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第34話 広場での戦い



春翔とセラフィムが王都に入って6日目、二人は遅ればせながら王都観光に出かけることにした。

2日目にアレス叔父に面会してから、毎日アダマース神殿へ出向き修行を続けていたのだが、進捗はあまり芳しくない。


アレス叔父の勢いに呑まれてしまうためか、神力が発動しそうな気配すらないのだ。


エリミアの街への出立を明日に控え、旅支度を整えるため今日の修行は休みになった。

春翔とセラフィムは、この機会にせっかくの王都を楽しむべく、気分転換も兼ねて観光に出かけることにした。


『とーちゃん、美優のおみやげ何がいいかな? やっぱりお菓子かな?』

『お菓子なあ…。どこに行けばいいのかさっぱりわからんな。』


『門兵のニコラさんが、緑の木の実のパイが王都名物だって言ってたよ。俺たちが泊まってる宿の近くに広場があって、そこにいろんな店とか屋台があるって言ってたから、行ってみようよ。』


『そんな話してたか? お前よく覚えてるなあ。俺はあの修行の衝撃が強すぎて、門兵の名前すら忘れてたよ。』

『確かにあれは強烈すぎた……。想像してた修行と全然違ったね。』


春翔とセラフィムは、げんなりした様子で肩を落としてため息を吐いた。


『まあ、今日は修行のことは忘れて観光を楽しもう。明日からはまた長旅があるからな。』

『うん、そうだね。あっ、広場が見えて来たよ。うわあ、すごい賑わってるなあ。』


春翔の視線の先には、大勢の人で賑わう広場の一角があった。

四角い広場にはたくさんの屋台が出ており、肉を焼く匂いや、甘いお菓子の匂いがあちこちから漂ってくる。


広場を取り囲む建物はほとんど店舗になっているようで、雑貨屋、食料品店、料理屋、菓子屋、パン屋、さらにはカフェらしき店までもが並んでいた。

春翔は何を買おうかと、せわしなく右に左に顔を向けて屋台を物色し始めた。


『迷子になるなよ。この国は大きい連中ばかりだから、春翔の身長じゃ埋もれて探せなくなるぞ。』


『うわあ。俺、小さいなんてこの国に来て初めて言われたよ。日本じゃいつも巨人扱いだったもん。』


『はは、俺もだよ。懐かしいな。』




春翔とセラフィムがあちこちの屋台で食べ歩きを楽しんでいると、遠くからキャーッという悲鳴が聞こえてきた。

周辺の人々を押しのけながらすごい勢いで走る男を、必死の形相の女性が追いかけている。

どうやら女性がひったくりにあったようだ。


あっという間に傍まで来たひったくりの男が、春翔とセラフィムの間を走り抜けようとしたため、二人は両側からサッと足を出した。

両手に屋台で買った食べ物を握りしめていたため、二人ともとっさに足が出たのだ。

足をかけられた男は受け身も取れず、ズザザッともんどりうって倒れ込むはめになった。


「てめえ! なにしやがる!」


転がった男はすくっと立ち上がると、春翔に向かってすごんできた。


「どろぼうはダメです。」

「ああん!? 誰が泥棒だ、この野郎!」


「その、男は、泥棒よ! あたしの、カバン、ひった、くったんだから!」


ハアハアと荒い息を吐きながら、必死に追いかけて来た女性が大声で言った。

近くで見ると女性というにはまだ幼く、春翔と同年代くらいの少女であった。


「このカバンはもともと俺のもんだ! 変な言いがかりつけんじゃねえ!」

「嘘よ!」


にらみ合うひったくりの容疑者と少女に向かって春翔は言った。


「カバンには何がはいっていますか?」


「「えっ?」」


「カバンのなかみを言ってください。」


春翔は屋台で買った串焼きをもぐもぐと食べながら、二人に中に何が入っているかを言うようにと伝えた。

セラフィムも同じく串焼きを食べながら成り行きを見守っている。


「中には、」


「まって。おとこの人、さきに言ってください。」


春翔は少女を制止して、ひったくり容疑者を先にするように言った。


「な、中には、財布だ! 財布が入ってる!」


男は、どうだと言わんばかりに腰に手をあててふんぞり返っている。


