第22話 神力発動のために
『懐かしくて会いたくなったの?』
『いや、懐かしさもあるが、神力術を教えてもらいたいんだよ。』
『へ?』
『俺は神力を発動できないからな。』
セラフィムは衝撃の新事実をサラリと告白した。
神は『コントロール出来ていない』と言っていたが、まさか発動それ自体ができないとは思ってもみなかった。
『『えええ!!!』』
『いまから習うのかよ?もうすぐ女神と戦うんだろ!?』
『セラパパ大丈夫なの?殺されちゃうよ!』
『大丈夫かどうか俺にもわからん。でもやるしかないだろ。殺されないようにがんばるさ。』
落ち着いた様子で食事を続けるセラフィムに、焦りの色は見えなかった。
『とーちゃん…。』
『セラパパ…。』
春翔と美優は、そんな状態で女神と戦う羽目になってしまったセラフィムのことが心配でたまらなかった。
『春翔も一緒に習うんだぞ? 既に転移してるんだから間違いなく春翔も神力を持ってるが、自分で発動できないだろう?』
『おお!! そうだった、俺にも神力があったんだ! やっぱり俺の目に封印されし神力を解き放つ時が来たんだよ。この前のアレはちょっとフライングしただけだったんだ!』
たったいま不安気にしていたというのに、自分も神力を受け継いでいるらしいことを思い出し、一気に気分が浮上する春翔だった。
『神力って目から出るの?』
『いや、わからんけど。』
『なんで目に封印されてるって言ったの?』
『いや、雰囲気っていうか、なんとなく?』
春翔は、美優の冷静な指摘にだんだん勢いをなくしていった。
『あながち間違ってないかもしれないぞ? 俺たちの目の色は感情に連動して色が変わる。過去2回の転移の経験で、生死にかかわるような窮地に追い込まれたときに発動することはわかったんだがな。
俺の2度目の転移は、無意識のうちに自分で神力を発動したらしいが、意識的に発動させる方法がわからないんだ。生死にかかわる窮地に自分を追い込むために、一人で獅子竜と戦ってもみたんだが、結局意識して神力を発動させることはできなかった。』
『そういえば、とーちゃんは竜殺しの英雄なんだった。村を滅ぼした悪い竜を退治するのが目的じゃなくて、日本に帰るための神力を発動させるのが目的だったのか。』
春翔の中では、5年振りの再会や胡散臭い神登場のインパクトが強すぎたせいで、セラフィムが英雄になったことはすっかり霞んでしまっていた。
『この5年、日本に帰るために必死で窮地に陥ろうと努力してきたんだ。倒した野獣や魔物は数知れず。気付けばSランクの冒険者になってたよ。
でも、転移はできなかったが、目に見えない何かに守られている感覚はあるんだ。
かわし切れない筈の敵の攻撃が、何かに弾かれるんだよ。これを神力術で意識的に発動できるようになれば、女神に攻撃されたとしても身を守れるんじゃないかと思ってな。』
『あっ、俺もそれわかる! 盗賊に斬られそうになった時に、相手の剣が2回弾かれて助かったんだよ! うおーーー! やっぱりあれは俺の結界だったんだーーー!! 聞いたか、美優!』
春翔は、結界に守られていた感覚が、やはり勘違いではなかったことに大喜びしている。
『春ちゃん、うるさいよ。そんなことよりセラパパ…、窮地に陥る努力より、最初から叔父さんに神力術教えてもらったほうが早かったんじゃないかな…?』
美優の言葉にセラフィムは頷きながら言った。
『そうかもしれないな。でも、どこの誰ともわからない怪しい男じゃ、王族には会えないからな。叔父に会うためには俺の出自を明かす必要がある。』
『『お、王族??』』
『そうだ。俺の母は先々代王の娘で第一王女だったが、アクティース公爵家に降嫁したんだよ。先々代王には息子が二人、娘が一人いた。母の兄が先代王で、母の弟が俺に神力術を教えてくれていた叔父だ。
先代王には側室が生んだ子どもが一人だけで、現王は後継となる子どもがいない。俺の叔父は王位継承争いを嫌って、昔から生涯一人身を通すと宣言していたが、その言葉通り今でも結婚していないんだ。
この状況で、アクティース公爵家の生き残りだと名乗りを上げて、のこのこ叔父に会いに行こうものなら、また王位継承争いに巻き込まれることになると思ってな。』
『現王の子どもが一人もいないって、どうして? 側室だか愛人だか知らないけど、女の人を好きなだけ囲えるなら、後宮の美女がいっぱい子ども産むんじゃないの? そしてそこから血で血を洗う王位継承争いが繰り広げられるんじゃないの?』
側室を置けるのに子どもがいない状況を不思議に思い、美優は首を傾げた。
『アレクサンドロスに後宮はないんだよ。』
アレクサンドロス王国は基本的には一夫一妻制である。
だが、王族または貴族家においては、後継となる子どもがなく、正妻が認める場合に限り、側室を娶ることが可能であった。
しかし実際には、アレクサンドロス人には女神の神罰を恐れる者が多く、側室を娶るものはほとんどいない。
