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第23話 冒険者ギルドにて



『うわああああ!!!』

『きゃあーーーっ!!!』


春翔と美優の悲鳴に、ギルドの中からドドドッと勢いよく冒険者たちが飛び出してきた。


「なにごとだっ!」


厳つい冒険者たちの中でも一際迫力のある、スキンヘッドの大男が春翔と美優を問いただした。


「『ワイバーン!』ああっ、ことばがわかりません! 竜が! 竜がおそってきました!」


「なにいっ!? どこにいるっ!」


「「あそこ!!」」


春翔と美優が指差す方向を一斉にバッと見た冒険者たちは、揃ってぽかんと口をあけることになった。



「「「「「………。」」」」」



遠くに小さく見えた竜の姿は、どんどん近づいてきてもなお小さい姿を保ち、最終的にはスキンヘッドの大男の肩にパタパタと着地した。


建物から出てきた冒険者たちは、危険がないことが分かると、口々に「なんだよ」「驚かせやがって」などと文句を言いながらぞろぞろと中へ戻っていった。


「おお、よしよし。今日もがんばって飛んできたな、ピピ。いい子だ。手紙を外したらおやつにしようなあ。」


「ぴい!」


『えっ、ワイバーンは?』

『えっ、こんな小さかったの?』


男の肩に止まった黒い竜は、50cmほどの小さな体に、大きな翼を持っていた。

宝石のようにキラキラと輝く、青い大きな目が小動物のように愛らしい。

スキンヘッドの男は竜の頭をぐりぐりと撫で回しながら言った。


「お前ら、もしかしてピピに襲われると思ったのか?」


「「はい…。」」


「ははっ、ピピは手紙を届けてくれる翼竜だよ。初めて見たのか?」


そう言われてよく見てみれば、竜の体のお腹側にはカバンのようなものが取り付けられている。

スキンヘッドの男は、厳つい見た目の割に面倒見が良いようで、春翔と美優に翼竜について説明してくれた。


翼竜は人間に害がないことから街中への出入りに制限がなく、大きな街では数匹飼われていることが珍しくないという。

翼竜は高価なため、エリミアの街にはピピが一匹いるだけだ。


ピピは役場と冒険者ギルドが共有している翼竜で、エリミアの街から王都行きと、エリミアの街から港町行きの2区間で手紙の輸送を行っている。


翼竜便は馬車便よりも料金は高いが、王都まで2日で往復、港町までは1日で往復するため、急ぎの用件がある時に重宝しているそうだ。


「はい、ハルトははじめてみました。」


「ミユもはじめて。」


「ハルトとミュウか。俺はランドルフだ。田舎の子なのか? まあ、知らなかったんなら仕方ない。見ての通り小型で人懐っこい竜だから心配しなくていいぞ。」


そう言ってスキンヘッドの男改め、ランドルフはニカッと笑った。

キラリと光る白い歯と頭がまぶしかった。


「はい。ごめんなさい。」

「ミユもうるさかった。ごめんなさい。」


「はは、気にすんな! それよりこんなところに子どもだけでどうしたんだ? 親は一緒じゃないのか?」


「おとうさまが中にいます。」

「そうか。ならお前らも中で待ってろ。」


親も一緒だと聞いたランドルフは、二人をギルドの中で待つように促した。


「おじさん、ミユはピピにさわりたい?」


「うん? なんだピピに触ってみたいのか? まあ、これだけ可愛かったら無理もねえな! いいぞ、遠慮すんな!」


小さな体の黒い翼竜はとても大人しく、美優や春翔にあちこち撫で回されてもじっとしている。


「「かわいい!」」


「おお、そうだろう、そうだろうとも。ピピは世界一可愛い竜なんだ!」


「ぴい!」


翼竜は、まるでランドルフに褒められていることを理解して、返事をするかのような鳴き声をあげた。

春翔と美優が翼竜と戯れていると、ギルドの入り口にセラフィムが現れた。




『春翔、美優。こんなところにいたのか。振り向いたらいないから探したぞ。』


「お? セラフィムじゃねえか。なんだ、この子どもらはお前の知り合いか?」


「ああ、ギルマス。ちょうどいま2階のギルマスの部屋に行ってたんだよ。いないと思ったらこんなところで遊んでたのか。それは俺の息子と娘だよ。」


「お前、子どもがいたのかよ? そいつは初耳だな。まあ、みんな中に入れ入れ。早くピピにおやつをやらねえとな!」


「ぴい!」


そうだよ!と言わんばかりに、ピピが翼を広げた。




連れだってランドルフの執務室へと歩きながら、セラフィムは今日訪ねた事情を説明した。


