第28話 王都へ
春翔とセラフィムが王都に向けて出立する日の早朝、美優は使用人夫婦と共に屋敷の前に見送りに出ていた。
『春ちゃん、セラパパ。これ、サンドイッチだけど、お弁当作ったから持って行って。』
『ありがとう、美優。朝早くから悪いな。』
『ううん、いいの。セラパパ、気をつけて行って来てね。早く帰ってきてくれるの待ってるからね。』
美優はそう言って、まだ辺りが薄暗いうちに起きだして用意した弁当をセラフィムに手渡した。
『……………ぐう…。』
『春ちゃん! 立ったまま寝てないで起きてよ!』
美優は春翔の分の弁当を春翔の手に押し付けながら言った。
春翔はまだ夢うつつの状態で、セラフィムにもたれ掛かってうつらうつらしているのである。
『春翔、しっかり目を覚まさないと馬から落ちるぞ。貸し馬屋に着くまでには目を覚ませよ。』
『うん……、起きて……る……。』
それでも春翔は目を開けないままだ。
『まったく。しばらく美優に会えないのに、寝ぼけたままで別れていいのか?』
『……………ぐう…。』
『はあ、しょうがないな。ほら、行くぞ。荷物をしっかり持て!』
『セラパパ、春ちゃん、行ってらっしゃい! 気をつけてね!』
「ジョーンズ様、ハルト様、旅のご無事をお祈りしております。どうぞお気をつけて。」
「ありがとう。ミユのことをよろしく頼むよ。」
「はい。どうぞご心配なく。私どもにお任せください。」
セラフィムは使用人夫婦に美優のことを頼むと、春翔を促して歩き出した。
『行ってきます……。美優も…、気を…、むにゃむにゃ…。』
『えっ? なに? しょうがないなあ。ほら、ちゃんと歩いて! 行ってらっしゃい!』
『ん……。』
美優は、寝ぼけたままの春翔の背中を押して送り出した。
春翔たちを見送ってから数時間後、美優がウィンタースティーン商会へ出勤すると、そこには昨日不在だったブルースがいた。
「ミュウ、おはよう。ルシアから聞いたんだが、ミュウ一人でエリミアの街に残ることになったんだって? 大丈夫なのかい? よかったら、うちの空いている部屋に泊まってもいいんだよ?」
「だいじょぶ! ひとりじゃない! ミユとケイラとマルクはいっちょ!」
「ケイラとマルクというのは使用人かな? それならいいが、寂しくなったら遠慮せず言うんだよ。」
「はい!」
「私達も、ルーチェの誕生日が終わったら王都へ行く予定なんだよ。」
「え! な、なにいった? もいちどおねがいします?」
ブルースの口から思いがけない言葉が飛び出した。
「もうすぐ私達も王都へ行くんだよ。港町で仕入れたものの加工が終わったから、王都へ売りに行くんだ。ミュウが考えた新商品も持っていくつもりでね。」
「えええーーー!!!」
美優は予想外の展開となったことに、思わず悲鳴をあげた。
強がって見せてはいたが、本当は春翔たちと別れることになって、だいぶ心細い思いをしていたのだ。
それなのに、頼みの綱だったブルースまでが王都へ行ってしまうと聞き、美優は目の前が真っ暗になる思いがした。
「そ、そんなあ。ブルースさん、わたしたちはだれ?」
「この前の港町へ行ったメンバーに、もう一人護衛のザックを追加して行くんだよ。王都行きは港町行きよりも危険だからね。」
ブルースに同行するのは、この前港町に行ったメンバーだということは、レオン、アリシア、エヴァンス、ランスが行ってしまうということだ。
知り合いが一気に出払ってしまうと聞いて、美優はますます不安になってきた。
だが、春翔たちはすでにエリミアの街を立ってしまった後だ。
今更どうすることもできない。
その日は気落ちしたまま仕事を終え、重い足取りで屋敷に戻った美優は、一人でモソモソと食事を取り、のろのろと風呂に入った。
美優が風呂から上がると、屋敷内はシーンと静まり返っていた。
