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第27話 その頃日本では

母国語を「 」、外国語を『 』で表記しています。

舞台が日本の時 : 日本語「 」

舞台がアレクサンドロスの時 : アレクサンドロス語「 」、日本語『 』



「海翔、スマホを持って鏡を見て。」

「ん? スカーレット、急にどうしたの?」


日本にあるジョーンズ家のリビングでは、宿題をしていた海翔が同い年くらいの少女に呼ばれて顔をあげた。

海翔にスカーレットと呼ばれた少女は、陶器のように滑らかな白い肌に、燃えるような赤い髪と赤い瞳を持つ、映画やテレビでも見たことがない程の美しい少女だった。


「いいから。準備はいい?」

「準備って、何の準備?」


スカーレットは海翔の手を取り、リビングの壁に掛けられた大きな鏡の前に立たせると、スマホの電源を入れて準備をするように言った。


「いくわよ。」

「ーーえっ?………ええっ! 何これ! なんで!」


海翔は、そこに映し出されている兄の春翔、幼馴染の美優、そして父であるセラフィムの姿に驚愕した。

父は5年前の飛行機事故から行方不明となっており、兄と幼馴染は10日ほど前に忽然と姿を消してしまった。

警察に行っても二人の消息はわからないままで、海翔の家でも、幼馴染の家でも、残された家族は憔悴し切っていたのだ。

その行方不明中の三人が、なぜ揃ってこの鏡に映っているのだろうかと、気が動転した海翔の手からスマホが滑り落ちた。


「海翔、長くは持たないわ。早く写真を撮って。」

「えっ? う、うん。」


海翔は震える手でスマホを構え、三人が映っている鏡の写真を数枚撮った。


「撮れた? じゃあ、次ね。」

「えっ…、えええ!!!」


三人の写真がぱっと消えると、次にスマホのメール画面が大きく映し出され、そこには、自分たちは生きてアレクサンドロスにいる、近いうちに三人を迎えに行くから準備をして待っていてくれと書かれていた。


「海翔ー? なに騒いでるの? そんなに大声出したら近所迷惑でしょー。」


キッチンで夕食の支度をしている母の莉奈から声がかかった。


「おおおおお、おかーーさーーーんっ!! こっちきて! はやく! はやくっ!」


「海翔、写真撮るの忘れないで。」


激しく動揺する海翔に、スカーレットは写真を撮るよう冷静に促した。


「そ、そうだった!」


パタパタとスリッパの音がして、莉奈が手を拭きながら現れた。

莉奈は、まるでスカーレットの姿が見えていないかのようにスカーレットの目の前を素通りすると、海翔だけに話かけた。


「海翔、どうしたの?」

「あれ! あれ!」


海翔は、震える手でリビングの大きな鏡を指さした。


「ーーーえっ? 何これ、どういうこと?」


莉奈は写真を見ていないため、状況を理解できずぽかんと鏡を眺めている。


「そうだ! 写真撮ったんだよ! これ見て!」


海翔は莉奈にスマホを差し出し、先ほど撮った春翔、美優、セラフィムの三人が鏡に映し出されている写真を見せた。

なにしろ、春翔とセラフィムが一緒に写っている写真は、春翔が10歳の時が最後なのだ。

15歳の春翔と美優が、セラフィムと一緒に写っているこの写真が、5年前に取った写真であるはずがなかった。


「え、これ…、これは! 三人とも生きてるの? 生きてるのねっ?」


莉奈は、スマホの中の三人の姿を見たとたんに、三人が生きていることを確信し、感極まって涙を流しだした。


「やっぱり、生きてた…! 生きてた…!」


莉奈は泣き笑いの状態で、同じ言葉を繰り返した。

しばらくそのまま写真を見つめていたが、ハッとしたように立ち上がり、美優の父親の優士に電話をすると言って自分のスマホを取りに行った。


「海翔。」

「スカーレット、ありがとう! やっぱり君は最高の友達だよ! 大好きだ!」


海翔に褒められたスカーレットは、頬を染めてうれしそうに微笑むと、その姿をスッと消した。

そして、興奮が冷めやらない海翔は、いつまでもスマホの中の三人を熱心に眺めていた。



---



『それで、守護精霊が俺たちの傍にいたとはどういう意味なんだ。』

『えー、それ僕が説明するのー? めんどくさいな。やる気でないな。』


こんな態度の神のどこをみて敬えばいいのか、春翔と美優は心の底から疑問だった。


『あ、そうだ。これから王都のアレスのところに行くんでしょ? だったらその時に教えてもらいなよ。君たちが尋ねることは、神託でアレスに知らせといてあげるからさ。セラフィム・ジョーンズに会えー!ってね。これ大サービスだよ? じゃ、そういうことで~。』


