第36話 叔父との待ち合わせ
エリミアの街へ帰る日の早朝、春翔とセラフィムは宿に預けていた馬を受け取り、美優を伴って徒歩で正門へ向かっていた。
アレス叔父とは、エリミアの街へ向かう街道の最初の休憩所で合流することになっている。
『やっぱり、美優は叔父の馬車に乗せてもらうしかないんだよな……。いろいろ心配だ。』
『え? 何が心配なの? 大丈夫だよ、私人見知りしないし任せてよ!』
セラフィムが心配しているのは美優が人見知りするかどうかではなく、美優がアレス叔父に失礼なことをしないかどうかだ。
『そうじゃなくてな、相手は王族だから失礼な振る舞いをするなよ。』
『セラパパ! 私は礼儀正しいよ! 任せてよ!』
自信満々でそう言い放つ美優に、セラフィムはますます不安になった。
もちろん、日本語であれば礼儀正しく接することもできるだろうが、美優のアレクサンドロス語は王族と会話するにはあまりも壊滅的だ。
おおらかなアレス叔父は気にしないとしても、周りから叱責を受けることも考えられる。
『ねえねえ、セラパパ! 昨日泊まったホテルすごい豪華だったね。私もっと泊まりたかったよ。』
『ああ、あれは叔父が用意してくれたんだ。王都で一番の宿だと聞いたな。』
昨夜はリビングにエキストラベッドを入れてもらい、美優はそこで一晩を過ごしたのだ。
『へえ~、優しい叔父さんだね! 私きっと仲良くなれると思うな!』
ポジティブな美優に苦笑しつつも、本当にそうなることを祈るセラフィムだった。
アレス叔父との待ち合わせ場所まで歩くと時間がかかるため、セラフィムは美優を自分の馬に乗せて、二人乗りでゆっくり走らせることにした。
美優は初めての乗馬で話すこともできず、必死に馬にしがみついている。
30分ほど馬を走らせると、街道の休憩所に、地味な2頭立ての馬車と護衛騎士が乗る2頭の馬が止まっているのが見えてきた。
「止まれ!」
春翔たちが近づくと、護衛騎士から制止の声がかかった。
「セラフィム・ジョーンズです。その馬車の中にいる方とここで待ち合わせております。」
セラフィムはそう言って、冒険者カードを差し出した。
護衛騎士はカードの名前を確認すると、馬を下りて馬車の傍へ行き、外から声をかけた。
「失礼いたします。セラフィム・ジョーンズ殿がお見えです。」
「おお! 来たか! それでは、お前たちは王宮へ戻ってよいぞ。ここからの私の護衛はセラフィム・ジョーンズに依頼してある。」
アレス叔父は馬車の扉を開けると、セラフィムの到着を告げに来た護衛騎士に帰るよう命じた。
「し、しかし! Sランクの冒険者とはいえ、たった一人の護衛では危険です!」
「何を言う。彼はたった一人で獅子竜を倒すほどの腕前だ。それに、パンテレイモンとその孫娘は精霊魔法の使い手でもある。心配せずに王宮へ戻るがよい。」
「…はっ。そこまでおっしゃられるのでしたら、私たちはここで失礼させていただきます。」
「うむ。」
二人の護衛騎士が去ったことを確認すると、アレス叔父は馬車から出てセラフィムに近づいた。
「おお、セラフィ! 一日見ない間にまた大きくなったかな?」
「アレス叔父様。私はもう38ですので、これ以上大きくはなりませんよ。」
苦笑しながらセラフィムは馬を下り、次いで美優も下ろすとアレス叔父に美優を紹介した。
「アレス叔父様、これは私の親しい友人の娘でミユと申します。ミユは我が子同然の娘で、訳あって今は私たちと一緒に暮らしておりますので、エリミアの街へも一緒に帰るのですが、アレス叔父様の馬車に同乗させていただくことはできますでしょうか?」
「おお、良いぞ! 私の馬車は6人乗りだからな、まだまだ余裕がある。」
あっさりと了承したアレス叔父に、セラフィムはほっとした。
「アレス叔父様。実は私の息子同様ミユも外国育ちで、アレクサンドロス語が流暢ではありません。失礼があるかとは思いますが、何卒ご容赦ください。」
「細かいことは気にしなくてよい! うるさい連中は帰らせたからな! はっはっはっ!」