使用人夫婦は、すでに庭の隅にある自分たちの家に帰ってしまっている。
静まり返った屋敷の中で、唐突に美優は今夜はたった一人でこの屋敷で過ごさなければならないことに思い至った。
部屋がいくつもある広い薄暗い貴族の屋敷の中に自分一人、しかも壁には大きな人物画が何枚も掛けられている。
……怖すぎる。
一度怖いと思ってしまうと、絵の中の人物の目がこちらを見ているような気さえしてくる。
自分の部屋に走ってもどった美優は、ベッドにもぐりこんで頭から布団をかぶった。
『うっ、ううう…。春ちゃん、こわいよっ。こわいよーーーーっ。』
布団の中でべそべそと泣き始めた美優は、春翔たちと一緒に行かなかったことを激しく後悔していた。
翌朝、固まった涙でバリバリにまつ毛がくっ付いてしまい、美優は目を開けるのに四苦八苦していた。
仕方がないので薄目を開けて、ケイラが部屋に用意してくれていた洗面器に水を張って顔を洗った。
顔を洗ってすっきりした美優は、やはり春翔たちを追いかけようと考え直し、ブルースに王都に一緒に連れて行って貰えるようお願いしてみることにした。
「ブルースさん、ミユもおうとへいきたい! ミユも、ミユもつれていって!」
ウィンタースティーン商会に着いた美優は、ブルースの顔を見るなり開口一番そう言った。
泣きはらした目の美優を見て、ブルースは穏やかな表情ですぐに頷いてくれた。
「やっぱり寂しくなったのかい? いいよ、ミュウも一緒に行こう。ハルトたちとは、王都の冒険者ギルドで聞けば連絡が取れるだろうから、心配はいらないよ。」
「ありがとうございます!」
「今日はルーチェの誕生日だからね、出発は明日だよ。急だけど準備は大丈夫かい?」
「はい! だいじょうぶ! ブルースさん、ミユはルーチェにごちそうつくりたい!」
「おお、ありがとう。それは楽しみだ。」
美優も連れて行って貰えることになり、美優の胸は弾んだ。
せめてものお礼に、おいしい料理を作ろうと思い、張り切ってメニューを考えることにした。
誕生日パーティらしい華やかさがほしかったので、まずはひき肉とナスに似た野菜とジャガイモを使って、ホワイトソースとトマトソースを交互に重ねたムサカ風のオーブン料理を作ることを思いついた。
それから、この間作ったうどんは中々好評だったので、うどんをアレンジしたうどんカルボナーラは子どもにも受けがいいだろう。
この世界の人たちは肉が好きなようだから、ローストビーフがあると喜ぶかもしれない。
薄切りのパンにチーズやハムや野菜を乗せて、食べやすいように一口サイズに切ったオープンサンドも作ろう。
付け合わせには温野菜のサラダと、ポタージュスープもつけよう。
そして、締めの誕生日ケーキは、チョコレート風味のスポンジと、チョコレートクリームを段々に重ねたチョコレートケーキがいい。
美優は大体のメニューを考えると、ルシアの元へ行き、ご馳走づくりの相談をした。
その夜、ルーチェは目を瞠るようなご馳走と、ブルースからの珍しい贈り物に有頂天になっていた。
「わあ! パパ、ありがとう! ルーチェ、こんなかわいいものみたことないよ!」
「そうかい? パパにはルーチェのほうがずっと可愛いよ。来年から学校だからね、それを使って勉強するといいと思ってね。」
「うん、わかった! パパ、大好き!」
「うんうん。パパもルーチェが大好きだよ。」
ブルースがにらんだ通り、プリンセス柄の文房具はがっちりとルーチェの心を捉え、ルーチェの中でブルースの評価はうなぎ登りだった。
ブルースは、愛娘からの「パパ大好き」をもらってデレデレになっている。
そして、楽しいひと時を終えた翌朝早く、美優とブルースの一行は、春翔たちより2日遅れてエリミアの街を出発した。




