、神を殴れと言う美優の物騒な提案に目を瞠った。
「女神はその案を気に入り、ご覧になった通り神の顔を殴りました。その時に返り血が手につきましたので、泉の水で手を洗ったのです。そして若返った手を見て、泉の水に浸かると若返ることを確信した女神は泉に飛び込みました。泉から出てきたときには、神への恨みの気持ちが消え去り、美しく若返った姿になっていたのです。」
「なんとっ! 女神の怒りが治まったと言うのか! このアレクサンドロス王国は、とうとう二千年にも及ぶ女神の災禍から解放されたのか!?」
セラフィムはアレス叔父の言葉に頷いた。
「はい。実は私たちは以前にも神と対面しているのです。その際に、女神に刺さった結界の破片を除去するようにとの使命を与えられました。破片が女神を蝕んで災いを起こしているのだと。その使命のために、私たちはアレス叔父様に修行をお願いしようと王都へ行ったのです。」
「そうか。そう言えば、早く神力を発動させねばならぬと言っていたな。」
アレス叔父は合点がいったかのように、なるほどと頷いた。
「はい。」
「しかしセラフィ。なぜ神は急に態度を変えて女神に謝罪したのだ? 先ほどまでは、少しも悪いと思っていないかのような様子だったのだろう?」
「それが私にもわからないのです。なぜ急に態度を変えたのでしょうか……。」
大人たちは、眉を寄せてうーんと考え込んだ。
『ねえ、春ちゃん。あれって絶対顔で態度変えたよね? 若くて綺麗になったからって、ヨリを戻したくなって心にもない謝罪したんだよね! 二千年も見向きもしなかったくせにさ。見た目があのままだったら絶対最後まで謝らなかったに決まってるよ!』
『うんうん、俺もそう思った。あれやっぱり、顔見てヨリ戻す気になったんだよな。捨てる気だった時は謝る気なかったもんな。』
『女神さま、あんな人にコロッと騙されちゃって、また同じことが起こりそうで心配だよ。』
『あー、あれはまたすぐ浮気するよな。本心では反省なんかしてないもんな。』
気が付くと、アレス叔父たちが二人の会話を興味津々といった様子で見守っていた。
「セラフィ? 子どもたちは何と言っていたのだ?」
「はい……。神は、女神が若く美しくなったから、ヨリを戻すために謝罪したのではないかと……。しかし、本心から反省してはいないので、また同じことをするのではないかと言っています。」
「「「…………。」」」
アレス叔父たちは、女神の見た目で態度を変えたと聞いて、神のあまりの浅はかさに絶句した。
まさかと思いたい気持ちはあったが、実際に自分の目で見た神の一連の行動から考えると、子ども達の推測は正しいのではと思われた。
「ま、まあ、あの様子ならば、しばらくは浮気の虫も大人しくしているだろう……。頼む、していてくれ……。」
アレス叔父の言葉は、アレクサンドロス王国全国民の心からの願いだった。
気が付くと、日がだいぶ傾いており、空が夕焼けに染まっていた。
「そろそろ街へ向けて出発しないと、日没前に街へ入れないだろう。ジュノーネの丘で景色を見ようと言ったが、とても景色を楽しむ気分にはなれそうもないな……。」
アレス叔父が疲れたように言った。
昼前にカナートスに着いたが、着いたとたんに修行を始めて、昼食を取る間もなくあの展開になってしまったのだ。
疲れも溜まったし、空腹を感じていた。
「はい。ミユもつかれた。けしきはこんどにする。」
「それでは、街の宿でゆっくり休みましょう。」
「そうだな。エイダンはどこだ……? おーい、エイダン!」
アレス叔父が呼びかけると、遠くから小さく返事が聞こえた。
「ーーーただいま参ります!」
「おお、だいぶ遠いところにいるな。馬が逃げたか? おーい、ゆっくりで構わんぞー!」
ぜいぜいと息を切らせたエイダンは、倒れ込むようにアレス叔父の元へ戻ってきた。
「申し訳、ござい、ません。馬が、驚いて、逃げて、しまいまして……。」
「構わぬ。驚くのは当然だ。なにしろ私も走って逃げ出したかった程だからな。エイダンの息が整ったら出発するとしようか。」
「はい。かしこまり、ました。」
しばらくして、エイダンが馬車の準備を整え終わると、一行は街へ向けて出発した。
街へ着くと早速宿を取り、宿の食堂で夕食を注文した。
「アレス叔父様、もう修行という目的はなくなってしまいましたが、このままエリミアの街へ向かわれますか?」
「おお、向かうぞ。公爵夫妻の墓参りもしたいし、何よりセラフィと共に過ごしたいのだ。それに水の精霊を使役している人物にも会わねばなるまい。」
「承知しました。それでは予定通りエリミアの街へ向かいましょう。」
神の使命を達成することが出来たセラフィムは、エリミアの街に着いたらすぐにでも日本から家族を呼び寄せるつもりでいた。
部屋は足りるだろうか、莉奈と海翔をアレス叔父に紹介してなどと、今後のことを考えては胸を膨らませるセラフィムだった。




