第30話 王都アダマース
空が茜色に染まるころ、春翔とセラフィムはようやく王都の正門前に到着した。
さすがに王都だけあって、高くそびえる立派な外壁にぐるりと囲まれ、外から中の様子は全く窺い知れないようになっている。
正門前は、検問を待つ人々や馬車などでひしめき合い、長い行列が出来ていた。
「すごい人です。エリミアの街にはいるときよりたくさんいます。」
「そうだな。王都はエリミアの街よりもずっと人口が多いから、毎日人の出入りが激しいんだよ。」
「こんなにたくさんの人がいて、ハルトたちは中にはいれますか?」
「どうだろうな。今日中に入れるといいが、ダメならその辺で野宿だな。」
疲れた体に鞭打って馬を駆り、やっとの思いで王都へ辿り着いたというのに、こんなところで野宿する羽目にでもなったら急いだ意味がなくなってしまう。
そうなるくらいなら、宿に泊まってゆっくり明日到着したほうがよほどましだった。
思わずガクリと肩を落とす春翔だったが、長い行列は思いのほか早く進み、1時間も経つころにはもう正門は目前まで来ていた。
「次!」
厳つい門兵に促され、春翔とセラフィムはそれぞれの馬をひいて検問官の前に進み出た。
「名前と身分証明書を。」
「セラフィム・ジョーンズと息子のハルト・ジョーンズです。身分証明書はこれです。」
セラフィムはそういうと、自分と春翔の冒険者カードを検問官に差し出した。
「ーーセラフィム・ジョーンズ?」
手元の紙に入場記録を書き付けていた検問官は、セラフィムの名にハッとして顔をあげた。
「……何か?」
セラフィムは検問官の反応を訝しく思い、警戒しながら尋ねた。
検問官はそれには答えず、確認するかのように再度セラフィムの名を口にした。
「セラフィム・ジョーンズなのか?」
「そうですが。」
検問官は受け取ったSランクの冒険者カードをあらため、セラフィムの名に間違いがないことを確認すると、重々しく告げた。
「別室に来てもらおう。息子も一緒に来るように。」
検問官がセラフィムにそう言うと、傍に立っていた門兵たちがセラフィムを捉えるかのようにザッと両脇に立った。
手に持っていた馬の手綱も門兵に奪われてしまった。
「おとうさま!」
「大丈夫だ、ハルト。『いざとなったら力ずくで逃げるぞ。』」
春翔はセラフィムの言葉にこくんと頷き、腰の剣が門兵に見えないようにマントの陰に隠した。
「さあ、どうぞこちらに。」
部屋に通されると、検問官は意外にも穏やかに席を勧めた。
セラフィムは春翔に向かって一つ頷き、座るよう合図をしてから自分も席に着いた。
「いきなり呼び止めて申し訳ない。実は5日ほど前に通達があったのだ。セラフィム・ジョーンズと名乗る者が王都に入ったら、王都で一番の宿に案内するようにと申し渡されている。いま案内のものを付けるので、しばしお待ちいただきたい。」
「誰からの命令でしょうか?」
「それは聞かされていないのだ。しかし、丁重に扱うようにと言われているので、心配は無用だとは思うが。Sランクの冒険者なら、指名依頼を頼みたいのではないか?」
「そうですか。」
事情を聞かされていない検問官を問い詰めても仕方がない。
セラフィムは、神託を受けた叔父が手配したのかもしれないと考えた。
コンコンと扉をノックする音がして、一人の若い門兵が部屋に入ってきた。
「失礼します。自分はニコラと申します。これから宿までご案内させていただきます。」
「ジョーンズです。よろしくお願いします。」
検問官の部屋を出ると、春翔とセラフィムは馬を連れてニコラの後を着いて歩いた。
ニコラは陽気な性格で、これから案内する宿の豪華さや、王都の名物などを道すがら朗らかに話して聞かせてくれた。
先ほどまで緊張していた春翔も、興味津々な顔つきでニコラの話に聞き入っている。
「そういえば正門で通行税を払っていないな。通行税はどうしたらいい?」
セラフィムは通行税を要求されなかったことをふと疑問に思い、ニコラに尋ねた。
「通行税も宿代も、ジョーンズ殿からはお金は一切頂戴しないようにとの通達でした。」
「それは至れり尽くせりだな。」