「あの、ミユ・カヤマです! こんにちは!」
豪快なアレス叔父の笑い声に、美優も負けじと元気よく挨拶すると、アレス叔父は目を細めた。
「うむ、ミュウだな。こんなに小さいのに外国語を話せるとは大したものだ。パンテレイモンと孫娘を紹介しよう。おおい、パンテレイモン!」
アレス叔父が呼ぶと、開けっ放しだった馬車の中から、すらりとした二人の人物が出てきた。
一人は輝くような長い銀髪を持つ老人で、もう一人も同じ髪色だったが、こちらは20代くらいに見える若い女性だった。
「男の方がパンテレイモンで、孫娘の方はエウフェミアだ。こちらは、金髪の男が私の甥のセラフィで、黒髪の少年がセラフィの息子のハルト、少女はミュウという名前だ。」
『『エ、エルフ!』』
春翔は既にパンテレイモンに会っているにもかかわらず、なぜか美優と一緒に驚いている。
『す、すげえ美人だ!』
『すごい美人!! 今までこんな綺麗な人見たことないよ!』
きゃあきゃあと騒ぎだした子ども二人の保護者として、セラフィムは眉を下げて申し訳なさそうに詫びた。
「不躾で申し訳ありません。私たちが暮らしていた国にはエルフがいなかったので、お二人の美しさに驚いてしまったようです。『こら、お前ら。挨拶しろ』」
「「こんにちは。」」
セラフィムに促された春翔と美優は、目をきらきらと輝かせてエルフを凝視しながら挨拶をした。
「それでは出発するとしよう。御者のエイダンも含めてここにいる者は口が堅い。話の内容に気を使う必要はないぞ。」
「承知いたしました。ミユ、いい子にしてろよ?」
「はい! おまかせする!」
出発すると、美優はすぐに打ち解け始め、アレス叔父とは特に気が合うようだった。
馬車の中では、パンテレイモンが精霊についていろいろ話を聞かせてくれたため、美優は興味深く耳を傾けた。
セラフィムから聞いていた話もあったが、美優はパンテレイモンの話の中で気になることがあった。
「パンテレイモンさん、この国からしゅごせいれいがきえてしまった、どうして?」
「うん? 元々この国には7体の守護精霊がいたのですが、31年前の襲撃事件以降、4体の守護精霊の姿が見えなくなってしまったのです。消えてしまった4体のうち3体はセラフィエル・アクティース様と共にいらしたことがわかりましたが、残りの1体がどこでどうしているのか、誰にも分りません。」
7体の守護精霊、雷の精霊ソール、光の精霊ウィル、風の精霊シルフ、水の精霊ウンディーネ、火の精霊フェニックス、地の精霊ノーム、氷の精霊フラウのうち、雷と光と火の精霊はセラフィムと一緒に日本にいた。
残りの風、水、地、氷の精霊のうち消えてしまった精霊と言うのは誰なのだろうか。
「パンテレイモンさん、きえてしまった1たいは、なんのせいれい?」
「水の精霊ウンディーネです。ウンディーネが守護していた貴族家、ヒュドール侯爵家も現在は断絶してしまいました。」
「え?」
美優は、消えてしまった精霊が水と聞いて驚きの声をあげた。
なぜなら、自分たちがこの世界に来て、一番最初に目にした精霊魔法が水魔法だったからだ。
美優にとっては一番なじみのある魔法だった。
「みずのまほうはウンディーネがいなくても、つかえる?」
「いいえ。今はこの国に水の精霊魔法の使い手はいない筈です。もともとは、精霊魔法とはエルフと契約した精霊が使う魔法のことでした。しかし、7体の精霊が初代国王の守護精霊となってからは、初代国王の血を引くものであれば、人間であっても契約する下位精霊が現れるようになりました。
水の精霊界の頂点に立つウンディーネがヒュドール侯爵家を守護していた時ならば、ヒュドール侯爵家のものと契約する水の精霊もいたでしょう。ですが、ヒュドール侯爵家が断絶し、ウンディーネが消えてしまった今となっては、人間と契約する水の精霊はおそらくいないでしょう。」
「えっ? でもつかえるひと、しってる。」
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