「近々、三人で王都へ行くことにしたんだ。この機会に息子も冒険者登録してみるのもいいかと思ってな。」


「へえ。まあ、お前が面倒見るなら問題ないだろう。いろいろ教えてやれ。」


「ああ、もちろんだ。手続きはどこですればいい?」


「2階の俺の部屋でやればいい。おーい、誰か一人手の空いてるやつ、俺の部屋に来てくれ!」


ランドルフは大声で職員を呼び、2階にある自分の執務室で登録手続きをするよう言いつけた。

そして、部屋に入るなり客を放置して、いそいそとピピにおやつの魚を与えている。

水槽で泳いでいた魚は観賞用ではなく、ピピのおやつ用だったようだ。


コンコン、というノックの音がすると、ランドルフはさっとピピの前に立ち、ピピの姿を隠すようなしぐさをした。


「失礼します。書類をお持ちしました。」


「ああ、そこの子の手続きをしてやってくれ。セラフィムの息子だとよ。」


「まあ!息子さんがいらしたんですか…。では…、こちらの書類に記入をお願いします…。」


心なしか元気をなくした女性職員は、春翔の前に書類を差し出した。


「どうぞこちらにお座りに…。ーーーギルマス? 席も勧めず何をしているのかと思えば! またピピにおやつをあげましたね! 勝手にピピを餌付けしないようにと何度も役場に叱られてますよね?」


「う、ピピは腹をすかせてたんだ。かわいそうだろう。」


「嘘おっしゃい! ギルマスがそうやって勝手に餌付けするから、ピピがギルマスにばかり懐くようになっちゃったんですよ? ちゃんと反省してるんですか?」


「むらむらしてやった。反省はしていない。」


「ふざけないでください!」


ぎゃあぎゃあと賑やかなギルマスと女性職員を尻目に、セラフィムはさっさと登録申請書類に記入していった。

春翔はアレクサンドロス語の読み書きができないため代筆が必要なのだ。


ピピはおやつを食べ終わり、満足げに口のまわりをペロペロとなめると、ギルマスの机の上に置かれた籠の中で丸くなって寝始めた。


「書き終わったぞ。」


「あ、あら。失礼致しました。一番下のFランクからのスタートでよろしいでしょうか? 実技試験で良い成績を出せれば、実力に応じた飛び級も出来ますが、どうなさいますか?」


女性職員は下位ランク免除のための試験をうけるかどうか確認をしてきた。

春翔はパッと目を輝かせ、試験を受けることを希望した。


「はい、ハルトはしけんをおねがいします!」


しかし、ここでセラフィムから待ったがかかった。


「危ないからダメだ! ランクは一番下からでいいから試験は受けない。俺がこれから教える。」


「ええッ、ハルトはたたかいませんか!? ハルトはすごくつよいかもしれないです? もしかしたらAランクか、Sランクかもしれないです?」


「「「「それはない。」」」」


みんなの心は一つになった。



「春翔はまだ一度も戦ったことがないだろう? 戦い方をしらないのに、いきなり模擬試合じゃ怪我をするかもしれん。」


春翔が10歳の時に離れ離れになったせいで、セラフィムとしてはどうしても子どものイメージが拭いきれず、かなり過保護になってしまっている。


「でも! ハルトはつよい! かもしれないです!」


「あー、セラフィム、やらせてやれ。やってみれば納得するだろう。」


ランドルフの取り成しで実技試験を受けられることになったが、春翔はあっさりと現実を体で教えられ、誰もが予想した通りFランクからスタートすることになった。

当たり前である。


『くそおーーーーっ! 俺の神力はいつ活躍する気なんだ!!』


吠える春翔をなだめつつ、三人は冒険者ギルドを後にした。




ギルドを出ると、すでに昼近くになっていたため、先に昼食を食べてから買い物をすることになった。

近くのレストランに入り、注文をすませると美優はセラフィムに言った。


『セラパパ。さっき三人で王都に行くって言ってたでしょ?』


『うん? 王都に行くって今朝話しただろう? 旅に出るにはいろいろ準備が必要だ。二人は何も持ってないから、あれこれ買わないとな。春翔には武器も必要だな。』


『うおっ、ぶぶぶ、武器!』


『美優がいるから移動は辻馬車だな。明後日の王都行きに乗ろう。朝早いから寝坊するなよ。』


『楽しみだな! とーちゃん、おやつも買ってくれ!』


どんどん話を進める春翔とセラフィムを遮り、美優は言った。





『私はエリミアの街に残るよ。』





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