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第37話 水の精霊の行方



アレス叔父とパンテレイモン、そしてエウフェミアは一様に驚いた顔を見せた。


「なんだって?」

「何という人物ですか?」

「その人はどこにいるのかしら?」


三人から矢継ぎ早に質問をされた美優は、あまりの迫力にたじろいだ。


「うーん、うーん、いちどにいわれるとわからない!」


「そうか、ミュウは言葉が不自由だったな。エイダン! 止まれそうな場所があったら馬車を止めてくれ!」


「かしこまりました!」


アレス叔父が御者のエイダンに馬車を止めるよう声をかけると、外から了承の返事があった。



『春翔、どうやらこの辺りで休憩するみたいだぞ。朝からだいぶ走り続けたからな、久しぶりの乗馬で疲れていないか?』


『うん、結構疲れたけど、ちょっと休めば大丈夫だよ。』


『そうか。お、あの辺りが開けていて馬車を止めるのにちょうどいいな。』


セラフィムが予想した通り、エイダンはその草地で馬車を止めた。

アレス叔父は馬車が止まると同時に扉を開けて、待ちかねたようにセラフィムを呼んだ。


「おおい、セラフィ! ミュウの話を詳しく聞きたいのだ。通訳をしてくれ!」


アレス叔父に呼ばれたセラフィムは、自分の馬にも水をやってくれるように御者に頼むと、開け放たれた馬車の扉から中を覗き込んだ。

春翔も自分の馬を下りると、セラフィムの隣に並んだ。



「どうかしましたか?」


「セラフィ、ミュウが水の精霊魔法の使い手を知っていると言うのだ。水の精霊ウンディーネは襲撃事件以降消えてしまった。なのになぜ水の精霊と契約しているものがいるのだ? どこにいるのか聞き出してくれ。」


「ちょ、ちょっと待ってください! ウンディーネが消えてしまったとはどういうことなのですか?」


「ああ、セラフィも知らないのか。襲撃事件以降、アレクサンドロス王国から4体の守護精霊が忽然と消えてしまったのだ。そのうちの3体はセラフィと共にいたことがわかったが、残りの1体であるウンディーネの行方は今もわかっていない。」


「そんな。では、31年もの間、いや26年か? とにかく、それほど長い間この国には3体の守護精霊しかいなかったのですか?」


つい最近まで、アレクサンドロス王国は7体の守護精霊に守られていると思っていたセラフィムには、たった3体しかいなくなってしまったことが俄かには信じられなかった。


しかも、この国に3体しかいなくなった原因は、雷、光、火の精霊が自分と一緒にいたせいだと言うのだ。



「そうだ。ミュウの知っているという水の精霊魔法の使い手が、もし契約している水の精霊と話ができるとしたなら、ウンディーネの行方を捜す手掛かりになるかもしれないのだ。」


アレス叔父の真剣な表情に、セラフィムは気を引き締めて頷くと、美優に尋ねた。


『美優、本当に知っているのか? この国に知り合いなんてほとんどいないだろう?』

『知ってるよ! ね、春ちゃん。アリシアさん、水魔法使ってたよね?』

『うんうん、使ってた使ってた。水飲ませてもらった。』


『アリシアさん? 誰だったかな…。』

『セラパパ、昨日も会ったよ! ブルースさんの商会の護衛さんで、プラチナブロンドの美人な女の人だよ。』

『ああー! 彼女がアリシアさんなのか。水魔法が使えるとは知らなかったな。』



「セラフィ? どうなのだ?」


セラフィムたちが日本語で話すのをやきもきしながら聞いていたアレス叔父は、早く教えろとばかりに答えを急かした。


「はい。私も知っている人物でした。ウィンタースティーン商会で働いている、アリシアという女性です。今は仕事で王都にいますが、じきにエリミアの街にあるウィンタースティーン商会に戻るでしょう。おそらくエリミアの街で会えるかと思います。」