神の姿がスーッと薄くなっていく。


『ああ! ちょっと待ってよ!』

『気になるよ、教えてから帰ってくれよー!』


二人の制止を振り切って、逃げ足の早い神は面倒なことからさっさと逃げてしまった。


『アレスってセラパパの叔父さんのこと?』

『そうだ。』


セラフィムは腕を組み、頭の中を整理するかのように目を閉じて考え込んだ。

しばらくして、セラフィムが知っている限りの守護精霊の話を聞かせてくれた。


神に命じられた7体の守護精霊は、もともとは7体とも初代国王についていた。

しかし、初代国王が亡くなってからは、守護精霊の中に王家を離れるものが出始めた。


自分で初代国王の血を引く者のなかから気に入った者を選び、守護につくのだ。

守護精霊に気に入られた王族が臣籍降下すれば、守護精霊も王家を離れてお気に入りの元へ行ってしまう。

そうして、6体の守護精霊は貴族家へ散り、王家には1体のみが残ることになった。


7体の守護精霊は、雷の精霊がソール、光の精霊がウィル、風の精霊がシルフ、水の精霊がウンディーネ、火の精霊がフェニックス、地の精霊がノーム、氷の精霊がフラウという名前だった。


神が言っていた『フェニーちゃん』というのは火の精霊のフェニックスの愛称である可能性がある。


セラフィムが調べて分かった範囲では、火の精霊フェニックスはフォティア公爵家の守護をしていた筈だったが、フォティア公爵家は31年前の高位貴族連続襲撃事件の犠牲者でもあり、すでにその血筋は絶えてしまっている。


神が言っていた『ずっと傍にいた』という言葉から察するに、セラフィムが幼い頃に日本に転移した際に、アクティース公爵家の守護精霊だった光の精霊ウィルが一緒に転移したことは可能性として考えられるが、セラフィムにはウィルの姿が見えたことがないため確信は持てない。


ましてや、アクティース公爵家とかかわりがない筈の火の精霊フェニックスが、なぜ海翔と連絡の取れるところにいるのか見当もつかない。




『うーん…。火の精霊フェニックスもセラパパと一緒に日本に転移してたとか? それで海翔を気に入って守ってるのかな? じゃあ、もしかして、春ちゃんとセラパパもそれぞれ守護精霊に守られてるのかな?』


『その可能性もあるな。危険が及ぶと俺たちを守る結界は、守護精霊が張ってるのかもしれないな。』


セラフィムも美優の考えに頷いた。

日本に転移した経緯は不明であるものの、火の精霊フェニックスがいま日本にいる海翔の傍にいるのであれば、31年前にセラフィムと一緒に転移していたのだろうと推測される。


『でも、アレクサンドロス王国の守護精霊って7体だけなんだろ? それなのに、7体中3体がジョーンズ一家だけに集中するのっておかしくないか?』


『それもそうなんだよなあ。一つの貴族家に守護精霊がついてくれることでさえ、滅多にない幸運なんだ。一家に3体はどう考えても多すぎる。』


春翔が疑問に思ったことを、セラフィムも同じく疑問に思って首を傾げている。


『うーん…。考えてもわからないね。でも叔父さんに連絡しといてくれるって言ってたのはラッキーだったね!』


『そうだな。なぜ神が取り次いでくれる気になったのかわからないが、幸運だった。王族に会うのは本当に難しいことだからな。アクティース公爵の名を隠して、セラフィム・ジョーンズの名で面会できれば、無用な揉め事は避けられるだろう。』


まだまだ疑問は尽きなかったが、春翔とセラフィムは翌朝早くにエリミアの街を立つため、それぞれ部屋に戻って睡眠をとることにした。






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