第25話 日本への連絡手段①
貸し馬屋を後にして屋敷に戻った春翔は、2階の自室へ行き、充電を試みていたスマホを手に取った。
電源を入れてみると、春翔の充電器は無事に役目を果たしてくれたことが確認できた。
『おおっ! やった!』
久しぶりに映った果物のマークには感動すら覚える。
春翔は早速、アルバムを開いてみると、そこには懐かしい家族や友達の姿があった。
膨大な写真の中に、母親と弟が笑顔で写っている写真を見つけると、春翔の胸はぎゅっと締めつけられた。
春翔は画面をじっと見つめながら、神が3分間だけ海翔に連絡させてくれると言っていたことを思い出していた。
と、その時、春翔はふと閃いた。
『そうだっ!』
春翔は手の中のスマホをぎゅっと握りしめた。
『海翔への連絡にスマホ使えないかな?』
春翔は日本への連絡時間が3分しかないなら、スマホを利用できないかと思いついたのだ。
まず、いたずらではないことを証明するために三人の写真を見せる。
3分ではとても説明しきれないことを文章にまとめ、海翔たちが後から読み返せるようにする。
持ってきてほしい物のリクエストもここに書いておく。
『美優!美優!』
春翔は美優の部屋にノックもせずに飛び込んだ。
『もう、なによ~。ちょっと休ませてよ、歩き疲れて足が棒のようだよ。』
美優はベッドの上にごろんと横になったまま、片肘をついて上体を少しだけ起こして文句を言った。
『ああ、街門からだとさすがにちょっと遠かったな。って、そうじゃなくてさ。スマホ、充電できたんだよ!』
『ええっ! 見せて!』
『おう、これだよ。』
美優はガバッと起きあがって春翔のスマホを手に取ると、そこに写っている写真を懐かしそうに見た。
『莉奈ママ…、海翔…。』
『とーちゃんにも見せに行こうぜ! あと、海翔に連絡する方法思いついたんだよ!』
『うん!』
美優は、じわりと目に浮かんだ涙を拭って元気よく返事をした。
『とーちゃん! とーちゃん!』
春翔はまたもやノックもせずにセラフィムの部屋に飛び込むと、窓際のソファに座っていたセラフィムの元へ駆け寄った。
『なんだ、春翔。もう腹が減ったのか? 食事の支度が出来るまでもう少し待て。』
『違うよ! これ見て!!』
『うん?』
春翔は自分のスマホの画面をセラフィムの目の前にずいっと突き付けた。
『春翔、近い。近すぎて見えないぞ。』
『あれ? ごめん、ごめん。』
春翔はハイとスマホを手渡した。
『莉奈…? これは、海翔…なのか?』
セラフィムは画面を食い入るように見ながら、消え入りそうな声で春翔に問いかけた。
『そうだよ。』
『ああ……。海翔はこんなに大きくなったのか。莉奈は…、一人で苦労したんだろうな…。すまない…。すまない…。』
セラフィムは久しぶりに愛する妻と下の息子の顔を見て、さまざまな思いがこみ上げてきた。
不可抗力ではあったが、家族を置き去りにして自分一人だけアレクサンドロスに転移してしまったのだ。
本音を言えば、戻れるものなら今すぐにでも日本に戻りたい。
しかし、自分が見捨てれば故郷が滅ぶと言われてしまい、帰るわけにはいかなくなってしまった。
莉奈と海翔を呼び寄せることに成功したとして、二人は突然アレクサンドロスに連れてこられてどう思うだろうか。
『とーちゃん、心配すんなよ! 俺たちのかーちゃんはたくましいよ!