「いくらですか?」


「はっ?」


「おかね、いくら入っていますか?」


男は見る見るうちに顔を真っ赤にすると、春翔に向かって怒鳴り散らした。


「こんのクソガキが! わかるわけねえだろうが! ガキはすっこんでろ!」

「やっぱり、どうぼうです。」


男が春翔に掴みかかろうとしたところで、セラフィムが男の腕をねじりあげて地面に引き倒した。


「ぎゃあっ! いてえ!」


「おい、そこ! 何をしている!」


騒ぎに気付いた巡回中の警備兵が数人駆けつけてきた。


「ひったくりだ。そこの女の子のカバンを盗んだそうだ。」

「そうです! その男は、あたしのカバンを盗んだんです!」


「なるほど。ご協力感謝します。おい、お前。詰所まで一緒に来てもらおうか。」


警備兵の一人がセラフィムに礼を言うと、残りの警備兵がひったくりの男の両腕を掴んで立ち上がらせた。


「くそっ、ついてねえぜ…。」


観念した男は抵抗することもなく、そのまま大人しく警備兵に引き立てられて行った。




「あの! ありがとう! またあたしを助けてくれたのね。」


被害者の少女が頬を染めて春翔に礼を言った。


「また?」


春翔がきょとんとしていると、少女は春翔に抱き着かんばかりの勢いで近づき、春翔の服の胸元をぎゅっと握りしめた。


「ハルトでしょう? あたし、ローナよ!」


そう言われて少女の顔をよく見ると、長い金髪も、可愛らしい顔立ちも、確かにどこかで見たような覚えがある。

王都に入る直前の村の近くで、春翔が狼から助けた少女だった。




春翔がぐいぐい迫ってくる少女をどうしたものかと思案していると、春翔の真後ろからイラついた声が聞こえてきた。


『ちょっと、春ちゃん!? 何やってんの!?』


春翔がくるりと振り向くと、そこには、怒りのオーラを漲らせた美優が仁王立ちしている姿があった。

美優の背後に立ち上る炎が見えるような錯覚さえ感じるド迫力だ。


『ひぃっ!』


『だから、女性を助けたら直ちに立ち去れとあれほど。まあ、がんばれ。』


セラフィムは今となっては何の役に立たないアドバイスを春翔に送り、ぽんと肩をたたいた。


『美優! なんでお前がここにいるんだ? エリミアの街で待ってるんじゃなかったのか?』

『なあに!? 私がここにいたら何か問題あるの? その女の子誰なのよ!』


『へ? 別に知らない子だよ。ひったくりにあってたから助けただけだ。』

『なあんだ、そうなの? へえ、春ちゃんすごいじゃない。見直したよ。』


春翔が知らない子だと答えたことで機嫌を直した美優は、ころっと手のひらを返して春翔の手柄を褒めた。

これで丸く収まると思ったのもつかの間、ローナが春翔の横に並んで二人の会話に口を挟んできた。


「ハルト、この子は妹? 髪の色は同じだけど、似てないわね。」

「ミユは、いもうとじゃない!」


「ミュウ? いくつなの? 10歳くらい?」

「ミユは14さい!」


「まさか。あたしと同じ年なんて、そんなわけないわ。」


カーン! 戦いのゴングは鳴った。

美優、14歳、156cm vs. ローナ、14歳、推定170cm

直感的に相手をライバルだと認識した二人は、広場の中心でバチバチと激しく火花を散らしあった。


(…勝った!)


ローナは頭のてっぺんからつま先まで美優を眺めまわすと、腕を組んで満足したように口角をあげた。


(…なんか、勝った!と思われた気がする。いいでしょう! この勝負、負けられないっ!)


臨戦態勢に入った美優は、ぐぐぐと渾身の背伸びをローナにお見舞いした。

なぜか勝つ見込みのない身長部門での戦いに挑んだが、美優と長身のローナとの間には背伸びでは追いつかない隔たりがある。

美優がなぜあえてそこで戦おうと思い至ったのか本当に謎であった。



『なんだよ、あれ。なんでにらみ合ってるんだよ? こえーよ。』


諍いの元凶となっている自覚のない春翔は、そんな二人をただぼけっと見ているだけだった。






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