神力については、初代国王の血を引く者のみ受け継がれる。
色が変化する目を持って生まれるということは、神力を受け継いでいることの証だが、受け継いだ神力の強さは人によって大きな差があった。
瞳の色が濃く、色の変化が大きいほど神力が強いとされ、色が薄く、あまり色の変化がないものは神力が弱いとされていた。
そして、先代王の側室が産んだ子どもである現国王は、神力をほとんど受け継いでおらず、そのことは国王の薄いアイスブルーの瞳を見れば一目瞭然であった。
一方で、王族が臣籍降下して興した家であるアクティース公爵家の父と、王女であった母の間に生まれたセラフィムには、強力な神力が受け継がれており、その神力の強さは隠しようもなく瞳の色に表れていた。
『えーと、えーと、今の王様は、とーちゃんのいとこってこと?』
『そうなるな。』
『他に王位継承者っていないの?』
『5年前にこっちに戻ってきてから調べたんだが、アクティース公爵家への襲撃を皮切りに王家の血を引くものが次々と殺されて、今は王家の血筋のものがほとんど残っていない。神力をもたないものが僅かにいるだけだ。
当時は気付かなかったが、今思えば、戴冠式で俺の瞳の色が当時の王太子よりも濃いことがわかってしまったことが、襲撃の引き金になったんだと思う。』
『みんな殺された…、だから神様が、セラパパが日本に戻ると自分の血を引く子どもが絶えるって言ってたんだね。』
『俺の存在が公になれば、俺の子どもである春翔も、王位継承争いに巻き込まれることになるのが心配だ。』
『ん? 俺も巻き込まれんの?』
『はあ、春ちゃん。ちゃんと話し聞いてたの?セラパパは、魂が初代国王の生まれ変わりであるばかりか、血統的にも正当な王位継承権があるんだよ?血筋の証明はその目を見れば一目瞭然で疑いようもない。
つまり、子どものいない現国王の次はセラパパが国王になってもおかしくない。もしそうなったら、その子どもである春ちゃんは王太子で、セラパパの次に国王になるんだよ? むしろ何で春ちゃんは巻き込まれないと思ったのかな?』
『ファッ!? お、お、お、王って!? 俺が?』
『やっと分かったか。まったく、人の話はちゃんと聞こうね?』
『まあそういうなよ、美優。今までまったく説明してなかった俺のせいでもある。一度にいろいろ言われたら混乱するのも無理もないよ。』
朝食を終えた三人は、これから街中へ出かけることにした。
セラフィムが、春翔と美優がまだ身分証明書を持っていないことを知り、二人を役場へ連れて行くことにしたのだ。
春翔も美優もまだエリミアの街の観光をしていないため、大喜びで出かける準備をしに2階に上がっていった。
『とーちゃんに新しい服買って貰おうぜ!』
『あっ、私も服欲しいーーー! それに街のレストランで食事してみたい!』
早々に準備を終えた二人は、役場のことはすっかり忘れて、何を買ってもらうか、どこに連れて行ってもらうかで頭がいっぱいになっている様子だ。
二人がいま着ている服は、ウィンタースティーン商会の人たちが厚意で譲ってくれた古着だったため、かなり着古しているしサイズも合っていない。
二人が新しい服を欲しがるのも当然だった。
『ははは、何でも買っていいが、まずは役場からだぞ?』
『わあ、何でも買ってくれるって! 春ちゃん、よかったね!』
『やった!』
三人はエリミア街役場に到着すると、受付で市民登録をしたい旨を伝えた。
街を救った英雄の子どもということで、市民登録には何の問題もなく、手続きは思いのほか早く終了した。
『外国人だから少しは揉めるかと思ったが、意外とあっさり終わったな。ついでに隣の冒険者ギルドも行ってみるか。』
セラフィムは春翔に、冒険者ギルドへ立ち寄ることを勧めた。
王都へ旅立つ前に、春翔も冒険者として登録したほうが良いと考えたのだ。
『うおおお! 俺は! 俺は、ついに冒険者になったんだッ!』
『いやいや、これから隣に行って手続きするんだからね?』
『まあ、登録を断られることはそうそうないよ。』
セラフィムの勧めは予想以上に春翔の心を捉えたようで、セラフィムは一人荒ぶる春翔の様子に苦笑した。
三人で隣の建物に移動すると、セラフィムと美優はさっさと中へ入ったが、春翔はいつまでも外に突っ立って感慨深げに冒険者ギルドの建物を眺めていた。
『こ、ここが冒険者ギルド…ッ!』
いつまでも入ってこない春翔を呼びにきた美優が、冒険者ギルドの入り口から顔を出した。
『春ちゃん、遅いよ…、え、あ、あ、あ!!!』
『なんだよ美優、急にバカみたいな声出して。』
『う、う、う、うしろ!うしろ!きゃあああーーーーー!!!』
美優の悲鳴にやっと危機感を抱いた春翔は、バッと後ろを振り向いた。
遠くの空から鳥のような何かがぐんぐん近づいてくる。
だがそのシルエットは、明らかに鳥とは違っていた。
『嘘だろッ!? わ、ワイバーン!!!』