ずっと専業主婦だったのに、とーちゃんを探すための旅費を稼ぐんだー!とか言って、美優のとーちゃんに仕事紹介してもらって働きに出るようになったんだ。
俺たち毎年、とーちゃんがいなくなったあたりの海に行って、とーちゃんを探してたんだよ。』
『莉奈が……。』
『とーちゃんが生きてくれてただけで、どんな苦労だってふっとぶんだよ! うちのかーちゃんは!』
『…っ、春翔、ありがとう…、ありがとう…。』
自分がいなくなってからの妻の様子を聞かされたセラフィムは、涙があふれ出るのを止めることが出来なかった。
『セラパパ! 春ちゃんが海翔に連絡する方法、思いついたんだって! 春ちゃん、早く教えて!』
『あ、そうだった。これ! このスマホを使えないかなと思ったんだよ。写真を見せるのが一番手っ取り早いだろ? 3分で説明しきれなくても、メールに書いとけば後からみんなが読み返せるし。』
春翔はスマホを掲げて得意げに連絡手段を説明した。
『おお!』
『それだ! 春ちゃん、すごい! 頭いい!!』
春翔は手放しに誉め倒され、鼻を高くした。
『いやあ、それほどでも~、あるかな?』
『あるよ! すごいよ!』
三人が喜びに沸いていると、ケイラから夕食の支度が整ったと声がかかったため、三人はとりあえず食事をとることにした。
そして、風呂を済ませてさっぱりしてから、説明メールに添付する用の写真撮影を美優が納得するまで行い、メールの文章は各自で今夜一晩案を練ることにした。
明後日の早朝には春翔とセラフィムが王都へ出発してしまうため、出来ることなら明日中に、生きていることだけでも日本の家族に知らせたかったのだ。
準備を万端に整え、気まぐれな神が現れてくれるのを祈る他ない。
翌日、仕事に行くという美優に付き添って、春翔とセラフィムも一緒にウィンタースティーン商会を訪れた。
しばらくエリミアの街を不在にする旨の連絡と、不在中美優を頼みたいと挨拶するためだ。
「おはようございます。ブルースさんはいらっしゃいますか? 明日から王都へ出かけるので、ご挨拶をと思いまして。」
セラフィムは店にいたルシアにそういって声をかけた。
「あらあら、ようこそいらっしゃいませ。あいにく主人は、朝早くから近くの村へ買い付けに出てしまったんですよ。ミュウが考えた新しい保存食が大好評で、干し果物が足りなくなりそうでしたので。」
ルシアは申し訳なさそうに眉を下げた。
「そうですか。それは残念です。実は、私とハルトは王都へ行くのですが、ミユがこちらの商会の仕事をしたいと言って、エリミアの街に残ると言うのです。それで、私たちが不在の間、ミユをお願いしたいと思いましてご挨拶に伺ったのです。」
「まあまあ! ミュウ、一人で残って大丈夫なの?」
「はい! ミユはおしごとしたい! ソコたらのおやつもかんがえた!」
相変わらず単語を間違えているので言いたいことが伝わらず、ルシアは首を傾げていた。
「んん? なにかしら? まあ、ミュウが残るというのなら、ミュウのことは私どもにお任せください。ミュウがいればルーチェも喜びますわ。」
「ありがとうございます。私たちは1ヵ月ほどで戻るつもりです。もし何かあったら、翼竜便で王都の冒険者ギルド宛に手紙をお送りください。お金はミユに持たせています。」
「はい、わかりました。」
緊急時の連絡手段を打ち合わせると、セラフィムは辞去の挨拶をした。
「それでは、私たちは旅の準備がありますので、これで失礼します。ご主人によろしくお伝えください。」
「はい。旅のご無事をお祈りしております。ハルトも気をつけてね。」
「はい!ありがとうございます!」
そうして、ウィンタースティーン商会で働く美優を残し、春翔とセラフィムは店を後にした。
「ルシアさん! きょう、ソコたらのおやつつくっていい? ハルチャンとパパにあげる!」
「ソコたら…、ソコラタかしら? いいわよ。私も作り方に興味があるから一緒に作りましょう。」
ルシアの了承を得て、美優はチョコレートのお菓子作りに取り掛かった。
春翔とセラフィムの旅に持たせたかったのだ。
ブラウニーならば、簡単な上に一度に大量に作れて、ある程度の日持ちもする。
「こむぎこ、さとう、たまご、バター、木のみ、それとソコたら。まぜる! やく! きる! かんたん!」
「ええっ、ミュウの説明だと、なんでも簡単になっちゃうわね。」
おおざっぱな美優の説明にルシアは苦笑した。
説明のおおざっぱさとは対照的に、美優は手際よく丁寧にたまごと砂糖を泡立て始めた。
ブラウニーが焼きあがるころには、店の外にまでチョコレートの良い匂いが漂い、匂いの元を尋ねる人々が店先に殺到することになった。
ウィンタースティーン商会の新しい看板商品誕生の瞬間であった。




