第35話 王国の子ども達
美優とローナが不毛な心理戦を繰り広げていると、息を切らせた一人の子どもがローナに近づいてきた。
「おねえ、ちゃん、カバン、取り返せたの?」
「ああっ、ミーナ、ごめん! 忘れてた。カバン取り返せたよ! ハルトが助けてくれたの。」
「よかったぁ。お金取られたら、お母さんのお薬が買えなくなるところだったよ。」
「君たちは子どもだけで王都に来たのか? 親は一緒じゃないのか?」
懸命にローナの後を追ってきたミーナは、まだ10歳になっていないくらいの幼さに見える。
セラフィムは、大人の付き添いがない様子の二人を心配して声をかけた。
「は、はいっ。今日は妹と二人で狼の毛皮を売りにきました。お母さんは具合が悪いから家にいますけど、お父さんが王都に出稼ぎに来ているので、たまに私たちだけで王都に会いに来ることがあります。」
「そうか、父親が王都にいるなら大丈夫か。」
「はいっ。あ、ハルト! 狼の毛皮って、ハルトが倒した狼なんだけど……。」
「あれは、ローナにあげました。」
最初からお金を要求するつもりなどなかったが、お母さんの薬代になると聞いては毛皮代を寄越せなどと言える筈がない。
「ハルト、ありがとう!」
ローナは、ほっとした様子で春翔に礼を言った。
「ハルト、ミユ、そろそろ行こうか。明日はエリミアの街に帰るから保存食なんかを買い込まないとな。君たちは気をつけて帰るんだよ。」
「えっ、まって! ハルト!」
セラフィムはそう言って春翔と美優の背中を押すと、引き留めるローナを残してその場を後にした。
『ええっ! 明日帰るの? 私、ついさっき着いたばかりだよ!?』
『俺たちはエリミアの街で叔父と修行することになったんだよ。美優はどうやって王都まで来たんだ? どこに泊まっている?』
セラフィムは突然王都に現れた美優に、どうやって来たのかと尋ねた。
『私はブルースさんに連れてきてもらったの。さっき着いたばかりだから、まだ泊まるところは決まってないと思う。ブルースさんの取引先がこの近くにあるんだけど、ブルースさんの仕事中は私は暇だから広場を見に来たの。』
『そうか。なら美優は俺たちの宿に泊まって、明日一緒に帰ろう。それじゃ、ブルースさんに挨拶しに行くか。美優、案内してくれ。』
セラフィムは、一人でさっさと今後のことを決めると、ブルースに会いに行くと言い出した。
『え、もうちょっと! もうちょっと見てからにしようよ! 私おなかペコペコだから何か食べたいよ。』
『しかたがないな、ブルースさんと入れ違いになったら困るから少しだけだぞ?』
『えへへ。さっきから気になってたんだけど、この甘い匂いの元はなんだろう? おいしそうだなあ。』
『あ、王都名物の緑の木の実のパイじゃないか? 美優のお土産に買おうと思ってたんだよ。探してみようぜ!』
春翔は門兵のニコラから仕入れた情報を、得意げに美優に披露した。
『うん! 名物かぁ、どんなものだろう?』
『あんまり期待しすぎるなよ。名物にうまい物なしって言うからな。』
名物を楽しみにする子どもたちに、水を差すようなことを言うセラフィムだった。
広場の屋台は、簡単な串焼きや、ローストビーフのような焼いた固まり肉をスライスして売る店など、圧倒的に肉系の屋台が多い。
目当てのパイを探してきょろきょろしていると、あちらこちらに働いている子どもの姿が目に入った。
着ている服の粗末さから見て、親の仕事を手伝っている感じではない。
どうみても年齢ひと桁の子どもが遊びもせずに働いている姿を見て、春翔は自分がその年齢だった頃を思い出して胸が痛んだ。
『……とーちゃん、なんかこの国って、小さい子どもでも働かないといけないんだな…。エリミアの街でも孤児院の子どもが働いてたよ。まだ8歳だって言ってた。」
『なに? エリミアの街で? 代官から十分な運営費を貰えていないのだろうか……。何もできないこの身がもどかしいな。』
エリミアの街は、本来であれば自分が治める筈だった領地だ。
セラフィムは、8歳の子どもが働かざるを得ない状況になっていることに気付かず、今まで戦いに明け暮れてきたことを恥じた。
春翔に言われて初めて貧しそうな子どもたちの姿に気付き、セラフィムは顔を曇らせた。
『あ、はい! はい!』
美優が挙手をしながらぴょんぴょん跳ねている。
『なんだよ、美優。急に跳ねるなよ。恥ずかしいだろ。』
『むう! せっかく良いアイデアがあったのに! 言うのやめようかな!』
春翔が跳ねる美優を制止すると、美優は拗ねるふりをした。
『なんだよ、言えよ。気になるだろ。』
『しょうがない、そこまで言うなら特別に教えてあげましょう!』
『いや、別にそこまで言ってない…。』
『だまらっしゃい! セラパパ、あのね。王都に来るまでにブルースさんと話したんだけどね、私が考えたグラノーラとかシリアルバーとか、すごい売れてるんだって。それでブルースさんがアイデア料みたいなの払ってくれるって言ってたの。一つ売れるごとに一割払ってくれるんだって。』