「あ、見えてきました。あちらの真っ白い豪華な建物が今夜の宿です。王都の中心に近くて、買い物でも観光でもどこへ行くにも便利なんですよ。」
ニコラの指さす先には、大理石の外壁に精巧な彫刻が施された、ひときわ目を引く白亜の建物があった。
「おお、すごい! きれいなやどです!」
春翔は、凝った作りの高級宿の外観や、整然とした街並みの美しさに胸が弾んだ。
宿の受付で手続きを済ませてニコラと別れると、春翔とセラフィムは3階の部屋に案内された。
その豪華な作りの部屋は居間と寝室が続き部屋になっており、風呂もトイレも部屋の中に作られていた。
案内係の話では眺望も素晴らしいようで、昼間にバルコニーに出ると正面に王城が一望にできる、宿の中でも最上の部屋だといっていた。
『とーちゃん、すごいホテルだね! 気に入ったけど、この部屋ってもしかしてベッド一つなの?』
『本当だ。ベッド一つだな。』
寝室は15畳ほどの広さで、キングサイズ位はありそうな大きなベッドが一つ置かれていた。
『15にもなってとーちゃんと一緒のベッドってなんか微妙だな……。』
『はは、冷たいことを言うなよ。これだけ大きなベッドなんだから二人でも余裕だぞ。』
『それにしても、誰が招待してくれたのかな? やっぱりとーちゃんの叔父さんかな? すごい気前がいい人だね。』
『叔父は俺が生きてることは知らない筈だからな。やはり神託の効果じゃないか?』
『あの神もたまにはいい仕事するね!』
目を見合わせて、うんうんと頷き合う春翔とセラフィムだった。
春翔とセラフィムが居間で寛いでいると、コンコンと扉を叩く音がした。
セラフィムが扉をあけると、お皿を両手に持ったメイドが次々に豪華な料理を部屋の中に運び入れてくる。
ドアノブを持ったままぽかんとしているうちに、テーブルの上にはズラリとご馳走が並んだ。
「あの、私は注文していませんが?」
「はい。お食事代も込みの料金で既に宿代を頂戴しておりますので、どうぞごゆっくりお召し上がりくださいませ。明日の朝食は、お部屋でも1階の食堂でもお取りいただけます。どちらでもお好きな方をお選びくださいませ。」
「えっ、ああ、では朝食は食堂でいただきます。」
「かしこまりました。それでは、1時間ほどでお皿を下げに参りますので、どうぞごゆっくり。」
昼をシリアルバーで簡単に済ませていたためお腹がぺこぺこだった春翔は、さっさとテーブルについてどれから食べようか吟味している。
『とーちゃん、鳥の丸焼きがあるよ! クリスマスみたい! ステーキもある! うわー、肉だらけだ! やったー!』
春翔の言った通り、テーブルの上は肉料理で埋め尽くされていた。
肉、肉、肉、肉、肉、パン、スープ、といった感じのメニューである。
この世界ではあまり栄養のバランスは重要視されていないようだった。
『すごいな。冷めないうちに食うか。「おっと、忘れていたが日本語禁止だった。」』
「はい。ハルトはわすれてました。ごめんなさい。」
春翔は大喜びでステーキを切り分けて、大きな一切れを頬張った。
しかし、頬張った肉は、もちゃもちゃと噛んでも噛んでもいつまでも口の中に残っている。
「ニホンのおにくとちがいます……。」
おいしそうな見た目を裏切る歯ごたえがありすぎるステーキに、春翔はしょぼんと項垂れた。
口に入れるととろける日本の柔らかい和牛が恋しい。
「やっぱり肉質が全然違うんだよな。もう日本の食べ物が食べられないのは心残りだなあ。」
『とーちゃん、俺、米食いたいよ!』
「ハルト、アレクサンドロス語を話せ。米な、俺も食いたいよ…。」
ーーコンコン
再度ノックの音が響いた。
まだ料理が届いてから15分ほどしか経っておらず、皿を下げにくるには早すぎる時間だ。
セラフィムが席を立ち扉を開けると、そこには白いローブを纏った、どこか浮世離れした雰囲気の優し気な老人が立っていた。
深く被ったフードの隙間からは、長い銀色の髪がこぼれている。
老人は挨拶をしようと口を開いたところで、部屋の中のあるものに気が付き、あっと驚いたように目を瞠った。
「ソール! ウィル! なぜこんなところに?」