「おお、それはちょうどよい! セラフィはその人物が精霊魔法を使うところを見たのか?」


「いいえ、私は見ていませんが、ハルトとミユは水を出して貰って飲んだと言っています。」


「そう! とうぞくもつかまえた! 水でかこんだ!」


一同から、おお、という感嘆の声があがった。

盗賊を捕まえることが出来るほどだというのなら、気のせいではなく本当に水の精霊魔法が使えるのだろうと期待したようだった。



『でもアリシアさん、村娘だって言ってた気がするんだけど…。ねえ、春ちゃん、そう言ってたよね?』

『ああ、そう言ってた。それが何か関係あるのか?』


『水の精霊ウンディーネが消える前に守護してた家がヒュドール侯爵家っていうんだけど、その侯爵家の人で、初代国王の血を引いている人じゃないと水の精霊は契約しないんじゃないかって。パンテレイモンさんが言ってる。』


『へ。なんかややこしいな。じゃあ、アリシアさんは実はヒュドール侯爵家の人なんじゃないか?』

『ヒュドール侯爵家は31年前の襲撃事件で断絶したって。』


『とーちゃんみたいに、実は生きてたんじゃないか? 危険だから身分を隠してるとか。』

『それはあり得るな……。』


いつの間にか春翔と美優の会話を聞いていたセラフィムは、ヒュドール侯爵家の生き残り説に賛同した。

そして、アレス叔父たちにも、春翔と美優の会話の内容を訳して聞かせると、アレス叔父たちも生き残り説に頷いていた。




ちょうど昼時だったためその場で昼食を取ると、一行は今夜泊まる予定の宿場町に向けて出発した。

宿場町まで単騎であれば3時間ほどだが、馬車となると4時間はかかるだろう。


昼食後の馬車内は、それぞれが物思いにふけった様子であったため、大人しくしていた美優は睡魔に襲われいつの間にか眠ってしまっていた。

次に美優が目を覚ました時には、泊まる予定だった宿場町に到着したところだった。


町の料理屋で夕食を取りながら、アレス叔父は街道を少し外れたところにある、聖なる泉カナートスに立ち寄っていかないかと提案した。


アレス叔父は、アクティース公爵夫妻の墓を訪れる時は、毎回その泉に立ち寄るのだという。

聖なる気の宿る場所でならば、春翔とセラフィムの神力の発動に良い影響があるのではないかと言うのだ。


『なにそれ? パワースポット的な何か? うわー、私行ってみたい!』

『うん、なんとなく良さそうな感じだし、俺も賛成!』


「アレス叔父様、子ども達は賛成だと言っています。私もぜひ行ってみたいです。」


「おお、そうか。では、明日はそこに向かおう。とても美しい泉なのだ。きっと気に入るだろう。楽しみにしていてくれ。」


顔を輝かせて楽しみにする春翔と美優に、エウフェミアは微笑みながら言った。


「聖なる泉カナートスにはたくさんの下位精霊がいるのよ。神力を発動できるようになれば、ハルトもその姿を目にすることが出来ると思うわ。」


「すごい! ハルトはがんばります!」

『春ちゃん、いいなあー。』


精霊が見えるようになると聞いた美優は、うらやましそうに春翔を見た。


『美優、修行なんだけどな、実は全然うまくいってないんだよ……。』

『ええっ、セラパパ、それほんと? どうしてなの? セラパパも春ちゃんも運動神経すごくいいのに!』


『運動神経は一切関係ないんだよ……。』

『どんな修行なの?』


セラフィムの修行がうまくいっていないという言葉に美優は首を傾げた。

いつも器用に何でもこなしてしまうセラフィムの発言とは思えなかったのだ。


『それが……、何とも説明しにくいと言うか……。こんなに大勢の人がいるところではとても修行はできないから、明日、泉に着いたら修行するんじゃないかな。美優、見て驚くなよ……。』


普段のセラフィムとは打って変わった歯切れの悪さに、美優は首をひねった。


(いったいどんな修行なんだろ?)





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