『ロイヤルティか。すごいな美優は。商才があるんじゃないか?』
『えへへ。それでね、そのロイヤルティ?の中から孤児院に寄付したらどうかなと思って。売る時も、売り上げの一部は孤児院に寄付しますって看板かなんかに書いて、募金箱と一緒に売り場に置いたらどうかな?』
『おお! いい考えだとは思うが、美優の稼いだ金なのにいいのか?』
『うん、いいよ! だって私、住むところもあるし、食べるものにも困ってないもん。』
ニコニコと自分の考えを話す美優を、まぶそうに見つめて春翔は言った。
『すげーな、美優。俺も何か思いつかないかなあ。』
『そういえばブルースさん、春ちゃんにも払うって言ってたよ? なんか子どものおもちゃ考えたんだって?』
『はっ! そうだった! 忘れてたけど、俺もキックボード考えたんだったっ! やったー!』
『春ちゃん、売れた金額の一割だからね? 売れないとゼロなんだから喜ぶのはまだ早いよ。』
「にいちゃんたち、こんなところに突っ立って何してんだ? 迷子になったのか?」
声をかけられてそちらを向くと、勤労少年らしき小さな男の子が立っていた。
「あ、はい。木のみのパイをうってるお店をさがしています。」
「じゃあ、おれが案内してやるよ! いくつかあるけど、一番うまいところに連れてってやる。」
「わあ! ミユはうれしい!」
美優はそう言って男の子の手を取ると、並んで歩き始めた。
「ここだよ!」
案内された店の窓から中を覗くと、くだんのパイがずらりと並んでおいしそうな甘い匂いが外まで漂っている。
『ん? この緑のって、ピスタチオじゃない? わあ、おいしそう!』
『春翔、これで人数分買ってきてくれ。子どもの分もな。』
お金を受け取った春翔は、子どもに少し待つようにと伝えると、店の中に入って行った。
数分で出てくると、春翔はそれぞれにパイを渡した。
みんなが食べようと大きな口を開けたところで、男の子が食べようとしていないことに気が付いた。
「どうしたの? 食べませんか?」
「うん、これ持ってかえりたい。みんなで食べたいから…。」
「みんな?」
「いっしょに住んでるなかま。」
春翔は、男の子がエリミアの街のアンディよりも、さらに粗末な身なりをしていることに気が付いた。
もしかしたらスラムの子どもなのかもしれないと思い至った春翔は、自分のパイもその子に持たせることにした。
「これももって行ってください。」
「えっ、いいの?」
まだパイに口をつけていなかったセラフィムと美優も、そのやり取りを見て、子どもにパイを持たせることにした。
そしてセラフィムは、この店に案内してくれた駄賃だと言って、子どもに小銭を持たせて帰らせた。
「何とかしたいな…。俺に何が出来る…。」
誰に言うともなく、セラフィムの口から言葉がこぼれ出た。
思いのほか時間が経っていたことに気が付いた三人は、ブルースたちの分も含めて新たにパイを買って、ブルースの取引先に向かうことにした。
広場から少し歩いた大通りにあるその店に着くと、ちょうど商談が終わったらしいブルースの一行が店から出てくるところだった。
「ブルースさん! ただいま!」
美優が声をかけると、ブルースは振り向いてにっこり笑った。
「おお、早速ハルトとジョーンズ殿を見つけたんだね。よかった、よかった。」
「ブルースさん、ミユを王都まで連れてきてくださってありがとうございました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
「いえ、仕事で王都へ来る用事があったのです。迷惑ではありませんよ。」
「実は、私たちは明日にはエリミアの街へ戻るのです。ミユも一緒に連れて帰ろうと思いますので、今夜は私たちが泊まっている宿に泊まらせようと思います。」
「それはそれは。危うくすれ違いになるところでしたね。私たちはまだ宿を取っていませんので、ミュウを連れて行っていただいても何の問題もありませんよ。」
「そうですか。ご迷惑ばかりおかけして心苦しいですが、よろしくお願いいたします。」
「いいえ。どうぞお気になさらず。ミュウは賢い子どもですから、迷惑と思ったことはありませんよ。」
セラフィムがブルースに挨拶をしているとき、春翔は久しぶりにレオンやアリシアたちと話をしていた。
「ハルト、なんだか少し大きくなったような気がするな?」
「本当ね、少し逞しくなったみたいよ。」
春翔は二人に褒められて照れくさそうに笑っている。
「あ、そうだ! エヴァンスさん、馬ののりかた教えてくれてありがとうございました。エヴァンスさんが教えてくれたから、ハルトは馬でおうとにくることができました。」
「えっ、俺のおかげ? いやあ、まいっちゃうなあ。そんなに褒めるなよ、照れるぜ~。」
エヴァンスは今日も安定のお調子者ぶりで皆を笑わせている。
しばらくしてブルースの一行に別れを告げた春翔たちは、また店を回って旅の支度を整えることにした。




